24 残り89日 勇者、決める
ロンディーニャ姫がマジックアイテムだと思っていた箱は、勇者アキヒコの想像どおり、吸血鬼の寝床だった。
昼間は決して起きないのか、棺の蓋を外しても、入っていたのはただの屍のようだった。
剣を突き立て燃やすことで退治してから、地下水路を脱したのは翌日のことである。
ロンディーニャ姫を救出した勇者アキヒコを待っていたのは、王の悲壮な顔だった。
「まあ、どうしたのですお父様。いつも以上にお貧相な顔をして」
「おお。ロンディーニャ……臭いんじゃもん」
「まあっ! 年頃の娘になんて言い草でしょう。アキヒコは、いい匂いだと言ってくれましたよ」
「そこまで言っていないが……」
「しっ!」
ぼやいたアキヒコの向こう脛を、魔術師ペコが蹴飛ばした。
「ロンディーニャが息災なのは何よりじゃもん。これで、いつブラックドラゴンが帰る気になっても、姫の行方が問題になることはないんじゃもん。だけど……もはやそれどころではないのじゃもん。勇者アキヒコよ、平原の町カバデールから王都に向かって、救援を求める狼煙が上がったんじゃもん」
「救援を求める狼煙ですか……平原の町カバデールというのは、僕は知りませんが」
ロンディーニャ姫は、風呂に入るために退席した。
勇者アキヒコと国王、魔術師ペコの他に、高齢だがしっかりとした体格の男が残った。
「おお。そうであったのね……平原の町カバデールは、魔の山からもっとも近い位置のある人間の町なんじゃもん。魔の山とは、魔王が出現したという噂がある、魔物の総本山じゃもん」
「では……魔王がカバデールを攻めようとしているのでしょうか?」
ハルヒは何をしているのかと思いながら、アキヒコは口に出さなかった。
「まず、間違いないんじゃもん。詳細は、そのうち伝書鳥が手紙を運んでくるはずなんじゃもん。狼煙の方が早いから、我が国では火急の知らせは狼煙を使うんじゃもん」
「では……僕はこれから、どうすればいいのでしょうか?」
「カバデールの救援に行って欲しいんじゃもん。王都から軍を派遣するにしても、すぐには動けないんじゃもん。途中の港町ラーファからも救援が行くと思うもん。まずは勇者アキヒコが行って、安心させてやって欲しいんじゃもん」
「歩いてどの程度かかりますか?」
「一月だな。魔の山に近い。魔の山に行くのとは、それほど変わらない」
ずっと黙っていた壮年の男が口を開いた。王がびくりと震え、黙る。まるで役割交代といわんばかりである。
「遠いですね」
「それも、休憩を挟まずに歩き続けた場合だ」
「無理です」
「そうだな。通常はもっとかかる。本来は、勇者アキヒコに戦い方を伝授して、十分に強くなったと確信してから、魔王にぶつけるはずだった。拙者は、そのために王に呼ばれたのだ。だが、そうも言っていられなくなった。出来るだけ早く、カバデールに向かう必要がある」
「徒歩では間に合わないなら、乗り物があるんですか?」
「二種類ある。好きな方を選べ」
「二種類って……なんじゃもん?」
王が口を挟んだが、黙った。魔術師ペコが口の前に指を立てていた。アキヒコが尋ねた。
「選択肢を教えてもらってもいいですか?」
「ああ……ひとつには、王都の南西に天馬ペガサスの住む高原がある。そこに行って、手なづけるといい」
「もう一つは?」
「この城に住み着いた、ブラックドラゴンを配下にしろ」
「……ほかの選択肢は?」
「ない。人間が飛ぶ方法は、現在のところこの二つだ」
「飛ばない選択肢はないのですか?」
「人を乗せられる魔物は魔の山の近辺にしか生息していない。ペガサスは飛ぶことができるために生息地を選ばない。飛ぶより速い移動方法はない」
どうしても、アキヒコを飛ばせたいということだ。
「では……ブラックドラゴンにします」
勇者アキヒコは選択し、剣聖サルモネラを名乗った男は笑った。背後でペコが絶望的な顔をしたことを、アキヒコは知らなかった。
この時、耳をつんざく悲鳴が聞こえた。王が立ち上がる。
立ち上がった王に頼まれ、アキヒコは声が聞こえた方向に向かって走り出した。ロンディーニャ姫が向かった風呂場から響いていた。




