108 残り47日 勇者、打倒魔王の策を練る
勇者アキヒコは、多数の兵士たちを相手に訓練に励んでいた。兵士たちと、木剣で打ち合うのだ。
アキヒコは自覚こそしていなかったが、筋力は人間の限界を超え、持久力もついていた。
進化したアキヒコは、短い間に数十名の兵士たちをうちのめす結果になった。
「アキヒコ、終わったか?」
訓練を終えたアキヒコに、毒ドワーフのギンタが近寄って来た。
「ギンタ、ペコはどうした?」
「知らん。今日は見ていない。それよりアキヒコ、魔獣の出没する有名な場所を調べて一覧にしてみたぞ。従魔の首輪で使役していけば、魔獣の軍勢が出来上がる」
「しかしギンタ、もしブラックドラゴンがハルヒに従っていたらどうする? ブラックドラゴンより強い魔物が、どこかにいるのか?」
「ドラゴンは別格じゃ。ドラゴンはドラゴンにしか、御すことはできまい。特に、ブラックドラゴンはな……わしには、魔王がドラゴンを使役しているとは考えられん。偶然じゃないかのう。それは別にして、アキヒコがブラックドラゴンを従えたいというのならば、ブラックドラゴン以外のドラゴンを従え、ブラックドラゴンを追いつめるしかあるまい。ならば……王都北の火山にレッドドラゴンが、魔の山のさらに南にホワイトドラゴンが、港町ラーファの沖合の島にブルードラゴンが住むという伝説があるらしいぞ。ペガサスに乗れば、どこも行けない距離ではない」
ギンタは本気のようだ。地図を懐から出して、枠外にドラゴンのマークをつけた。
「ブラックドラゴン以前に、そっちのドラゴンに勝てる見込みがなければ意味がないな。それより……クモコのことはいいのか? 王都の魔物を追い払ったんだ。ペガサスに乗れないクモコを、カバデールに置いてきた。迎えに行かなければ可哀想だろう」
アキヒコの言葉に、ギンタは口をへの字に曲げた。
「アキヒコ……お主が言うのか。わしは直ぐにでも行きたいわい。クモコは、わしに懐いておる。じゃが、お主のお陰で、ペコも姫も部屋から出てこなくなってしもうた。カバデールが、2人だけで行けるような安全な場所なら、クモコの心配などせんわ」
「それだと……ドラゴンなら2人でもなんとかなるように聞えるぞ」
「そこまで知らん。わしは、元々ドラゴンのところに行くつもりはなかった。お主が聞くから答えただけじゃ」
「そうか……そうだな。まずは、勝てる範囲の魔物を従えて、徐々に強くして行くか。最終的にどこかのドラゴンを従えられれば、魔王がブラックドラゴンを持ち出しても、相手をさせられる」
アキヒコが最初の目的地を尋ねると、ギンタは地図の一点を指差した。
「ザラメ山脈の東か?」
「うむ。ザラメ山脈を越えるのは、軍隊には難しい。カバデール解放軍はすでに出発しておる。山脈をまわりこんだこの街道は、時々いたずら好きのスフィンクスが出るそうじゃ」
「時々だって? 出現の条件はわからないのか?」
「魔物のやることに、法則なんぞなかろう。気まぐれじゃないかのう」
「……そうか。それより……妙なことを言ったな。カバデール解放軍が出発したんだな」
「うむ。先のダークロードに攻め込まれたのは、それも原因かもしれん。多くの兵士が旅立ったまさに間隙を突かれたようじゃ。魔王ハルヒ……アキヒコの嫁とやらは、随分戦略に長けた者のようじゃなあ」
ギンタは感心するが、アキヒコはハルヒに対して計算高いという印象は持っていなかった。
むしろ、直情的な行動を取ることが多かった印象が強い。
「……僕はまだ、ハルヒのことを理解していないのかもしれない」
「それでは困ります」
背後から声をかけられ、アキヒコは飛び上がった。
兵士たちはすでに誰もいない。真っ赤な目をしたロンディーニャ姫が、アキヒコの背後に立っていたのだ。
「姫……あの……ハルヒのことは……」
「かつて……魔王とどのような関係であったとしても……アキヒコがこの子の父親であることは変わりません」
ロンディーニャは言いながら、少しだけ膨らんで見える腹部を撫でた。
「僕の世界では……左手の薬指に、結婚の近いの輪を飾ります。ハルヒは、僕の目の前で誓いの輪を引きちぎりました。僕とハルヒは……精神的にとても強く結ばれていたとは思っていますが……」
「精神の結びつきも絶たれた……でも、夫婦なら、結びつきはそれだけではないでしょう? 夫婦だったのに、体は結ばれていなかったとでも言うのですか?」
「結婚し、記念の旅行に出かけたんです。その日に事故にあい……この世界に来ていました。その日まで……大切にしようと約束していました。互いに触れず、穢れずにいようと……だからこそ……姫を見てハルヒが怒ったんです。僕はまだ……ハルヒの体に触れたことも……裸を見たこともありません」
ロンディーニャ姫は、しっかりと頷いた。
「今、私に向かってそれを言うということは……元の世界に未練はない、魔王を討伐したその後は、私とともに王国を盛り上げてゆく。その覚悟だと思って良いのですね?」
「……はい」
この状況で、アキヒコにほかの返事をすることはできなかった。




