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その魔の手は甘く……

 ──1977年2月14日。広島市南区の路上で向井肇は何者かに刺殺された。犯人は見つかっていない。


 ──1992年2月14日。大阪府中央区の公園のトイレで向井肇は何者かに絞殺された。犯人は見つかっていない。


 ──2007年2月14日。名古屋市中区のラブホテルの一室で向井肇は何者かに銃殺された。犯人は見つかっていない。



 エゴサーチなんてするんじゃなかった……。バレンタインデーを前に俺は同姓同名の赤の他人の身に起こった不幸について知った。それはちょうど15年毎、必ず2月14日に起きている。今日は2022年2月13日、俺の名前は向井肇。


「なんだよーこれ……めちゃくちゃ気持ち悪いじゃん……」


 スマホを放り投げてベッドに転がるが、全く眠れる気がしない。


「いやいやいや、関係ないっしょ。たまたまだよ。たまたま」


 とはいえ、やっぱり気になる。同姓同名の人が殺されているだけでも気持ちが悪いのに、それが3件も。これって偶然? そんなことあり得るのか? ウチの親、この事件のこと知ってるのかな? 知ってたらこんな名前つけないと思うけど……。


「んー無理、やっぱり眠れない」


 スマホを手に取り事件についてまた調べ始めても、ただ事実が書かれているだけでやっぱりそれ以上のことはない。これ、誰も気が付いてないのかな?


「よし、筋トレだ。筋トレしかない!」

 

 腕立て伏せを100回、腹筋を100回して疲れ果てた俺は、水をがぶ飲みしてから祈るようにベッドに潜り込んだ。



#



「オハヨー、ハジメ!」


「……おはよう、隆史」


「なんだよその顔? ジジイみたいに老けてるぞ!」


「……眠れなくて」


「まさかバレンタインデーを意識して眠れなかったのか? お前が貰えるわけないだろ?」


「……ちょっと黙ってて」


 隆史のハイテンションが辛い。いつもより2割増しぐらいに元気だ。こいつ、絶対にバレンタインデーを意識してるな。いや、隆史だけじゃない。校門を通る生徒の顔はどこかふわふわとして落ち着きがない。コイツら、呑気だな。


「どしたの? 何かあった?」


「……昨日、自分の名前をネットで検索したんだ。そしたら……」


「そしたら?」


「俺と全く同じ名前の人が3人も殺されてた。過去の2月14日に」


「えっ、向井肇が? なんだそれ、こわ」


「……俺、大丈夫かな?」


「ハジメは大丈夫だろ! だってモブじゃん? 誰にも愛されない代わりに誰からも恨まれてないよ」


「微妙なフォロー、ありがとう」


「ただの偶然だって! 中学生が命を狙われるなんてないない!」


「だよな? 俺もないとは思ってるんだけど、なんかちょっと気持ち悪くて」


「よし、俺がチョコやるから元気だせよ!」


「いや、それはそれで気持ち悪い」



#



 授業が終わると教室の浮ついた空気は最高潮になっていた。女子から呼び出されたらしい奴等が周りの様子を伺い、隙を見つけてはスッと教室からいなくなる。


「……ハジメ、すまん」


 隆史が片手で拝んでいる。まさか、こいつも──。


「ちょっと呼ばれちゃって。行ってくるわ。悪いけど、1人で帰ってくれ」


「……お、おめでとう」


「じゃ!」


 妬んだって仕方ない。今日は真っ直ぐ帰ってゲームをして寝よう。そうだ。それしかない。探り合いをするクラスメイト達を尻目に教室を後にする。


 廊下は妙にシンとしていた。まるで世界が変わったような静けさだ。戸惑いながら階段を目指すが誰ともすれ違わない。まぁ、こんなこともあるか。慎重に階段を降り、踊り場で振り返る。


「……誰もいない」


 人の気配がしたのだ。足音も聞こえた。しかし誰もいない。いや、俺が神経質になりすぎているだけか。上の階に行ったのかもしれない。


 靴を履き替え校門まで歩いていると、運動部の掛け声が聞こえてきた。よかった。この世界は俺一人じゃない。当たり前のことに安堵して校門を出ると、一人の男の姿が目につく。


 ニット帽に眼鏡とマスク。怪しい? 今の時期なら普通? 帰宅ルートに入ろうとすると、男も同じ方向に歩き始める。5分経って同じ道を付いてくるなら逃げよう。スマホの画面を確認しながら、頃合いをはかる。


「……あと、一分……」


 振り返ると……いる。男はいる。わざとらしくスマホを弄りながら歩いている。よし、次の角で曲がって全力ダッシュだ。今日は教科書を机に置いて荷物は軽くしてある。いけるはずだ。さぁ、行くぞ──。


 急げ急げ急げ! 徐々に細くなる路地を右へ左へと駆け巡る。自転車の急ブレーキと何やら怒るお婆さんの声。ごめん! でもこっちも大変なんだ! なんなら人生がかかっている。


 やたらと並べられた鉢植えを躱し、こちらを見て固まる猫を威嚇し、息は上がる。ここで逃げ切ればきっと大丈夫。後ろを見る余裕はないが、膝に手をついて諦める男の姿が浮かぶ。


 小高い丘の住宅街の中にある公園のベンチに座り、奮発して買ったエナドリを一気に飲み干した。こんなに走ったのはいつ以来だ。マラソン大会だって手を抜いて走るからこんなには疲れない。あぁ、エナドリが染み渡る。


 カサッ


「ひっ!」


 背後からの音に慌てて立ち上がり反転する。そこには──


「ごめんなさい! 驚かすつもりはなくて」


 ──女の子だ。同じ学校? 少なくとも同じ学年ではない。


「私、2年のカシワバっていいます! あの、向井センパイに渡したいものがあって……」


「えっ、俺?」


「はい! 向井センパイです」


「なんで?」


「それは中に手紙も入っているので……」


 女の子は顔を赤らめてチェックの紙袋を差し出す。もしかして、人の気配がしていたのはこの子? カシワバと名乗った女の子は上目遣いでジッと俺を見ている。


「……ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございますっ!」


 俺が袋を受け取ると、ホッとした表情を見せる。


「では、失礼します!」


 カシワバさんはバタバタと早足で公園の出口へ向かい、クルンと反転してお辞儀をした。その勢いにスカートがヒラヒラと舞い、得した気分になる。


「……とりあえず帰って開けよう」


 おい、隆史! 俺が誰にも愛されないって? これはどう考えても本命チョコだぞ。ふふふ。ついにやってきた! 中学3年にして非モテキャラ脱却だ!!

 

 俺は先程までの疲れを忘れて軽い足取りで家路についた。



#



 ──1977年2月14日。広島市南区の路上で向井肇は何者かに刺殺された。犯人は見つかっていない。


 ──1992年2月14日。大阪府中央区の公園のトイレで向井肇は何者かに絞殺された。犯人は見つかっていない。


 ──2007年2月14日。名古屋市中区のラブホテルの一室で向井肇は何者かに銃殺された。犯人は見つかっていない。


 ──2022年2月14日。川崎市麻生区の民家で向井肇は何者かに毒殺された。犯人は見つかっていない。

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