145 残り29日 魔王、宴を催す
山ガエルの王ジャバは、弱い魔物を食料とし、魔の山に強い魔物のみを残そうとしていた。
それが魔王ハルヒの気にいるはずはない。
だが、魔物の思考としては理解できる。
ハルヒは、魔物たちを収めるため、人間との全面戦争を明言した。
魔王ハルヒは、宣言をしただけで、誰も呼んではいなかった。
呼んでいなかったのにも関わらず、玉座の間に溢れかえるほどの魔物が集まっていた。
「……私は知らなかったけど、今日はお祭りだったかしら?」
魔物たちの楽しそうな様子に、思わずハルヒの口を突いて出た。
「いえいえ。皆、魔王様のご帰還を待っていたのですじゃ。しかも、人間の世界を魔王様が滅ぼすと宣言なされた。魔物たちにとって、これほど嬉しいことがありましょうか」
魔女サリーが、掠れた目に涙をためていた。本気で喜んでいるのはハルヒにもわかる。
「ありがとう……私が、魔の山を出てからのことを話すわ」
ハルヒは、地下帝国に行ったこと、勇者に遭遇し、打ち負かしたこと、ラーファでの事件、カバデールに戻ってからの出来事の全てを話した。
魔物たちは目をキラキラさせて聞き入っていた。吟遊詩人が語る英雄譚とはこういうものだろうかと、ハルヒは言いながら感じていた。
「だから……人間たちが支配する世界は、終わらせないといけないわ」
ハルヒの言葉に、魔物たちが鬨の声にも似た歓声をあげる。
「でも……すぐにというわけにはいかない」
「クモコのことですね?」
ハルヒの玉座の傍にいることを許された堕天使サキエルが言った。
玉座の間がいっぱいで、ハルヒの目の前まですし詰め状態で魔物たちが並んでいるので、傍というのが特別な場所にあたるようには見えないが、魔女サリーとサキエルだけ、特殊な位置につけてある。
「勇者が従えるクモコと名付けられた魔物がいるわ。人間の姿をとらされ……飼われている。問題はクモコではないわ。勇者は、魔物を従える手段を持っているのよ」
魔物たちがざわめく。自分たちが従えられた場合を想定しているのだろう。ハルヒが続けた。
「支配の首輪という呪具らしいわ。どれほどの魔物を、どこまで従わせられるのかはわからないけど……支配されれば、どんな理不尽な命令にも逆らえない。他にも、支配された可哀想な同胞がいるかもしれない。まず、勇者から支配の首輪を奪わなければならない。それが済んだら……総攻撃ね」
ハルヒの言葉に、再び魔物たちが雄叫びをあげる。
「それから、魔の山に住むのは魔物だけではないわ。すでにドワーフもいる。ダークエルフもいるし、これからも増えるでしょう。これから、人間も受け入れるかもしれない」
魔物たちがざわめく。人間を受け入れるというハルヒの言葉に反応しているようだ。
「魔王様……ドワーフやダークエルフはとにかく、人間が役に立ちましょうか?」
「さあ……でも、人間だからというだけで、私の役に立ちたいというのに拒絶するのは、私の方針とは合わないわ。人間は、希望した者しか魔の山には入れない。魔の山で人間を見かけた場合、それは自分から私の役に立ちたいと願ってきたのよ。少なくとも、私の了解無しに殺さないように」
「心得ました」
赤鬼ノエルが代表して答える。
ハルヒは内心でほくそ笑んだ。アキヒコのことは許していない。だが、アキヒコがハルヒの気を引くために、スイーツの開発を行なっていることは聞いた。
聞いた相手がロンディーニャ姫なので、国家事業として取り組んでいるのかもしれない。
勇者に破れる気はない。アキヒコを許すつもりはない。
だが、異世界でまだ見たことのないスイーツが食べられるかもしれないチャンスを逃すつもりは、ハルヒにはなかった。
最後にドワーフを紹介する。魔の山に住み着いていたのではなく、地下洞窟にこもっていたのをひき抜いてきたからだ。
ドワーフたちはハルヒに感謝し、既にさまざまな防具や武器を作り上げていた。
ハルヒの前に、鍛え上げられた職人技の結晶が積み上がる。
「ドワーフたち……ご苦労だったわね。この全てを使うことはできないし、武器なら私以外の者に使わせたほうがいいわ。でも……私が貴方達を魔の山に連れてきたのは、金属で大量の道具を作らせるためだった。私の目的を察してくれて感謝するわ。魔法陣を刻ませてもらうわ」
ハルヒは笑う。魔女サリーが短い悲鳴をあげた。魔女が悲鳴を上げたのは、それがどれほどの力を持つか、想像してのことだ。
ハルヒがドワーフたちを連れてきたのは、金属製の製品が、もっともハルヒの魔法陣を刻む力と相性がいいためだ。
ハルヒの力でさらに加工され、魔法の道具となった武器や防具を魔物たちが手にすれば、どれほどの力になるか、想像しただけで恐ろしかったのだ。
ハルヒは魔物たちに解散を命じ、誰もいなくなった玉座の間で、しばらく佇んでいた。




