155 残り24日 魔王、勇者と合流する
魔王ハルヒは、冒険者組合の閉店中の食堂に腰掛け、勇者アキヒコが出ていくのを見届けていた。周囲の空間を歪ませている。知らなければ、見つけることはできないはずだ。
アキヒコだけが出て行く。クモコは中にいるはずだ。
黙って座っていると、アキヒコが木の器に白いものを入れて帰ってきた。
「砂糖でしょうか?」
隣で同じように座っていた堕天使サキエルが尋ねた。
「どうやら……まじめにおかし作りに取り込んでいるようね」
「お菓子ですか……砂糖を舐めるだけでは物足りませんか?」
サキエルが不思議そうに尋ねた。
「時代にもよるでしょうね……生き続けられることが当たり前になると、刺激と快楽を求めるものらしいわよ。その一つが食でしょうから」
「ふむ……生物の業というものですか」
堕天使であるサキエルは考え込んだ。ハルヒが黙って座っていると、再びアキヒコが出て行く。今度は一人ではない。確かギンタというなのドワーフと、ハルヒと姿は全く等しいクモコを連れて出た。
ハルヒは頭からフードを被り、顔を隠してアキヒコたちの後をつけた。
勇者たちは、市に向かって行く。
ハルヒは徐々に距離を詰め、クモコが最後尾になった時、クモコの肩を叩いた。
振り返るクモコに、ハルヒはフードをずらして顔を晒した。
驚くクモコの口に指で蓋をする。
「大丈夫。私に任せて」
「……魔王様……」
クモコは、主人に喜んで仕えているように見せている。そうすれば、苦しめられずに済むことを知っている。
本気でアキヒコを慕っているわけではない。そうでなければ、ハルヒを見た瞬間に、涙をこぼすはずがない。
人間並みに進化してしまった故に辛かったのだと、ハルヒは推測した。
「サキエル、領主邸で匿ってあげて」
「承知しました」
ハルヒは自分が被っていたフードを脱ぐと、クモコに被せ、背後に付いてきていないはずがないと思っていた堕天使サキエルに渡した。
ハルヒはアキヒコのすぐ後ろに追いついた。アキヒコは、立ち並ぶ商店を前に肩を落としていた。
「ラーファにくれば、どんな食材も揃うって聞いたのに……カカオ豆もバニラの実もバターもチーズも売り切れって……どういうことだ?」
市の商人が、アキヒコから視線をハルヒに移す。ハルヒは、自分の口の前に指を立てた。商人は緊張した表情で頷いた。
「悪いな。昨日、全部買い占めてった人がいてな。次の商船が来るまで入らない」
「……それは、いつのことだい?」
「チーズやバターは2~3日で入るだろうが、カカオ豆やバニラの実を買って行く奴なんて滅多にいないから、入荷もほどんどないよ。数ヶ月後かなあ……」
「そんな……」
「王都に行けば、王宮にあるかもしれないぞ」
商人が言った。数か月を待つより、王都に行った方が速いのは間違いない。
「……ないよ。王宮の主人がそう言っていた」
アキヒコは、ロンディーニャからないと聞いていたのだろう。肩を落とした。
「アキヒコ、どうする? 手ぶらで帰れば、ペコに絞め殺されるぞ」
ドワーフに慰められている。
「……あれ」
クモコの話し方を思い出しながら、ハルヒが指差した。
食材を買い占めたのはハルヒである。勇者がスイーツを開発しようとしていることを知り、町を歩き、知っている食材を見つけ、つい衝動買いしてしまったのだ。
アキヒコの邪魔をするつもりではなかった。ハルヒが来たことを黙ってくれた商人に、こっそりとチップとして金貨を投げ渡すのも忘れなかった。
「……ああ……果物か。乾燥させたものもあるな。あれもあれば買ってこいと言われていたな……仕方ない。ギンタ、持てるだけ持って行こう。その時に、ほかの食材は売り切れていたと言おう」
「ペコに許されたところで……材料が足りない問題は解決しないがな」
「わかっているさ……」
つまり、アキヒコは女性の尻に敷かれるタイプなのだ。
ハルヒは納得しながら、アキヒコに従って冒険者組合に戻った。
魔術師ペコの絶望する顔を拝んだところで、ハルヒはことを急がず、部屋の隅で、魔術師ペコを中心に、まごまごしているアキヒコとギンタを眺めながら一日を過ごした。
ハルヒのことをクモコだと思っているペコたちにとって、クモコに調理の工程を任せようとは思わなかったのだろう。ハルヒは、最後まで部屋の片隅で過ごし、つかれた表情で宿に戻るアキヒコたちに従った。
アキヒコとペコ、ギンタとハルヒという部屋割りにも、ハルヒは従った。
「今日は巣を作らんのか?」
二人部屋で話しかけてくるドワーフを、ハルヒは笑いながら、透明化の魔法陣を刻んだ神殺しの剣で殴り倒す。ドワーフは簡単に昏倒した。
宿を抜け出し、領主邸で待機している者たちと合流して安心させてから、再び宿に戻った。




