ライトハンド
まさに殴り書きの短編
「今日はお前のおかげでボロ儲けだ!ライトハンド!」
「また頼むぞ!ライトハンド!」
「お前はサイコーだ!」
何人もの男が俺の背中に声を掛けていく。俺は手をあげて軽く流した。奴等が俺をライトハンドと呼ぶ理由は単純だ。俺に左手がないからだ。
「まーた、随分と殴られたな。ライトハンド」
パブの糞店主がカウンターに座る俺の腫れた顔を見て笑う。
「いつも通りだ」
「ああ、そうだったな。お前は殴られてばかりだ。初めてウチのリングに上がった時からずっと」
この糞パブにはリングがある。客はリングに上がるボクサーに金を賭け、酒を飲みながら馬鹿騒ぎをする。
俺は見世物になることで日銭を稼ぎ、酒をかっくらって寝る。よく出来たシステムだ。
「でも、いつも最後までリングに立っているのはお前だ。ライトハンド」
「たまたまだ」
「今日の相手は元ミドル級の国内チャンピオンだぞ!薬で大分イカレちまったが、せいぜいライト級のお前が勝てる相手じゃないんだぜ?」
「何が言いたい?」
「俺にだってわかんねーよ!」
「なら、黙って酒を出せ」
糞店主はとびきり高い酒をカウンターに叩けつけ、奢りだと言った。有り難く頂くことにしよう。口の中が切れていたんだ。消毒にちょうどいい。
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ゴングが鳴った。
賭けボクシングにはファイナルラウンドしかない。どちらかが立ち上がれなくなるまで、糞みたいな殴り合いが続く。
今日の相手は随分と上品だ。鋭いジャブが何度もかすめ、狙い澄ましたストレートが俺の顔を捉えた。
下品な声がパブを飛び交う。
「てめー、ライトハンド!もらってんじゃねー!」
「負けたら殺すぞ!ライトハンド!」
「とっとと沈めちまえ!ライトハンド」
いらない野次ほどよく聞こえるもんだ。お陰でまた右をもらっちまった。
俺には拳が一つしかない。俺の拳は宙を叩き、今度はボディーにもらった。いくら拳を出しても、今日の相手には当たらない。何倍ものお返しがくるばかりだ。
視界が薄ぼんやりとしてきた。俺はいつまでこんなことをやっているんだ。さっさとリングに沈み、家に帰ってまたベッドに沈む。もう起き上がるのは勘弁だ。
そうだ。電気を消さないとな。俺はそっと壁のスイッチに手を伸ばした。何度押しても明かりは消えない。しつこいやつだ。もう俺は眠るんだ。苛立ちを拳にのせてぶつけた。
カンカンカンカンカンカン!
ゴングの音で我に返ると、パブの中に割れんばかりの悲鳴と歓声が響いた。リングには大の字になった男がいる。
レフェリーが俺の右手を取って宙に掲げた。もう一度、パブが震えた。大袈裟な奴等だ。何もわかっちゃいない。誰か早くグローブを外してくれ。俺は酒を飲んで眠りたいんだよ。もう見世物の時間は終わりだ。