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25/203

25 残り89日 魔王、風呂を覗く

 ダークエルフとの約束の日は過ぎていた。

 だが、魔王ハルヒは怒らなかった。

 期日を過ぎて魔王に献上されたミスリル銀は、初めから水盆の形に整えられていたからだ。


 見知らぬ金属をどうやって成型するのか悩んでいたハルヒにとっては、朗報である。

 ハルヒは早速、頭の中に浮かんだ魔法陣と呪文を、ミスリル銀の水盆に刻んだ。

 遠くの景気を垣間見る魔法の術式は複雑で、並の金属ではそれだけで弾け飛んでしまう。


 だが、エルフ族の死体からしか抽出されないミスリル銀は、ハルヒの力に満ちた魔法陣を刻んでも、壊れはせず、しっかりと受け止めた。

 ハルヒが手をかざすと、水盆に自然に水が溜まった。


「ひょひょひょ。これで水盆は、魔王様がいつでも、お望みの場所を映し出すでしょう。ただし……水面がある場所だけですが」

「ええ。わかっているわ」


 魔王ハルヒは意識を王都がある方角に飛ばし、水盆を覗き見た。

 最初に見えたのは、王城の屋根で腹を出して昼寝をするドラゴンだった。


「あいつ……帰ってこないと思ったら、何をしているのかしら……」

「昼寝でしょう」


 まるで忠節な臣下のように魔王ハルヒを取り巻いている赤鬼のノエルが答えた。

 ハルヒよりずっと体が大きく、のぞこうとしなくても見えてしまうようだ。


「まあ……ドラゴンについては、今はいいわ。ここは……」


 水盆越しに、ハルヒが見たことのある顔が見つめ返して来た。


「ひょひょひょ。王城の地下水路のようですな」

「……私が放った吸血鬼ね。どうして、そんなところにいるの?」

「隠れやすかったんだろ」


 ハルヒの脚をよじ登ったドレス兎のコーデが覗き込んでいた。


「隠れていたのなら、ずっと隠れていれがいいのに……今にも死にそうじゃない」

「助けますか?」


 ノエルが尋ねた。


「できるの?」

「あそこはスライムの巣じゃ。いずれ食われるじゃろう」

「無理なら、思わせぶりなことを言わないで。吸血鬼には、あの泥棒猫の誘拐を命じていたわ。この近くにあいつも……あっと……遠くに移動しちゃった……いたわ」


 水盆に映ったのは、見事な肢体を侍女たちに洗わせている、ロンディーニャ姫だった。


「見つけた」

『ひっ?』


 ハルヒはただ呟いただけなのに、ロンディーニャが悲鳴をあげた。

 風呂の湯に向かって、盛大に叫んでいた。

 ハルヒが隣にいた魔女に尋ねる。


「私の声が聞こえているの?」

「魔王様は、感情の高ぶりを抑えきれない時があるようです」

「そんな分析はいらないわ。見られたのなら仕方がない。捕まえてやる」


 ハルヒが水盆に手を当てる。できるとは思わなかった。だが、ハルヒの腕が、水盆を通して、ロンディーニャを掴む巨大な水の腕となった。

 水盆の中で、ロンディーニャがもがいている。


「このまま、溺死させてやろうかしら」

『助けて! あなた……』


 水盆によって繋がっている。今度は、ロンディーニャの声がハルヒに聞こえた。


「『あなた』って、誰のこと?」

『ロンディーニャ姫!』


 叫びながら風呂のお湯でできた腕に飛びつき、裸の姫を抱きかかえた男がいた。


「アキヒコ、その女とはどんな関係なの?」


 ハルヒは尋ねた。だが、この時はハルヒの声は届いていなかった。


『姫! ご無事ですか?』

『い、息が……』

『わかりました』


 アキヒコは、ハルヒが水面からのぞいていることもわかっていない。風呂のお湯は激しく揺れており、城側からは見えないのだ。

 抱きかかえていた全裸の姫を床に寝かし、口を開けさせ、息を送り込むアキヒコを映していた。


 水盆がひっくり返る。

 魔王ハルヒが払いのけた。

 見ていたくなかったのだ。

 魔王ハルヒの部屋に、はやくも重鎮になりつつあったゴーレムマスターのテガが顔を出した。


「魔王様、3日後に戦端を開くならば、そろそろご出立の準備を」

「わかったわ」


 ハルヒが立ち上がる。ハルヒの様子を見ていた者は、誰も声をかけず、動かなかった。


「勇者アキヒコ……高くつくわよ」


 魔王の呟きは、赤鬼を震え上がらせた。

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