157 残り23日 魔王、スイーツ作りに夢中になる
魔王ハルヒは、勇者アキヒコにチョコレートの精製を続けるよう言うと、金属の棒で卵を掻きまわそうとしていた魔術師ペコを見つけ、ペコを止めた。
「ちょっと、何?」
「ペコ、クモコはひょっとして、さらに進化したのかもしれない。ちょっと任せて見てくれ」
「……仕方ないわね」
卵がボウルに大量に割り入れられていた。ただ、白身と黄身が一緒のままだ。
ハルヒは捨てられていた卵の殻を拾い上げ、大量の卵から黄身だけを拾い上げ、別の器に移していった。
「……何をしているの?」
「作ろうとしているのはプリンでしょう? 白身があってもできるけど、味が薄くなるわ」
「でも……ロンディーニャ姫のレシピとは違うわ」
「なら、試してみるといいわ」
「いいわよ」
ペコが頷き、卵を半分だけ掬い出した。
さらにハルヒは掬い出した黄身を裏ごしした。
「アキヒコ、スライムを取ってこられない?」
ハルヒが牛乳とバターから生クリームを作っていると、背後でペコがおかしなことを言い出した。
「スライムって……なんにするんだ?」
「女神の足跡ってお菓子を作るのに、水を固める方法が必要なのよ。姫さまもそれがわからないって言っていたじゃない。多分……スライムじゃない?」
「スライムなら、平原をよく見ればいるじゃろう。死ぬと溶けるから……生きたまま食べるのかのう?」
ハルヒは頭を抱えた。仕方なく、かき混ぜていた生クリームを鍋から下ろす。
「ご主人様……」
言いながら、顔が引きつった。クモコがそう呼んでいるのだ。さすがに呼び方は変えられない。誤魔化すため、あえて笑顔にした。
「お、おう」
なぜか男らしく見せようと気張っている風の勇者が返事をする。ハルヒは言った。
「テングサ」
「あっ……そうか。寒天か」
「なにそれ?」
ペコが不満を顔に出す。
「海藻から、水を固める成分を抽出できるんだ」
「なら……海じゃな」
「知っているなら、とっとと行きなさい」
ペコが声を荒げ、アキヒコとギンタが飛び出していった。
「……クモコ、本当に凄いわね……今度はなにをしているの?」
ハルヒは、見つけた針金を曲げて泡立て器を作っていたのだ。
「混ぜるのに使うといいわ。特に、空気を入れると味がよくなる場合があるのよ」
「使ってみて」
「いいわよ」
ハルヒは、成分だけはほぼ出来上がった生クリームを泡だてた。
この世界で身につけた力は強く、ハルヒが覚えていた感覚よりも、はるかに早く泡立つのがわかる。
だが、それでもより長く回した。
「……これはなにができたの?」
「冷やすとクリームになるわ」
「氷室がいるの? ここにはないわ……加熱ならできるけど」
「よくそれで、スイーツを作ろうと思ったわね」
「……仕方ないじゃない」
ペコが頬を膨らめる。
ハルヒは金属の鍋を手に取り、簡単な魔法陣を刻んだ。
「魔力を注げば冷えるわ。氷室だと、氷の温度までしか下がらないじゃない。魔力次第で、必要な温度まで下げられるわ」
「えっ? ただの鍋で?」
ハルヒが鍋を渡すと、ペコが魔力を流そうとしているのがわかった。
鍋の中に手を入れ、ペコが驚いて手を引いた。
鍋の中に泡だてた生クリームを入れる。
「冷やすといいの?」
「冷やさないと使えないのよ。砂糖も加えてあるから、十分冷えたらこのまま使えるわ。チョコレートは、コーティング用? ペースト状になるまで続けないといけないわね」
「……ああーっアキヒコの奴、放り出して……」
「プリンを作るのにも……プリンじゃなくて、魔王の心臓でしたっけ? それを作るのにも、泡立て器で卵黄を泡立てるといいわ。それから、甘いのは砂糖だけじゃないから、蜂蜜とか、黒糖も試してみるといいわ」
「う、うん……やってみる」
アキヒコとギンタが大量の海藻を抱えて戻ってきた。
「なるほど……これを使うのね。クモコ、これをどうするの?」
ペコが尋ねたが、ハルヒは天を仰いだ。
「どれかテングサがわからなかったのね……」
「お、おう」
アキヒコが情けない返事をし、ギンタが海藻を広げる。ハルヒは、テングサだけを拾い挙げた。
「綺麗に洗ってから、十分に乾かす必要があるわ」
「ほかの海藻は?」
「寒天づくりには使えないわね」
「わかった」
アキヒコが運び出す。
「テングサが十分乾かないと、女神の足跡は作れないわ。チョコレートは悪魔の囁きのコーティングに使うとして、生クリームを挟むカステラの生地が固すぎるわ。小麦粉をもっとよく混ぜて、しばらく寝かせてから、低音でゆっくり焼きあげないとだめね」
ペコがメモを取っている。ハルヒにこの世界の文字は読めないが、ペコは魔術師らしく、学ぶ姿勢はきちんとしている。すぐに上達するだろうと、ハルヒは見ていた。
「……クモコ……」
戻ってきたアキヒコが、神妙な顔で言った。
「なに?」
入れ替わったのがバレたかと、ハルヒは緊張した。好きなおかし作りだったので、つい夢中になっていた。
「アキヒコって呼んでみてくれないか?」
「アキヒコ」
アキヒコが真っ赤になり、目が潤んだ。
「『アキヒコ、大好き』とか言ってもらえば?」
ペコがうんざりしたように言った。勇者である男が大きく頷いた。
「アキヒコ……好きよ……」
断っては不自然だ。ハルヒは我慢して口にした。勇者アキヒコの鼻から、赤いものが流れ落ちた。
「……ごめん……興奮した」
アキヒコが鼻を抑える。
試作したプリンが出来上がり、ハルヒが作ったものと食べ比べ、ペコは素直にハルヒに頭を下げた。




