103 残り50日 魔王、贋物を知る
ドワーフたちはすでに配下に引き込んである。その上勇者アキヒコを痛ぶった魔王ハルヒは、港町ラーファに来た当初の目的を達成していた。
港で魚料理を堪能して満足した。
留守にしていた城や支配下に置いた町の様子を確認するため、新しく宿泊場所とした領主邸の一室で、ミスリル銀の水盆に魔力を注いだ。
アキヒコは、まだカバデールにいるだろうか。そう思い、カバデールの座標に水盆の映像を合わせた。
ハルヒが覗きやすいよう、カバデールの町には姿を写す金属板が多く設置されている。
魔王ハルヒは、最初にカバデールの中心部を映し出した。そこ場所には、領主の屋敷があるはずだった。
ハルヒは、自分の顔を見ていた。
「失礼します。魔王様、この度は大変結構なものをいただき、あらためてお礼に伺いました」
部屋の隅で昼寝していたドレス兎のコーデが体を起こした。ハルヒが使用していた部屋に、堕天使サキエルが入ってきていた。
顔にはしっかりと眼鏡を載せている。
「いいのよ。私はドワーフに適当な指示を出しただけだもの。ちゃんと使えるものを作りだした、ドワーフたちこそ褒められるべきね。さすが、地下帝国が滅んでも、延々と鉱脈を探し続けた、筋金入りの鍛治士たちだわ。ラーファに残って、人間たちにこき使われていた同族とは違うわね」
「ほう。そのようなことが……ところで魔王様、ご使用中のそれは、なんですか?」
「魔法の水盆よ。あなたの前でも使ったことがあるはずだけど……見えていなかったのね。ミスリル銀の水盆に、魔法陣を刻みつけたものなの。魔力を注ぐと水が貼られて、指定した場所の光景を見せてくれるわ」
「ふむ……簡単におっしゃいますが、とんでもない代物ですな。まあ……以前の私でしたら、その水盆に映る程度のものでしたら、ぼんやり霞んでなんだかわからなかったでしょうけど……」
言いながら、サキエルも覗き込んだ。サキエルは以前、水盆に映る人影が知っている邪神だと判断できるまでに、ずいぶん目を細めていたのだ。
ついでに、コーデも寝ているのに飽きたのか近づいてくる。
「そうなんだけど……おかしいわね。調子が悪いのかしら。さっきから、カバデールの様子を見ようとしているのだけれど……何も映さないのよ。しばらく使っていなかったのだけれど、壊れることってあるのかしら?」
「映っているじゃん……魔王様が」
コーデが短い前足で水盆を指した。
「そりゃそうね……銀盤に水を張って、自分の姿が映るってのは、当然そうなのよ。でも、この水盆の価値は、離れた場所を写すことにあるのよ」
コーデが首を傾げる。堕天使サキエルが眼鏡を調整しながら言った。
「つまり……本来ここに映るべきものは、カバデールの風景ですか? 魔王様に似た何かではなくて?」
「ええ。座標の指定が悪くて、なにも映らないときもあるけど……それは指定した場所に姿を反射するものがない場合だけなのよ。でも、カバデールでそれは考えにくいのよね。建物の中にも外にも、姿見がたくさん設置して……待って。サキエル、さっきなんて言ったの?」
ハルヒはサキエルを睨んだ。
「お気分を害しましたか? カバデールの風景が見られるはずかと……」
「私が聞きたいのは、その後よ」
「魔王様に似たなにかではなくて……ですか?」
「私に似た何か? これが?」
ハルヒは、水盆の中に映った、自分と瓜二つの顔を指差した。
「ええ……魔王様の姉か妹ですか?」
「そうかい? おいらには、魔王様に見えるけど……」
「よく御覧なさい。魔王様似の後ろに窓があるじゃないですか。この部屋には、窓はありません」
「……そうね」
ハルヒが背後を確認した。背後は、壁紙一色である。
「魔王様……さっき……魔王様が振り返っても……水盆の中の奴、振り返らなかったぜ」
「なら……決まりね。この部屋は……私が使っていたカバデール領主の執務室だわ。お前、何者?」
最後の言葉は、水盆の向こう側に向かって放っていた。
水盆の中のハルヒにそっくりな姿が、驚いた顔をした。周囲を見回してから、首を傾げながら、自分の顔を撫でている。
「向こうは、こちらから見られているとは思っていないようですね。鏡を見ているつもりなのかもしれません」
「あまり……のんびりもしていられなくなったわね。確認しないと……カバデールに戻るわ」
ハルヒは言うと、水盆の映像を消した。




