100 残り51日 勇者、毒勇者となる
勇者アキヒコと仲間たちは王城に突入し、デュラハンと呼ばれる頭部が無い騎士に追われて、客室の一つに逃げ込んだ。
「……駄目だ。エナジーブレードもエナジーボールも通じない。雷鳴の剣も防がれるし、どうすればいい?」
「単純に技量の差じゃな。アキヒコの技、器用に盾で防がれておった」
毒ドワーフギンタが評価する。アキヒコは頬を膨らめた。
「剣の修行なんてほとんどしたことがないんだ。それを教わる前に、師匠がブラックドラゴンに食われた」
「デュラハンは死霊の騎士と呼ばれる魔物よ。アキヒコが手も足も出ないのは、死霊よりも騎士の方に傾いた奴ね。アキヒコは力押しでなんとかなちゃうから、物理無効で魔法もいなされると、どうにもならないわね」
魔術師ペコにも指摘される。
「それはわかっているけど……どうする? あれを避けて、奥に進むか?」
「でも、勝てない魔物を放置するのは問題よ。この城をどうして忌々しい魔物たちが占拠しているのかわからないうちは、勝てなくてもなんとかなるとは思えない」
「なんとかならんのか……ゴースト系の魔物に、わしは美味そうにはみえんじゃろうし……」
ギンタが頬を書いた。城を占拠している魔物の大部分は、実体がないのだ。ギンタは囮にもならない。
ペコはギンタを見つめ、手を叩いた。
「ギンタを犠牲にする考えを思いついたのか?」
ペコの動きに、勇者アキヒコは希望を見出した。ギンタは即座に反論する。
「断る」
「違うわ。でも……精神体の魔物が極端に惹きつけられ、同時に致命的な弱点となるものがあるわ」
「……なんだい?」
「精神体の魔物は、この世界の存在として、いわばむき出しの神経みたいなものなのよ。だから……異物に惹かれる。でも、異物は弱点になる」
「……どこかで聞いたような話じゃな」
ドワーフのギンタが唸った。ペコがギンタの兜に手を置いた。
「毒ドワーフならぬ、毒勇者作戦よ」
ペコが宣言したが、アキヒコは信じなかった。
「毒勇者って……俺がギンタと同じように……どうやって食われるんだ?」
「この場合、食べられなくてもいいわ。とりあえず、えいっ」
ペコは楽しげに、勇者アキヒコの腕にナイフを突き刺した。
「ちょ、ちょっとペコ、何をしているんだ」
アキヒコの血が吹き出し、ペコが置かれていた燭台を手に取り、血に浸した。
壁をすり抜けてきた魂啜りが、勇者アキヒコに迫る。
ペコが魂啜りを燭台で殴りつけると、魂啜りはのたうち回って苦しみだした。
「やっぱり……実体を持たない魔物にとって、異世界人の血はとっても美味しそうな毒なのよ」
「……というか、その理屈だと……この部屋凄いことになるぞ」
アキヒコのボヤキに、ペコとギンタが距離を取った。
「アキヒコ、頑張れ!」
「雷鳴の剣を血に濡らすのじゃ。出てくる奴ら全部が腕に噛み付くと、全て倒す前に血の流し過ぎで死ぬぞ」
「……ペコに刺されたところが痛いんで、魔術で治療したいんだが……」
「アキヒコ、駄目よ」
ペコがまじめに首を振る。
勇者アキヒコは、自分の血だらけの腕に雷鳴の剣をなすりつけながら言った。
「いい仲間だ」
ペコとギンタがベッドの下に隠れた頃、アキヒコの血を目当てに次々と実体のない亡霊のような魔物が壁を抜けてきた。
追い払うのは簡単だった。
ただ、アキヒコの血に惹きつけられながら、簡単にはいかない魔物もいる。
雷鳴の剣がとめられた。アキヒコが逃げ回ったデュラハンだ。
だが、雷鳴の剣に付着したアキヒコの血に触れた部分は、腐食したように溶けている。
「アキヒコ!」
ベッドの下からナイフが投げられた。アキヒコの足元に転がる。
「つくづく……いい仲間だ」
アキヒコは精一杯の皮肉を言いながら、自分の肩にナイフを突き刺す。
迸った血に、我慢の限界に達していたデュラハンが突っ込み、毒の血を浴びてのたうち回った。
忌まわしきものたちが、どこか幸せそうにのたうちまわる姿を見ながら、アキヒコとペコ、ギンタは王城の最奥を目指した。




