114 残り44日 勇者、人生を悔いる
勇者アキヒコは、新作スイーツの開発を料理人に任せ、王城内に設けられた植物園を訪れていた。
いかに美味しいスイーツを作れても、量産出来なければ交渉の材料としては弱いと考えてのことである。
植物園では野菜の栽培や加工も研究しており、アキヒコが期待していた砂糖を抽出する植物、元の世界で砂糖大根と呼ばれる植物も確認した。
この国で大量に栽培していないのは、経済上の理由だとわかった。他の作物を栽培するより儲かるという前提がなければ、誰も大量に栽培しようとはしないのだ。
「最悪の場合……出来のいいスイーツが作れない場合でも、砂糖の行商で魔王の気を引けるかもしけません」
植物園を出ながら、勇者アキヒコは考えをまとめた。
「植物といえば……毒を持った植物も栽培されておったのう。あれは使わんのか?」
毒ドワーフギンタが尋ねる。
「あの魔王に、毒が効くか?」
言ってから、あの魔王はハルヒなのだと思いだす。毒が効かないはずがない。だが、毒で殺せるイメージが沸かない。アキヒコが悩んでいると、ロンディーニャ姫が難しい顔をした。
「ドワーフの言うことも一理あります。ただ……毒を疑われれば、どんなに美味しい甘味を作ったところで、魔王が口にするとは思えません。毒物を持ち歩くのは、逆効果になりかねません」
「……ふむ。確かに、毒が効くような顔はしておらんな」
ドワーフが唸る。その魔王と、前世では好き合って結婚したアキヒコとしては、複雑な心持ちだった。
「毒のことは置いておこう。まだ課題がある。美味しいスイーツの作成ができたとして、魔王のところにどうやって届けるかということだ」
「ふむ……飛んで運ぶのではないのか?」
ギンタが言うのは、ペガサスに乗って運ぶ方法だろう。
「それが問題のない方法であればいいが……」
「問題だという理由がありますか?」
ロンディーニャ姫も首を傾げた。ロンディーニャ姫は、厨房の女たちが休憩用に作ったお菓子を褒めていた。アキヒコが硬くてお菓子とは思えないと感じた食べ物を、本気で褒めていた。アキヒコは言った。
「衝撃を与えると、崩れてしまうようなスイーツの開発は期待できないということですか……」
「アキヒコ……なんですか? その、衝撃で崩れるような甘味が……あのレシピに書いてあるというのですか?」
王城の通路で、ロンディーニャ姫がアキヒコに詰め寄った。アキヒコは、ロンイディーニャ姫の目が輝いているのに気付いた。
「僕は……姫が見つけたレシピ本を読むことができません。ですが……卵を使用したプリンなどは、作り方によっては、ちょっとした衝撃でほろほろと崩れるようなものとなるかもしれません。完成してから5分間がもっとも美味しい……そんなスイーツもあり得るでしょう」
ロンディーニャ姫が、口の端を拭った。
「……それは……実際に食べたら……どんな味がするのです?」
「予想しかできませんが……」
「言ってください」
「噛むまでもなく口に中で解けるように崩れ、その分香りと甘みが口いっぱいに広がるでしょう。ハルヒはチーズが好きでした。チーズの良い香りが口いっぱいに広がり、口の内側から鼻に抜ける……チーズ以外にも、別の香りに変えることもできるでしょう」
ロンディーニャ姫がアキヒコの服をつかみ、震えた。
「異世界には……そんなお菓子が実在するというのですね?」
「はい」
「……やりましょう。アキヒコ、私も全力を尽くします。必ず作りましょう」
「ロンディーニャ姫……試食はほどほどに」
アキヒコは、父王の体格を思い出す。
ロンディーニャ姫は笑った。
「それだけ美味しいものが食べられるなら、多少のことはよいでしょう。この子のためにも、栄養は必要です」
ロンディーニャ姫は、膨らみ始めた自分の腹部を撫でた。
「問題は、そこまでのスイーツが完成したとして、どうやって魔王に届けるかですが……」
「ああ……それなら簡単でしょう」
「どうするんじゃ?」
ずっと側で聞いていたドワーフが尋ねた。
「もちろん、魔王の近くで作るのです。魔王の近くで作れば、届けなくても取りに来るでしょう。愁いの写しで私がレシピを伝えます。ドワーフなら、物を作るのは得意でしょう?」
「……料理道具なら作れるが、料理などできんぞ」
「じゃあ……アキヒコが……」
「僕も同じです」
アキヒコは、料理を人に任せてきたこれまでの人生を、悔いることになった。




