105 残り49日 魔王、空を飛ぶ
魔王ハルヒは、領主邸の中庭で、ノエルたち鬼たちと堕天使サキエル、ドレス兎コーデを前に宣言した。
「私はカバデールに戻るわ。ラーファは支配していないけど、領主は私に服従している。この町に戦力を置く必要はないでしょう。ノエル、鬼たちを率いて地下帝国に行き、魔の山に戻りなさい」
「魔王様はどうやって戻るのですか? ザラメ産地を越えるのでしょうか?」
「ええ。飛ぶわ」
「お任せ下さい」
堕天使サキエルが腰を折った。その顔には、眼鏡が光っている。
サキエルは、地下洞窟から地上まで貫通した穴を、ハルヒを抱えて上昇したことがある。
ハルヒは首を振った。
「ちょっと試したいことがあるの。サキエルは付いてきて。私が落下したら拾って」
「魔王様、飛ぶ方法があるのですか?」
「これを使えばね」
魔王ハルヒは、背負っていた神殺しの剣を手にした。
「これで、どうするんだい?」
ドレス兎のコーデが長剣を前足で叩いた。
「この剣は、神を名乗った女を殺すことができた。それとは別に、魔法陣を何重に刻んでも崩壊しないみたいね。見た目は石の剣だけど、この素材は決して石ではないわ。ただの石であれば、ちょっと簡単な魔法陣を刻みつけただけで、崩壊してしまうもの」
「では、その剣で飛べるよう、魔法陣を刻むと?」
「そういうこと」
ノエルの問いに、ハルヒは頷いた。
自分の脳に意識を集中させる。浮遊を意識する。だが、なにも思い浮かばない。
次に、力を意識した。物体同士が引き合う力だ。惑星規模なら重力とも呼ばれる。ハルヒの脳に魔法陣が浮かぶ。
そのまま、神殺しの剣に刻みつける。成功した。
次に、慣性力を思い浮かべる。必要な魔法陣が思い浮かぶ。
剣の柄部分に刻みつける。
ハルヒが魔力を注ぎ、手を離す。周囲の魔物たちが伏せた。
「心配ないわ。私が手を離しただけでは、巨大化なんてしない。思った通り、重力から解放されたわね」
ハルヒが手を離したままの位置で、神殺しの剣が空中に止まっている。
「よっと……」
ハルヒが剣に腰掛けた。柄部分に手を載せる。魔力を注ぎつつ、地面を蹴った。
ハルヒが腰掛けたまま、急上昇する。
魔力を操作し、慣性力を操る。
ハルヒの意のままに、神殺しの剣が位置を変える。
それは、ハルヒ以外の者から見れば、たしかに空を飛んでいるのだ。
地面に下りる。
「どう? 飛べていた?」
「魔王様、お見事です。私の重要な役目がなくなったようで残念ですが」
堕天使サキエルが言った。
「魔王様は……魔法陣を刻む媒介があれば、なんでもできそうですね」
ノエルが憧憬を抱いたように語った。
「そこまではいかないと思うけど、魔法陣を何重にも刻める媒介を私が求める理由はわかるでしょう?」
「当然だよなあ」
コーデも同意した。
「木よりも石、石よりも水晶、水晶よりも金属で、魔法に対する耐性が高いと思う。だからこそ、金属の加工が得意なドワーフを引き入れたかったのよ。ノエル、洞窟を魔の山付近まで戻って、ドワーフをちゃんと管理できるようにしておいて。私が地下で最初にみつけたドワーフたちは、ラーファで奴隷にされていたドワーフたちより、遥かに鍛治士として長けているわ」
「承知しました」
ノエルが頭を下げる。
「さあ、もう行くわ。サキエル、サポートを頼むわね。コーデ、来なさい」
「おいら……飛ぶのはちょっと……」
「風が気持ちいいわよ」
ハルヒは、コーデを抱えて懐に抱いた。
「あっ……ここならいいかも……」
コーデが満足し、ハルヒは再び空に飛び上がる。ザラメ産地を越えれば最短でも数日かかる道のりを、ハルヒは1日で飛び越えた。




