104 残り49日 勇者、王都を救う
勇者アキヒコが目覚めると、目の前にロンディーニャ姫がいた。相変わらず美しく、柔らかそうな印象を受ける。
だが、弱くはない。必要なことを心得ている。アキヒコは、そう思っていた。
寝ていたアキヒコをただじっと見つめていたのだろう。ロンディーニャ姫は目覚めたアキヒコに安堵したように語り掛けた。
「ああ……アキヒコ、あなたこそ本物の勇者です。ここまで傷つきながら、王都がこの世界でもっとも忌むべきとされる魔物たちに占拠されたというのに、見事に追い払ってくれました」
「本当に、助かったのじゃもん」
王もいた。ロンディーニャとは対照的な丸い体を揺すり、自ら大量の食料と飲み物を運んできた。
場所は玉座の間である。意識を失った場所だ。兵士たちがいなくなり、アキヒコを運ぶことができなかったのだろう。
「ダークロードはどうなりました? 他にも魂啜りやデュラハンがいたはずですが……」
「不遜にも玉座を占拠していた魔物は、ダークロードというのですね。アキヒコが滅ぼしましたよ。デュラハンなどの魔物も、ペコが言うには、アキヒコのお陰で逃げ出したようです。ダークロードがいなければ、王城に棲み着くことはなかっただろうとペコは言っていました」
「ペコとギンタはどうしました?」
「城の中を見回っています。まだ、女郎の大蜘蛛が巣を張っている場所もありますから。顔が気持ち悪いことをのぞけばただの大きな蜘蛛ですから、問題はありません」
「あんな魔物たちに王都が占拠されるなんて……何があったのです?」
アキヒコが尋ねると、王が干し肉を差し出した。アキヒコは受けとり、黙って口に運ぶ。無暗に食料を差し出されたわけではないと、アキヒコは理解していた。大量に出血した。衰弱しているように、王にも見えていたのだ。
アキヒコが干し肉を咀嚼している間に、王が言った。
「突然だったのじゃもん。あっという間に、城が半透明の魔物で溢れたんじゃもん。気がつくと、兵士たちは逃げ出していたんじゃもん。アキヒコが来てくれなければ、余も姫も死んでいたんじゃもん」
「アキヒコは魔王討伐のための準備をしている大事なときなのだとは知っていますが……ごめんなさい。私のわがままで、呼び戻してしまって……」
ロンディーニャ姫はアキヒコに頭を下げた。額をアキヒコの肩にぶつける。
アキヒコは、数日前、同じ姿勢をとったクモコを思い出した。
クモコは、ハルヒの姿をしていた。
ハルヒを思い出す。
ロンディーニャ姫はこの世界の人間だ。
アキヒコはハルヒ本人の肌に触れたことはなく、裸も見たことはない。ロンディーニャはアキヒコの子どもを宿している。
アキヒコは考えるのをやめた。王を見ると、ロンディーニャを抱きしめて口付けをしろと全身で合図していた。
王であり、父であるとは思えないと思いながら、アキヒコは王に従った。
「アキヒコ、まだ残っていたデュラハンが見つかったわ。少し、血をもらうわね」
アキヒコの視界は、ロンディーニャ姫で一杯になっていた。魔術師ペコが戻ってきたのにも気づかなかった。
「あ、ああ……」
アキヒコが同意すると、アキヒコの背中に鋭い痛みが走った。
「じゃあ、治療は自分でできるわね」
ペコが背中を向ける。ギンタが背後にいた。
「デュラハンじゃと? まだおったか?」
「ええ。間違いないわ。行くわよ」
ペコがギンタを連れて行く。
勇者アキヒコは、ペコに習った魔術で傷を塞ぐ。目の前のロンディーニャ姫がじっと見ていた。
「……ロンディーニャ姫、どうかしたのですか?」
「アキヒコ……信じていますよ」
「……魔王を討伐することですか?」
「いいえ。アキヒコは、魔王を倒した後……私の元に戻ってきてくれると……ペコに浮気したとしても、私を裏切らることはないと……」
「う、浮気なんて……」
「アキヒコはしない。そうですね?」
念を押すように、ロンディーニャ姫が繰り返した。
「は、はい……」
「平和になったら、孫の顔が見られるといいんじゃもん」
「まあ。お父様……ご存知ないのですか?」
「なにをじゃもん?」
ロンディーニャの告白に、王は糸で吊られていたときよりも愕然とした顔を見せた。
「ところでアキヒコ、カバディールであなたに寄り添っていた女は……どうなりました?」
「あ、あれは……人ではありません。聖剣に封印されていた、女神セレスです」
「セレス……そうですか。世界を混乱に陥れた、最悪の邪神の名ですね。アキヒコ……なにがあったのか、詳しく教えてくれますね?」
女神セレスの名は、王とロンディーニャ姫から笑顔を奪い去った。




