沈黙した世界、あるいは孤独
注!)この作品は少し病み要素を含みます。苦手な方は自衛お願いします。
短編です。文章につたない表現があるかもしれませんが暖かい目で読んでいただけると幸いです。
ある日、世界は沈黙した。
地球で、いや宇宙で絶えず流れていた時が止まり、後には静寂だけが残った。
もはやこの時空上で動くものはなかった。ある一人の少年を除いて。
少年は世界に異変が起きていることに気がついた。周囲の時が止まっている!誰しも身の回りで特別なことが起こると高揚を感じずにはいられない。特に多感なお年頃ならなおさらだ。
少年は自らに特別な力があるのだと考えた。無理もない。周りを見渡しても動きがあるのは自分だけだったのだから。
時が止まる直前、少年は学校で授業を受けていた。だから少年が真っ先に考えたのはこの状況なら解答を盗み見できるのでは、ということだった。残された時間は少ないかもしれない。そう考えた少年は彼の先生が教卓に置いていた模範解答を見ては答えを写していった。
しかしおおかた写し終えても時が動き出すことはなかった。
それどころかそのあと少年が思いつく限りのいたずらをした後でさえ時は止まったままだった。
少年は疲れ切ってしまった。なにせ時が止まっているのだから自分が何時間学校にいたのか分からない。家に帰って寝ようと考えたが辺りがまぶしすぎて寝付ける気がしない。それにおなかもすいてきた。だからとりあえずスーパーにいこうと考えた。
少年は平日のこんな真昼に学校を抜け出してスーパーに来るなんて初めてだった。
それに、売り物を勝手に盗って食べるのも初めてだった。
罪悪感は否めなかったが時が止まっているのだからこれくらい許されるだろうと考えておにぎりを3つ頂戴して食べた。
おなかがいっぱいになったところで今度は眠気が襲ってきた。
少年は家に帰るとカーテンをすべて閉めきり、それでもまぶしかったのでタンスを窓のところに持って行って窓を塞いだ。それで幾分寝やすくなった。
次の日、かどうかは分からないが少年が起きたときにもまだ時は止まったままだった。
一晩(?)寝たあとでもまだ興奮は冷めていなかった。
しかしなにせ暇だった。話し相手がいない。ゲームをしようにも対戦相手がいない。テレビをつけても時が止まった瞬間を映し出すだけだ。それどころかデジタルのものは操作してネットサーフィンをしたりビデオを見たりはできないらしい。そんな状態だから無論音楽も聞けない。ピアノを触ってみると音がでたので楽器は使えるようだが、あいにく少年には弾ける楽器がなかった。
ふと少年は考えた。
このままずっと時が止まったままだったらどうしよう。自分一人で生きていくことに意味はあるのだろうか。
少年が体感時間で一ヶ月ほど過ごしても時が再び動き出すことはなかった。
少年は自分の存在に意味があるのかを真剣に考えるようになった。
あの日のまま何も変わらず授業をしている先生、授業中だというのに先生から隠れるようにして絵をかいている友達、真面目にノートをとっている気になるあの子、そしてお昼ご飯を作っていたであろう母……。周囲にいる人たちの、一ミリも動かぬ姿を見ていると、逆に自分が一人取り残されたような気持ちがしてくるのだ。
この冷え切った世界で自分はこの先孤独に生き続けるのか。
そんなことを考えると恐怖とともに無気力感が少年を襲う。
もうどうなってもいいや。
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「……っだぁぁあ!!!」
静寂を切り裂くような大声とともに少年は飛び起きた。
辺りには少年が生きていく価値がないと判断した、あの、沈黙した世界が広がっていた。
どうして……確実に人生を終わらせて楽になれたと思ったのに。少年はそう思った。
確かに自分はすぐ目前の20階立てのビルの屋上から身を投げたのだ。
しかし少年の体には全く異常がなかった。強いて言うならばおなかがすいてきたくらいだ。
そこで少年は悟った。自分は死ぬことすらできないのか。惨めにこの世界で一人で生きていくことしかできないのか。
少年は生きる希望を失っていた。
何度この人生を終わらせたいと願っただろうか。
何度この世界を離れようとしただろうか。
涙も感情も、もう枯れてしまった。
目的も喜びもなく過ごしていたある日、少年は道ばたに何かが落ちているのを見つけた。
小説だった。
少年は本を読むことを避けていた。文字を続けて長時間読むことに苦手意識があったからだ。
しかしその日はふと読んでみようと思ったのだ。少年には本当にすることがなかったし、本を読むことで一瞬でも気持ちを紛らわすことができたら、と考えたからだ。
その小説のテーマは「平凡な日常」だった。
読み進めるうちに少年の目には自然と涙が浮かんでいた。
自分が孤独であると悟ってからは友達やあの子、そして親の姿を見ようと考えすらしていなかった。
世界がまだ息をしていた頃は自分もこんなありふれた生活をしていたのだと思い出す。
「特別」に憧れを抱いていた自分だったが、「特別」には孤独がつきまとうことを知った。
「平凡」「普通」「あたりまえ」……
これらがどれだけ大切で、どれだけ保つのが難しいのかを知った。
いつしか少年は時を忘れて本を読んでいた。
なつかしいあの頃の記憶がよみがえってくる。
あの賑やかな世界に戻れたらーーーーーー。
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「おう兄ちゃん、その本拾ってくれてありがとな」
唐突に隣から人の声がした。
自分が発していない音を聞くのはものすごく久しぶりだったので少年は驚いて跳ね上がった。
「ん?どうした?泣いてるじゃねぇか。俺でよかったら話聞くぞ?」
人の声を聞けた安心感とその優しい言葉にさらに涙がこぼれおちる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
といおうとしたのだがその言葉は嗚咽に飲み込まれてしまった。
こうして少年は元の「平凡な」世界に帰ってきた。
少年には夢ができた。「誰かのために小説を書きたい」というものだ。
その夢を叶えるために少年はとてつもない量の努力をした。
しかしそれは少年にとって何の苦でもなかった。むしろ幸せだった。生きる希望を見つけたから。
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数年後、少年は青年になり、夢を叶えるための大きな一歩を踏み出そうと決意した。
少年は原稿用紙を前に、ペンをとり、大きく息を吸って書き始めた。
『ある日、世界は沈黙したーーーーーー』
最後まで読んでいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか。
感想などいただけると作者が泣いて喜びます。
それでは、またご縁がありましたら。