112 残り45日 勇者、試食する
勇者アキヒコは、ギンタとロンディーニャ姫を連れて、王宮の厨房を訪れていた。手には古代から伝わるというレシピ本が握られていた。
「勇者様? それに、姫様まで! ここは厨房です。どうしたのですか?」
問いただしたのは、恰幅の良い女性だった。そのほかにも、清潔な白いエプロン姿の女たちがいる。いずれも良い体格をしている。
「厨房だから来たんだ。あんたたち……砂糖を使った料理は好きかい?」
アキヒコは尋ねた。真っ先に問いただした女が答える。
「砂糖は高級品だよ。嫌いな人なんていないでしょう。でも、めったに口にはできないですよ」
「……でも、ここは厨房だから……食べているのでしょう?」
「アキヒコ、私でさえ、砂糖を使用したお菓子なんてめったに食べられませんよ」
アキヒコの追及に、ロンディーニャ姫が言葉を濁す。勇者アキヒコは引かなかった。
「でも……あなた達は食べている」
「はいはい。多分あたしたちは、姫様より食材については高級なものを食べているかもしれません。でも……料理には味見が必要でね。それを責められるいわれはありませんよ」
女たちがアキヒコを睨みつける。ただ、背後でロンディーニャが『羨ましい』と呟いたのは間違いない。
「ちゃんとした……卵と砂糖、小麦粉、それにミルクとかを使用したお菓子は作れるかい?」
女たちは互いに見かわした。代表して、最初に口を開いた女が尋ねる。
「その質問は、勇者様の役目に関係があることなんですね?」
「ええ。勇者として、使命を果たすことができるかどうかの分かれ目です」
「あれを出しておいで」
「姐さん……いいんですか?」
「ああ。この勇者さんにも姫さんにも、あたしたちの力を示す必要があるだろうさ」
「わかりました」
いずれも体格のいい女たちだったが、そのうちの1人が踏み台を取り出し、高い戸棚の上から木のお椀を取り出した。
姐さんと呼ばれた女に渡す。アキヒコの前に示された。
「これは、小麦粉に水と砂糖を混ぜて練り合わせ、焼き固めたものだ。あたしたちは定期的にこれを作って、保存しておく。仕事の合間につまむのが、何よりの楽しみさね。勇者さんに姫さん……そっちの小さいのも、試してみな」
要はクッキーだ。一口で食べられるサイズに割られている。
アキヒコとロンディーニャ、『小さいの』と呼ばれたギンタが手に取った。
アキヒコが食べた塊は、以前の世界でクッキーと呼んでいた食べ物と比べて、あまりにも硬かった。まるで甘く味をつけた乾パンだ。アキヒコはガリガリと噛み砕いた。
「まあ……なんて贅沢を……」
「ふむ。酒が欲しくなるな……」
アキヒコが顔を顰めていた背後で、ロンディーニャとギンタは絶賛した。
「姫さん……ここで食べたことは忘れてください。王から止められているんです」
「……どういうことなのですか?」
「姫さんは、子どもの頃から、とっても可愛かったですからね……王が心配したんです。甘やかされて好きなものを食べて、王の様な体型になってしまうんじゃないかって。だから……王族の料理には、砂糖はほとんど使われません。砂糖が非常に高価なのは、海の向こうから輸入する時に法外な関税をかけているからです。あえて、高くしているんですよ。姫さんにこれを食べさせたとわかったら、あたしたちは反逆罪になるかもしれない」
「わかりました。しかし……このお菓子があれば、魔王の隙をつくることができるかもしれません。お手柄ですよ」
「……姫さま……」
厨房の女たちは、ロンディーニャ姫の手を取った。
だが、アキヒコは納得できなかった。
「駄目だ。この出来では、魔王の気は引けない」
「勇者の兄ちゃん、どういうことだい?」
女たちが一斉にアキヒコを睨む。全員が罪に問われる覚悟をして、あえて提出したお菓子を批判されれば、気に入らなくて当然だ。アキヒコは怯まなかった。
「固すぎる。風味が足りない。食感が悪い。味がくどい。魔王は……ハルヒは……スイーツ系のライターだったんだ。異世界で、もっとも優れた美味しいお菓子を食べ歩くのが仕事だったんだ。それだけスイーツには詳しいし、何より大好きなんだ。この菓子では……渡した途端逆鱗に触れる」
「そんなこと言ったって……どうすりゃいいんだい?」
途方に暮れる厨房の女たちだけでは無理だ。アキヒコはそう判断し、別の一人を見た。
「ロンディーニャ姫」
「……やはり、こうするしかないのですね?」
「お願いします」
ロンディーニャ姫は、アキヒコが持って来た古文書を取り出した。
「この本は、歴代の料理長が書き残した王国秘伝のレシピです」
「……まさか」「実在したのかい?」
女たちがどよめく。ロンディーニャ姫は続けた。
「この中には、数々の甘味のレシピもあるはずです。それを、皆さんで復活させてほしいのです。ただし、魔王は異世界のスイーツ大王だということは、勇者から聞いた通りです。歴代の料理長のレシピでも満足させられないかもしれません。その時は……」
「どうするんだい?」
「レシピの知識を活用して、みなさんで新しい甘味を作り上げるのです。材料は王国が持ちます……味見し放題です」
ロンディーニャの最後の言葉に、女たちが歓声をあげた。
「よし。お前たち、勇者様のために、ひとはだ脱ごうじゃないか!」
「おう!」
「肌を脱ぐのはおよしなさい。これ以上、増えては困ります」
「……ロンディーニャ姫」
「冗談です。まずは、上手くいきそうですね」
ロンディーニャ姫は言いながら、アキヒコに笑いかけた。




