109 残り47日 魔王、贋物を生け捕る
魔王ハルヒは、屋敷に行く前に、屋敷の傍に存在する使用人用の建物に足を向けた。明かりが灯り、人の動きが見えたからである。
魔王ハルヒが姿を見せると、元領主や使用人たちが今までとは違った怯え方をしていた。
魔物たちから聞いた話を思い出し、ハルヒが口を開く。
「私は人間を食べたりはしないわ」
「……本当ですか? ついに魔王様が本性を表したと……町中で噂になっております。魔物たちすら、魔王様には怯えているとか……」
ハルヒが振り向く。チェリーとスモモは慌てて首を振り、堕天使サキエルは小さく肩を竦めた。追及しても仕方がない。ハルヒは話題を変えた。
「ナタリーという女はどこにいるの?」
「ま、魔王様は……屋敷にいる魔王様とは違うのですか?」
「どうやら、そのようね。私に断りもなく魔王を名乗っているというのなら、身の程を教えてあげなくてはね。で……私の質問に対する答えは?」
ハルヒは、ナタリーという女について尋ねたのだ。怯える父に代わり、ハルヒと町に繰り出したこともある娘のカエラが答えた。
「屋敷の中です。もう……屋敷には魔王様とあの女しかいません。気をつけてください、ハルヒ様」
「ええ。まるで……私が戻った方がいい。そう思っているように見えるわ。貴方達は本当にそう思っているの?」
「はい……今屋敷にいる魔王様は、ただ恐ろしいだけです」
元領主たちの家族と、生き残った使用人が唱和する。魔王ハルヒは、魔王としてはやや複雑な面持ちで、使用人用の別館を離れた。
※
屋敷の本館に入る前に、シーツを頭から被った。生きて歩ける存在なら、餌が何者であろうと気にしないだろう。だが、中に居る魔王と顔が同じではさすがに警戒されると思ったのだ。
シーツで姿を隠したのは、ハルヒだけである。コーデを堕天使サキエルに預けて待機させ、背後には森のクマさんチェリーと神獣スモモを立たせた。
玄関を開ける。
広かったホールの全体に、白い霞がかかっていた。
「やっときた。遅かったのね。それが、今日の餌?」
二階の手すりに寄りかかって、冒険者風の装備を身につけた女が見下ろしていた。
「はい」
ハルヒが答える。ハルヒは、大きな籠を下げていた。
「その荷物は何?」
「魔王様にお仕えする方がいると伺いました。人間だとも伺っています。私を魔王様に召し上がっていただくにしても、お側にお仕えする方のお食事も必要でしょう」
ナタリーと思われる冒険者風の女は、歪んだ笑顔を見せながら身を乗り出した。
「へぇ……気が利くじゃない。今日から人間以外の餌になるかもって、魔王様には言ってあるわ。あなた……私と一緒にこの町を支配しない? 今日の餌は、そっちの獣たちのうち、どちらかでいいでしょう」
「それは、私の一存では決めかねます。そちらに上がってもよろしいですか?」
ハルヒは、食料が入ったバスケットを持ち上げた。
「いいわ。オオカミとクマもいいわよ。ただし、そっちの獣は、私がいいと言った場所で止まること」
女の言葉にしたがい、ハルヒは二階に上がった。チェリーとスモモは途中で止まる。
ハルヒが差し出したバスケットの中身に、女が嬌声をあげる。
「お酒まであるじゃない。決めた。今日誰を餌にするか、魔王様に選んでいただきましょう。1人が犠牲になったら、ほかの2人は逃げてもいいことにしましょう。魔王様のご判断よ。そっちの獣も、文句ないわね?」
チェリーとスモモが肯定の返事をする。
ナタリーはバスケットを受け取って、ハルヒたちを先導して歩き出した。
「私はナタリーよ。もし生き残れたら、仲良くしましょうね。あなた……顔を隠しているけど……お名前は?」
「ハルヒです」
「そう……どこかで聞いたかしら……まあ、いいわ」
思い出さなかったようだ。ナタリーはハルヒが使用していた最奥の部屋の前に立つ。
「ナタリーです。今日のお食事を連れてきました」
声をかけ、ノックをする。奇妙なノックの仕方だ。なにかの合図があるのだろう。
「どうぞ」
声が帰ってきた。ハルヒの声に似ている。だが、ハルヒには昆虫の鳴き声にも聞こえた。
扉が開く。
その時、ハルヒはナタリーの背中に腕を回し、ナタリーを部屋の中に放りいれた。
「キャアァァァァ……」
ナタリーの絶叫を聴きながら、ハルヒは部屋に入る。
部屋中に糸が巻き付いていた。
その中央に、蜘蛛のように四肢を広げて大量の糸の中央に陣取る、魔王ハルヒそっくりの人型の魔物がいた。
投げ込まれたナタリーは、ハルヒ自身では絶対に開かないところまで開いた口に首筋を噛まれ、大量に血を流しながら痙攣していた。
魔王ハルヒが、被っていたシーツを脱ぐ。
「……魔王?」
ハルヒそっくりの人型が口に出す。
「正解」
ハルヒが魔法陣を展開させ、床の上で明滅させた。
「スモモ、チェリー、部屋に入らないで」
「承知しました」
「もし死ななければ、話ぐらいは聞いてあげるわ」
ハルヒが魔法陣に魔力を注ぐ。部屋全体を紅蓮の炎が舐め回す。
貼られていた糸が燃え尽き、床の上に、ハルヒそっくりの体が落ちた。
ハルヒは神殺しの剣を抜き、床に落ちた自分にそっくりの体に突き立てる。
ハルヒに似た体からは血が流れず、その体は串刺しにしている剣から逃れようと手足をばたつかせた。
「……魔王様、お見事です」
「こいつ……蜘蛛だわ。たぶん……アキヒコと一緒にいた奴よ。まさか……進化したの?」
クモコが上を向き、糸を吐いた。ハルヒはクモコの精一杯の反撃を軽くあしらい、その頭部を足で踏みつけた。




