159 残り22日 魔王、支配の首輪を奪う
魔王ハルヒの予定では、勇者は今日、真っ直ぐにブラックドラゴンの討伐に向かうはずだった。
打ち合わせ通り暴れさせたドラゴン王が幼体と思われたのはたまたまである。人間は、大きなドラゴンの方が強いと思うらしい。
ハルヒは勇者アキヒコに続いてラーファの町を出た。
黒いドラゴンが暴れている。
「冒険者たちが頑張っておるな」
「ドラゴンの子どもってのは、確かみたいね。あのサイズなら、アキヒコなら楽勝じゃない?」
遮るもののない平原で、ドラゴン王プリンが冒険者たちを相手にしていた。
5人の冒険者が囲み、10人以上が倒れている。
アキヒコは走り出した。剣を抜く。盾をかまえていた。どちらも、複雑な魔力がこめられた一品だとハルヒには感じられた。
「アキヒコ、突然斬りかかると獲物の横取りだと思われるわ」
「わかった」
魔術師ペコの呼び掛けに応え、冒険者たちの手前でアキヒコが足を止める。中のひとりは、冒険者組合でアキヒコを笑った巨漢だった。
アキヒコたちに気付いて振り向いた。
「おい、ここは譲ってもいいぜ」
「本当かい?」
「ああ。なあ、お前ら」
巨漢が仲間たちに声をかける。ドラゴン王に意識を向けながら、冒険者たちは頷いた。
「わかった。悪いな」
「気にすんな」
巨漢の冒険者と仲間たちが距離を取る。代わりに、アキヒコとギンタが前に出た。後方に陣取ったペコに、冒険者の一人が囁いた。
「俺たちは遊ばれていた。あんたも死ぬなよ」
「なるほど……幼体でも、簡単に倒せる相手じゃないってことね」
ペコが魔術の杖を構える。
アキヒコが踏み出した。
雷鳴の剣を叩きつける。
ドラゴン王プリンの視線がハルヒに向いた。ハルヒは、ペコのさらに後方で頷いた。
アキヒコの雷鳴の剣があたり、苦しそうによろめきながら吼える。
「アキヒコ、効いているぞ。畳み掛けるんじゃ」
叫びながらギンタがハンマーを叩きつけ、ペコが風と精神の魔術を連打する。
ドラゴン王の頭部がアキヒコの頭上から迫り、アキヒコが盾で防いだ。
それでも、ドラゴン王は簡単には倒れない。
「……硬いな」
「アキヒコ、使うか?」
ドワーフが、荷物の中から錆びつき、歪んだ剣を見せた。
「ギンタ、駄目よ」
ペコが止める。その様子を、ハルヒは見ていた。この時、ハルヒはギンタが持っている武器に脅威を感じた。だが、動かなかった。今、クモコと入れ違っているのを知られてはいけない。
ドラゴン王が倒れた。数千にも及ぶ雷鳴の剣の斬撃を受けた後だった。
「……よし」
地面に倒れ目をつぶったドラゴン王の様子に、勇者アキヒコは剣を納め、懐から青い首輪を取り出した。
ハルヒは動いた。
アキヒコが次の一歩を踏み出す前に、ハルヒはアキヒコの右手に触れた。
「クモコ……どうした?」
「アキヒコ……お願い。私は、どこにも行かないから……」
「わかっている。もう、クモコを離すもんか。ずっと一緒だよ」
汗にまみれた顔で、アキヒコが笑った。
ハルヒは、支配の首輪を間近で見て悟った。壊すことはできない。神殺しの剣がどれだけ魔法陣を刻もうと壊れないように、けっして壊すことはできないアイテムだ。
アキヒコ自身に支配を解かせる以外、支配された魔物を解放する手段はない。
ハルヒが分析しているあいだ、ちょうどよくペコが口を挟んだ。
「アキヒコ、姫に言うわよ」
「……仲間として……だよ」
「今わね」
ペコの歯ぎしりが聞こえるようだった。ハルヒは言った。
「苦しいの」
「苦しい? どうした?」
ハルヒは自分の首を撫でた。
「どうすればいい?」
「……解放して」
「待て。アキヒコ、クモコを解放したら……」
ギンタが大声をあげた。だが、アキヒコは否定する。
「ギンタ、大丈夫だ。クモコは、もう僕たちの仲間だよ。クモコなくして……あのスイーツは作れなかった。クモコを信じよう」
「知らんぞ。どうなっても……」
「ああ。任せろ。クモコを解放する」
アキヒコが宣言した。ハルヒには何も起こらない。だが、あえて苦しそうに地面に膝をついた。
「クモコ、大丈夫か?」
「アキヒコは、私のことをずっとクモコと呼びたいの?」
実際には、ハルヒは全く苦しくはない。だから、余裕をもって尋ねていた。
「……ハルヒ……僕は、君を苦しめるつもりなんかなかったんだ。ただ……」
「アキヒコ、私は大丈夫だから……ほかの……魔物たちも……」
「ペガサスとスフィンクスかい? でも……移動に必要な魔物だし……」
「このドラゴンがいれば十分でしょう?」
「……そうだな。かなり強かった。弱っているが……ペガサスより速く飛べるのかな?」
「私もドラゴンは知っている。比べ物にならないわ」
「そうか……なら、いいか」
アキヒコは、再び支配の首輪に魔力を込めた。
「アキヒコ、流石にやり過ぎよ」
「ドラゴンを従えられなければどうする?」
ペコとギンタが反対する。アキヒコは、ハルヒの頭を撫でた。
「従魔の首輪も、無限に魔物を従わせられるわけではないかもしれない。ドラゴンを使役できるこのチャンスは逃したくない。ハルヒ……これでいいんだよな?」
「アキヒコ、ありがとう」
ハルヒは笑った。アキヒコは頬を真っ赤にしながら、首輪に告げた。
「ペガサスとスフィンクスを解放する」
当然、何も起きない。どちらもこの場にはいない。
アキヒコがハルヒの頭を撫で、ドラゴン王に向かった。
ドラゴン王の首に支配の首輪を巻き付けようとアキヒコが屈んだ瞬間、ドラゴン王プリンが飛び起き、黒い炎を吐いた。
アキヒコは咄嗟に盾で防いだが、掲げた盾が溶けた。熱で溶けるような盾ではないはずだ。それなのに、溶けた。
アキヒコが溶けた盾を投げ捨てる。雷鳴の剣を掴んだ。その手に持っていたはずの支配の首輪がハルヒに奪われたことに気づかなかった。
視界が晴れた時には、ドラゴン王は高く飛び上がっていた。




