110 残り46日 勇者、魔王暗殺を企む
勇者アキヒコと毒ドワーフギンタは、ロンディーニャ姫の自室に呼び出された。アキヒコですら、姫の自室に招かれたのは初めてのことだ。
いい香りのする部屋は、丁寧な細工が施された高価な調度品に溢れていたが、アキヒコの気を引いたのは、この世界では珍しい書物が大量にあることと、積み上げられた装備品の山である。
「二人とも、よく来てくれました。使えそうな知識や道具を探していたのですが……」
姫はアキヒコとギンタにお茶を出しながら、積み上がった装備品を見てため息をついた。
「なにか、使えそうなものはありましたか?」
ロンディーニャ姫の表情から推測はできたが、アキヒコはあえて尋ねた。
「効果がわからないものが多く……私にはわかりませんでした。今日来てもらったのは、別の理由です。魔王をどうやって倒すか、その方法を相談したかったのです」
ロンディーニャ姫は疲れた顔で言うと、自分のカップにお茶を注いだ。
「魔王の不意を突く……それは必須だと思います」
「正面から戦って、負けているからのう」
ギンタがお茶をすすりながら言った。
「条件を整理しましょう。正面から戦わずに不意を突く。それには、どんな方法がありますか?」
ロンディーニャ姫が尋ねる。アキヒコにとっては、正義であるはずの勇者が、魔王を暗殺しようとしているかのような話し合いだ。勇者は正々堂々でなくてもいいのだと、アキヒコは思いを改めた。
「魔王のいる場所に侵入し、1人になった時を見計らう……油断しているところに、渾身の一撃を与える……」
「なるほど。でもそれには、警戒されずに近づくことが必要です。ならば、戦場はカバデール……いえ、魔王の本拠地は魔の山ですね。魔王の油断をもっとも誘える場所は、やはり魔の山でしょう。遠征先では、どうしても警戒します」
「ブラックドラゴンはどうするのじゃ?」
「呼ぶ前に魔王とけりをつけるのが最善だな。常にブラックドラゴンを従えているというのなら問題だが……そうではないだろう」
「……そうじゃな。カバデールで襲われた時……わしは気を失っておったが、あの家が倒壊していたわけではないからの」
ロンディーニャ姫は立ち上がり、戸棚の中からカゴを取り出してテーブルに置いた。焼き菓子が入っていた。
ただの休憩だったのかもしれないが、アキヒコは、焼き菓子に思うところがあった。
「ハルヒは……甘いものが好きだ」
「このお菓子は、それほど甘くありません。お父様のような体型になりたくないので」
ロンディーニャ姫はアキヒコに一つ手渡した。自分も口に運ぶ。
「ロンディーニャ姫……この世界に、砂糖というものはありますか?」
「甘い粉ですか? ラーファを経由して輸入していますが、非常に高価です」
「食物の種は……どんなものがありますか?」
「王宮に植物園がありますから、様々なものがありますよ」
「砂糖を抽出するのは……植物からだと思いますが」
「まあ……そんな植物があるのですか?」
ロンディーニャ姫が首を傾げた。アキヒコは頷いた。
「卵を溶かして、固めた食事をご存知ですか?」
「卵焼きですか?」
姫はまじめに答えている。卵に熱を加えれば固まることは知っていても、スイーツに利用することは考えていない。それほど、卵が貴重なのだ。
「姫……この世界に来て、ハルヒは甘い食べ物に飢えているはずです。スイーツの開発を命じてください。砂糖の大量の確保……難しいなら、量産することを植物園の人たちに相談してください」
「それは……魔王討伐に繋がるのですね?」
「ハルヒを倒すには、他に方法はありません。砂糖を抽出できる植物の種が植物園にあれば……増産はカバデールの魔物たちがやってくれます」
アキヒコは、カバデール南側の平原が広大な耕作地に変わっていたのを思い出した。
「後は……現在の魔王の動向じゃな……」
「それなら、アキヒコ、愁いの写しはありますね?」
「もちろんです」
「アキヒコと魔王の絆が絶たれているなら、今度は魔王の姿となったというクモコに呼びかけてください。魔王がカバデールにいるなら、クモコは魔王に見つからないように、どこかに潜伏しているはずです。魔王と同じ姿であるなら……なんらかの情報があるでしょう。魔王の隙を突けるかもしれません」
「わかりました」
アキヒコは知らない。魔王ハルヒは、アキヒコと戦った後ですぐにカバデールを離れている。
クモコがカバデールで魔王に祭り上げられ、突如帰還した魔王に打ち倒されたことは知る由もなかった。




