30 残り86日 勇者、盗賊に襲われる
王都を出て東に行くと、白聖霊の森と呼ばれる深い森がある。
勇者アキヒコが目指す洞窟は、白聖霊の森の最も深い場所にあるのだという。
白聖霊の森は、エルフと呼ばれる種族が住んでいるという噂があると、森に入る寸前に魔術師ペコが語った。
勇者アキヒコは、エルフという種族の知識はなかったが、人間以外の種族に会うことに不安を覚えた。
森に踏み込む。その途端、状態良く保管された古着を来た男たちが、武器を抜いて立ちはだかった。
「……城の兵士かな?」
男たちは十人ほどいた。アキヒコのつぶやきを聞いていなかったらしい正面の男が口上を述べた。
「私たちは盗賊だ。通りすがりの勇者殿とお見受けする。所持金を全て置いて、早々に立ち去られるがよい」
盗賊を名乗りながら、男は丁寧な物越しで語った。勇者アキヒコは、しばらく理解が追いつかずに固まった。
「……給料が安いのですか?」
「失礼な。私たちは立派な……盗賊ですぞ。さあ、皆々様、矢を射かけなされ」
上官らしい兵士の指示に従い、木の枝の上から、アキヒコの足元に矢が飛んできた。
避けるまでもない。アキヒコには当てるつもりがないことが、はっきりとわかった。
「……どういうことだろう?」
アキヒコは最後まで理解できず、背後に隠れている魔術師ペコに頼った。
「もう……アキヒコは鈍いなあ。この兵士さんたちは、きっと王の命令で勇者を襲うように言われているんだよ」
「どうして?」
「勇者を強くするためか、自信をつけさせるためだね。アキヒコ、ロンディーニャ様に慰められていたけど、本当に落ち込んでいるみたいだったからさ」
王にまで心配させたのかと、勇者アキヒコは申し訳なく思った。
「それにしても……本人が盗賊と言っている以外に、盗賊らしいところがないんだが」
「そう? 王城の兵士にしてはぴかぴかの古着を着ているし、頑張っていると思うよ。演技指導がいきとどかないことはあるかもね。仕方ないよ。慣れないことなんだもの。アキヒコ……合わせてあげてよ」
ペコに言われるまでもない。アキヒコは社会人だ。宮仕えの辛さはわかっているつもりだ。
アキヒコは剣を抜いた。
「お前たち盗賊に、渡せるものなどなにもない。欲しければ、僕を殺して奪うんだな」
「よく言った。私が持つこの剣と盾、王家に伝わる逸品である。雷鳴の剣と火事場の盾と言う。万が一奪われたら大変だ。私が倒れるまで、決して奪ってはくれるなよ」
「あの兵士さんを倒したら、剣と盾を持って行けって」
ペコが囁く。
「ああ。それはわかった」
勇者アキヒコは、最初に貰った無銘の剣と皮の盾を構えて飛び出す。
まるで新米兵士のような装備でドラゴンに向かわせたのも、アキヒコを強くするためだったのだろうかと思いながら、地面を蹴った。
アキヒコの剣が止められた。
火事場の盾が正面から受け止める。
雷鳴の剣が振り下ろされるが、アキヒコは叫んだ。
「ジャグチヒネリ!」
大量の水が生じて、盗賊を演じる兵士を遠ざける。
背後に二つの壁が生じた。
振り返りざま、剣を叩きつける。
ひとりが吹っ飛び、ひとりが手甲で殴りつけてきた。
兵士たちとの死闘を延々と続けた後、勇者アキヒコは雷鳴の剣と火事場の盾、路銀として、盗賊たちがわざとらしく落とした、金貨でいっぱいの革袋を手に入れた。
勇者アキヒコと魔術師ペコが森に踏み入る。
「白聖霊の森は、侵入者を迷わせようとする。迷わず進みたいなら、魔術師に頼ることだ」
倒れていた盗賊の1人が、今際の際の言葉に似せて忠告してくれた。
「承知した。ペコ、頼むぞ」
「任せてよ」
「……いい国だな」
「アキヒコが好かれているんだよ」
ペコが笑みを見せた。
ただ、勇者アキヒコと魔術師ペコは、森の中に入るや否や進むべき方向を見失った。




