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守護天使  作者: 千川
1/2

前編

 気がついたら、僕はポケットから鍵を取り出していた。


 目の前には扉があって、それはおそらく、いや表札を確認したところ完全に僕の家の玄関ドアで、鍵を出したということは施錠するか解錠するかのどちらかなのだが、ほんの少しの間逡巡した後、僕はドアに鍵をかけた。


 鍵をポケットにしまい直して、アパートの薄汚れた外廊下を通り、階段を降りる。


 昨夜の雨がまだ残っているようで、油断すると足を取られかねない。


 十二月の厳しい寒気が肌を刺す。


 寒がりな方ではないはずなのだけど、今の僕には冷たい北風がやたらと骨身にこたえる。


 吐く息は白く、未だはっきりとしない意識の中で、僕の足は近くの病院へ向かっていた。



 僕――自希流灰斗(じきるはいど)に異変が生じ始めたのは一ヶ月ほど前のことだった。


 常に意識がぼんやりとして何もやる気がしない。


 自分が今ここにいるという感覚が希薄で、まるで四六時中夢を見ているような状態に陥った。


 やがて僕は、外から自分を見ているもう一人の自分の存在を自覚した。


 彼は僕の頭上から僕を見下ろしている。


 その顔にはおそらく微笑が浮かんでいて、ときたまふふっという笑い声が漏れ聞こえた。


 はじめのうちは僕を憐れむような態度の彼に対して憤りを覚えていたけれど、次第にいちいち気にするのも面倒になった。


 気づいたときには、彼の意識は鮮明さを増していた。


 おそらく彼は正式に人格を獲得したのだろう。


 その証拠に最近の僕には部分的ではあるものの、記憶がすっぽり抜け落ちている箇所がある。


 いつの間にか大学で講義を受けていたり、いつの間にか家で寝転んでいたり、はたまたいつの間にか知らない駅で電車を待っていたりもした。


 昨夜の記憶も全くない。


 僕は基本的に酒を飲まないし、実際にビールやチューハイの缶が部屋に散乱していないことから泥酔して記憶を失くしたという線は考えられない。


 最近、新しく頭に傷や瘤をつくったこともない。


 となると、やはり精神的な問題なのだろう。


 これまで精神異常者のレッテルを貼られるのが嫌で医者に掛かるのは避けてきたけど、記憶の連続性を保持できないとなると、流石に実生活への影響は大きく、重い腰を上げざるを得なかった。


 先月、僕は恋人と別れた。


 正確には、一方的に関係を打ち切られた。


 この事実が現在、僕の身に起きている異変と符合し、その要因となっていることはもはや言うまでもないだろう。


 彼女――壇場琉花(だんばるか)は僕の隣で咲く一輪の花であると同時に僕の人生を良い方向へ導く天使のような存在でもあった。

 

 浪人生という名の一年間の無職期間を経て、偏差値は低いが知名度は高い某大学へ進学するため秋田から上京してきた僕に襲い掛かってきたのは、圧倒的な孤独だった。


 生来の人見知りという気質が災いし、大学生活のスタートで見事に躓いた僕は、その後も遅れを取り戻すことができず、為す術もなく孤独の波に飲まれ、溺れ、沈んだ。


 暗い孤独の底でうずくまっている僕をすくい上げてくれたのが琉花だった。


 琉花との出会いは二年生になってから選択したドイツ語コミュニケーションのクラスだった。


 初回の授業でたまたま席が隣同士になった僕らは「イッヒ、ビン~」などとたどたどしいドイツ語で自己紹介を交わした。


 その後、僕らが同じ秋田県出身であることがわかり――といっても彼女は秋田市内で僕は市外の田舎の出身だけど、お互いの距離は急速に縮まり、授業外や学校外でも会うようになり、トントン拍子で交際に発展した。


 琉花は、少しつり上がった目元とすらりとした長身のせいか近寄りがたい雰囲気をまとっているが、実際に接してみると、むしろ人当たりは良い方で、笑うと均整のとれた顔が紙をまるめたみたいにくしゃっとなるのが魅力的だった。


 僕は、彼女のその笑顔が見たくて慣れない道化を演じたものだった。


 僕は琉花と一緒にいるときは別の自分になれた。


 琉花との出会いが僕を変え、琉花との別れが僕を変えたのだ。


 別れは突然で、理不尽だった。

 

 琉花は具体的なことは何一つ言わなかった。


 たった一言「疲れたの」とだけ……。


 ともかく僕は幸福の絶頂から不幸のどん底に突き落とされたのである。





 自宅から一番近い総合病院へ無事にたどり着き、問診票を提出した段階で、僕は初歩的な見落としに気づいた。


 僕の症状は精神的あるいは神経的なものだと思うのだけど、精神科を受診するためには事前に予約が必要だったのだ。


 受付で相談してみると、何にせよ内科を受診して異常がないか検査してみてから症状に合った科で診るという流れになるそうだった。


 正直なところ、いきなり精神科で診てもらうというのも抵抗があったので、病院側が順路を示してくれるのはありがたかった。


 待合室の椅子に腰を下ろす。


 院内の重たい空気が沈んだ気持ちに追い打ちをかける。


 来院者のほとんどは老人で、中には家族らしき人に付き添われ、ほうほうの体でここまで来たような人もいる。


 僕もこれ以上症状が酷くなったら、誰かの介助が必要になるのだろうか?


 いかにも余所行きといった高い声で僕の名前が呼ばれる。


 看護師の案内で部屋に通されると、医者も待合室にいるのと変わらないくらいの老人だった。


 禿げ頭にうっすらと白い靄がかかっている。


 銀縁の眼鏡越しに僕の方をちらっと窺うように見たが、そのみすぼらしい瞳は僕を不安にさせただけだった。


 こんな老いぼれに一体何がわかるって言うんだ?


 「今日はどうしましたか?」


 「えー、あの、なんというか、このところやる気が起きなくて」


 「ふむ。学生さん?」


 「ええ、はい、そうです」


 「うーん、学生生活が上手く行ってないとかかな?」


 「いや、そういうわけじゃないんですけど」


 「ふむ。まあ、色々あるだろうけれど、考えすぎはいかんよ。


とりあえず気持ちが落ち着く薬出しときますから、これで良くならないようだったらまた来てください」


 と、老医者は早々に診察を終わらせようとし、パソコンに何やら打ち込み始めた。


 「あの」


 「ああ、一応、聴診器当てるか」


 「いや、あのー、時たま記憶が失くなったりするんですけど、これはどういうことなんでしょうか?」


 「記憶が失くなる? ふむ。どこかに頭をぶつけたりした?」


 「ぶつけてないです」


 「ふむ。念のためにCT撮っておくか」


 その後、儀礼的に胸や背中に聴診器を当てられ、老医者はまたパソコンに何やら打ち込みながら


 「CT撮って何も異常がなければ、やっぱり精神的な問題ってことになるのかなあ……。


 うん、まあ、安定剤出しときますから」


 「はあ」


 「ふむ。お大事に」


 「……はい。ありがとうございました」


 微笑を浮かべた看護師に見送られ、診察室を後にした。


 CTの結果、特に異常は認められず、受付で学生の身としては致命的な額の診療代を払い、近くの薬局で薬を処方してもらった。


 こうして手に入れた二週間分の安定剤とやらは、果たして財布の中から出て行った札の枚数と釣り合うのだろうか。


 薬局を出た頃には、陽がくっきりと顔を出していて、気温も上がっていた。


 結局、治療の方針どころか病名すら判然としなかったけれど、病院へ行って薬をもらってきたというだけでも一歩前進だと、そう思うことにした。


 自宅へ戻り、鍵を開ける。


 そこで僕は、かすかに違和感を覚えた。、他人の家の前に立っているかのような違和感。


 しかし、たしかに僕の手持ちの鍵で開けたのだから僕の部屋のはずだ。


 現に表札に部屋番号二○二とあるのだから疑いようもない。


 では、この違和感の正体は一体……。


 ドアノブを掴むと、違和感は嫌な予感に変わった。


 僕には、家を出る前の記憶がなかった。


 気づいたときには、玄関の外にいたのである。


 もしかしたら、その間に何かあったのかもしれない。


 といっても、滅多なことではないだろう。


 記憶が失くなるようになってから不便な思いは何度もしたけれど、今のところトラブルに巻き込まれたりはしていないのだから。


 気持ちを落ち着けようとするが、胸騒ぎは止まらない。


 ドアを開ける。生温かい空気が漏れ出る。


 短い廊下の先、ちょうど部屋の入口辺りに人がうつ伏せに倒れていた。


 長い髪やその体格からして、どうやら女性のようだ。


 はっと息を呑む。その後姿に見覚えがあったのだ。


 恐る恐る近づき、女性の頭を少しだけ持ち上げて顔を確認する。


 琉花だった。


 瞳孔は開き、顔色は不自然なくらい白く、何やらの痣のようなものが浮かんでいたが、それは紛れもなく琉花だった。


 どういうことだ?


 どうして琉花がここに? 


 死んでいる? 


 何で? 


 誰が殺した? 


 僕か? 


 僕が殺したのか?


 巨大な疑問符の波が打ち寄せ、僕の意識は遠のいていった。





 尾藤は、後頭部をがりがりと掻いた。


 白いフケがジャケットの襟に落ちる。


 「その第一発見者の学生が犯人でしょ。


 ねえ、尾藤さん。


 とっととしょっぴいて終わりにしましょうよ。


 寒いし」


 杉本が鼻をすする。


 コイツの刑事らしからぬ言動は今に始まったことではない。


 本人には治す気が毛頭ないというか自覚症状すらないようで、尾藤がいくら注意しても無駄だった。


「そんな単純な事件であればいいがな」


 杉本の手前、そうは言ったものの、尾藤も事件は十中八九解決したものだと思っていた。


 残るは面倒な事後処理のみだと。


 現場は、アタマコーポという珍妙な名前がつけられた二階建てアパートの一室だった。


 閑静な住宅街の隙間に押し込んだような何の変哲もない安アパートだが、付近に私立大学がある関係で学生からは人気の物件らしい。


 しかし、死体発見現場ということが知れ渡れば、その人気も地に落ちるだろう。


 今頃、アパートの大家は頭を悩ませているに違いない。


 二人が現場に着くと、待ち構えていた森田という所轄の刑事が挨拶もそこそこに詳細な捜査報告を始めた。


 被害者は、壇場琉花。


 二十歳、女性。


 私立朔屡(さくる)大学の二年生。


 S区内でひとり暮らし……。


 刑事の口から被害者の個人情報が淡々と並べられて行く。


 「死体の状態は?」


 「死体は発見された当時、全裸でうつ伏せの状態でした」


 「全裸ってことは強姦致死ッスか?」


 杉本が口を挟む。


 「いえ、それが鑑識の報告によりますと、被害者が性的暴行をされた痕跡はないとのことです」


 「じゃあ、未遂ってことッスか? 無理やり行為に及ぼうとして勢い余って殺っちまったってワケだ」


 「お前は少し黙ってろ。すまん、続けてくれ」


 「あ、はい。えー、死因は背後から首を絞められたことによる窒息死。


 首にネクタイのようなもので絞められた痕があります。


 その他の外傷としては、後頭部に鈍器のようなもので殴られた痕のみで、これによる出血はありません。


 抵抗の痕跡がないことから被害者は殴られた際に意識を失い、そのまま首を絞められ、殺害されたものと思われます。


 犯行に用いられた凶器についてですが、まだ見つかっておらず、現在捜索中です」


 「ありゃ、ってことは強姦の線は薄いッスか。


 となると、犯人はなぜ被害者の服を脱がせたのか……。


 ひょっとして犯人はトンでもない変態野郎なんじゃないッスか?」


 「死亡推定時刻は?」


 尾藤は、杉本を無視して所轄の刑事に続きを促した。


 「昨夜の二十二時から二十三時の間とのことです」


 すると、死体は半日程度放置されていたことになる。


 「死体の発見現場は、第一発見者の自宅だそうだな?」


 「はい。加えて昨夜の二十二時頃、被害者と思わしき女性がアパートの二階へ上がっていくところを一階の住人が目撃しています。


 更に第一発見者の学生は先月まで被害者と交際関係にあったようで……」


 「あー、こりゃもうチェックアウトッスね。動機も充分だ」


 それを言うならチェックメイトだ、とは誰もツッコまない。


 「その第一発見者は、犯行については?」


 「否認していますが、はっきりしない部分もありまして」


 「というと?」


 「昨夜のことや死体を発見した後についてのことは、よく覚えていないと話しています」


 「未だに自分のしでかしたことが信じられないんでしょ。


 衝動的に殺人を犯した犯人にはよくあることッスね。


 時間をかけて取り調べをすれば、罪を認めて自白しますよ、きっと」


 杉本の言うように第一発見者が殺人を犯したという事実を認めらない一種の錯乱状態であることは否定できない。


 それにしても犯行後半日経ってから警察に通報し尚且つ自首はしないという点には矛盾を感じるが、この不可解な行動も精神的動揺という解釈で片付けられなくもない。


 何にせよ、まだまだ情報が不足している。


 「とりあえずそれ以上のことは、本人から直接訊く。他に報告すべきことは何かないか?」


 「被害者の服についてですが、死体の付近に散らばっていました」


 「下着やバッグも一緒か?」


 「はい。内訳は、コート、セーター、ズボン、下着の上下に、バッグですね。


 被害者のもと思われるブーツは玄関の下駄箱の中、傘は傘立てにありました。


 バッグの中には財布や化粧品などの日用品、タバコとライター、そして鍵が入ってました。


 鍵はおそらく自宅のものと思われます。


 携帯電話はありましたが、ロックがかかっていて中のデータは確認できていません。


 あと服の状態なんですが、セーターとズボンについては所々に伸びや破れなどが見受けられ、かなり損傷してました」


 「汚れは?」


 「確認されているのは、ズボンと下着についた尿便だけですね」


 「服の色はどうッスか?」


 「コートが黒で、セーターは紺、ズボンが白、下着は上がピンクで下は水色でした。


 バッグとブーツは黒です」


 「おっと、下着が上下バラバラということはッスよ、その日は誰かに見せる予定はなかったということッスね!」


 「……えー、あともう一点。死体の腕や足などに死後硬直後に動かされた痕跡がありました」


 「動かされた痕跡ねえ……。単純に死体を移動させたのか、それとも……」


 杉本が顎の下に手を添えて考え込むポーズを取る。残念ながら全く様になっていない。


 「今のところ被害者について上がっている情報は以上となります。現場をご覧になりますか?」


 「ああ、案内を頼む」


 死体が発見されたのは、アパートの二○二号室。


 外階段を上った先の二番目の部屋である。


 アパートは一階と二階に四部屋ずつの計八部屋で、現在は満室状態。


 なお、一階の一○一号室にはこのアパートの大家が住んでいるという。


 昨夜の雨は乾き始めていたが、靴の裏についた土と混じり合ったせいかアパートの外階段と外廊下は汚れていた。


 捜査のために開けっ放しにしてあるドアから部屋の中へ入る。


 玄関から入ってすぐ右手にキッチン、左手にはユニットバス、廊下の先に一部屋という一般的なワンルームアパートの間取りだ。


 中の様子は、いかにも男子学生の部屋といった具合に散らかっている。


 死体は既に運び出されていたが、人型に囲われた白いテープがその代役を寡黙に務めていた。


 死体の周囲に散乱していた衣類も既に鑑識の手に渡っており、その他に散らばっているものと言えば、雑誌やビニール袋にペットボトルくらいで、事件の手がかりになりそうなものはない。


 押入れを開ける。中にはダンボールと人ひとり入れるくらいのやたらと大きなキャリーバッグ。


 引っ越しの際に使ったものだろうが、特に不審な点は見当たらない。


 「指紋や髪の毛は?」


 「まだ調査中ですが、指紋が拭き取られた形跡はないようです。髪の毛も一見して部屋の住人と被害者以外のものは見つかっていないとのことでした」


 その点は、犯人も抜かりないようだ。


 あるいは、そもそも形跡を消す必要などなかったのかもしれない。


 犯人がこの部屋の住人ならば。


 「よし、聴取に移ろう。まずは、その第一発見者の男子学生を呼び出してくれ」


 「はっ」





 現れた青年は、痩せぎすで、色白で、尾藤はどこか病的な印象を覚えた。


 「自希流、自希流灰斗です」


 「ほお、珍しいつーか変な名前ッスねえ。


 アレッスね、キラキラネーム。


 よくネタにされるッしょ? 

 

 いやー、かわいそう。」


 「あー、事件について、ちょっとお伺いしたいんだが、よろしいかね?」


 右手で杉本の頬を万力のように締め上げながら自希流に訊ねると、青年は力なく頷いた。


 「まず、昨夜の二十二時から二十三時の間は何をしていたか、覚えているかな?」


 「え、えーっと、その時間にはもう寝ていた、と思います」


 「では、今朝から死体を見つけるまで何をしていたのか順序立てて説明してくれるかな?」


 「……はい。えー、朝起きて、病院へ行きました」


 「それは何時頃?」


 「きゅう、九時です」


 所轄の刑事が言うように自希流の弁はどこか明瞭さを欠いていた。


 頭に元がつくとは言え、恋人が自分の部屋で死んでいたわけだから無理もないが、尾藤の刑事としての勘がそれだけではないと訴えていた。


 体調不良で近くの総合病院へ向かったのが九時頃、それから診察を終えて帰ってきたのが十一時頃。

 

 帰宅時に自希流は死体を発見したはずなのだが、警察に通報したのは十一時半頃。


 三十分の空白について尾藤が訊ねると、


 「すいません、ちょっと意識が朦朧としてしまいまして……」


 と、やはり要領を得ない。


 仕方なく別の質問へ移る。


 「家に帰ってきたときドアに鍵はかかっていた?」


 「あっ、はい。かかってました」


 「んぱあっ! それはつまり密室ってことッスか? イテテッ!」


 部屋の鍵について違法に開錠された形跡は報告されていない。つまりは……


 「自希流さん、合鍵はお持ちかな?」


 「……あ、いや、今は持ってません」


 「それは被害者の壇場さんに渡したから?」


 「…………はい」


 自希流の目の色が変わり、警戒心を強くしたのが明らかにわかった。


 「あなたと壇場さんはつい最近まで交際していたようだね?」


 はい、と自希流の口は動いていたが、声にはなっていなかった。


 「昨夜の二十二時、壇場さんがアパートの階段を上っていくところを目撃した人がいるんですよ。


 彼女はあなたの部屋へ行ったんじゃないのかな?」


 「そんな記憶はありません!」


 突然、自希流の身体がぶるぶると震え出した。


 目は限界まで見開かれ、顔色は今まで以上に蒼白になり、うっすらと汗が滲んでいる。


 その表情は、憤っているようでもあり、何かに怯えているようでもある。


 「正直に言って、未練はあります。


 いえ、未練しかありません。


 でも、それでも、僕が琉花を殺すなんて、そんなことあり得ない! 


 あるはずがない! 


 あるはずがないんですよ!」


 「落ち着いて、落ち着いてください」


 尾藤が厳として告げると、自希流の呼吸は次第に安定していった。


 尾藤はやれやれと首を振ってから


 「わかりました。もう結構です」


 自希流がその場を去ると、


 「アレに吐かせるのは相当手間がかかりそうッスね」


 杉本がそうつぶやいた。




 

 ちょうど自希流への聴取を終えた頃、アパートの大家が帰ってきた。


 どうやら今日は、朝から出かけていたようで、事件の一報が届いて大急ぎで戻ってきたということらしい。


 大家は、頭良子(あたまりょうこ)という赤いフレームの眼鏡をかけた六十がらみの女性だった。


 眼鏡の奥の瞳があからさまに動揺を示していた。


 尾藤は噛んで含めるように状況を説明した後、質問へ移った。


 「これは形式的な質問だと前置きしておきますが、昨夜の二十二時から二十三時の間は何をしていましたか?」


 「まさかわたしを疑っているんですか?」


 「ですから、あくまで形式的な質問です」


 「……すいません。気が動転していまして」


 「心中お察しします。ですが、今は事件の早期解決のためにご協力ください」


 「……はい、わかりました」


 大家も二十二時から二十三時の間は既に寝ていたということでアリバイはなし。


 今朝は、七時頃には家を出たという。


 「主人の墓参です。


 ちょうど三年前に亡くなりまして。それで朝から車で夫の地元のY県まで行っていました。


 ここからだと片道二時間程度かかるところです」


 しかし、それを証言できる人物はいないということだった。


 今後、墓地の付近で大家を目撃したという証言が出て来る可能性もなくはないが、とりあえず今の段階ではアリバイはなしということになる。


 「アパートのマスターキーは、大家さんがお持ちですか?」


 「ええ、わたしの部屋の金庫の中に入れてあります。


 うちは管理会社を入れてませんし、入居者が鍵を失くしてしまうこともありますので、どうしても手元に置いておく必要がありまして」


 「今、金庫を開けて鍵があるか確認できますか?」


 「はい、どうぞ」


 一○一号室の押入れの中に仕舞われた金庫はよく見るダイヤル式のもので、うっすらと全体にホコリがついている。


 大家がゆっくりとダイヤルを回していくと、カチッと音がして金庫が開く。


 中には書類の束と革のキーケースが入っていた。


 「これです」


 「金庫の番号は大家さん以外は?」


 「誰も知りません」


 つまり大家以外がここから鍵を取り出して二○二号室の自希流の部屋を開けたというのはまずあり得ないということになる。


 「最後に一点だけ。被害者の女性と面識はありますか?」


 「ありません」


 大家は即答した。


 「では、自希流さんとの関係も?」


 「どういうことですか?」


 「被害者の女性は自希流さんの元交際相手なんです」


 「知りませんでした……」


 しばらくの間、大家は押し黙っていたが、不意にポツリと口を開いた。


 「主人が亡くなってから年金とこのアパートの家賃収入で暮らしてきました。


 幸い大学の近くという立地のおかげで経営は上手くいっていましたが、入居者はほとんどが学生の方ですから何かトラブルがあってはいけないと日頃からご家族の方々に代わって注意してきたつもりです。


 特に友人関係と異性関係には目を光らせていたのですが……」


 そして、大きく深い溜息をついた。

 




 聴取は続く。


 次は、その他のアパートの住人の部屋へ向かい、順番に話を訊くことにする。


 二○一号室、外階段を上ってすぐの部屋。


 住人は、二等金達央(にとうきんたつお)


 私立朔屡大学の三年生。筋


 肉質で大柄な体型、浅黒い肌、サイドを刈り込んだ短髪といかにもな体育会系で、訊けば大学のバーベルクラブに所属しているという。


 「少し部屋を改めさせてもらってもいいかね?」


 「ええ、構いませんよ」


 こちらの部屋もいかにも男の部屋と行った感じで、机、テレビ、万年床の三つで構成されていた。


 ただ、気になるものが一点。部屋の隅に大きめの布がかけられているものが目についた。


 「これは……」


 「あ、文鳥飼ってるんです、俺」


 布を持ち上げると、確かにそこには銀色のケージがあり、中で小さな白文鳥が首を傾げていた。


 「あの、一応小鳥は飼っても大丈夫みたいなんですけど、大家さんには話してないんで、内緒にしておいてもらえますか?」


 「わざわざ話す気は毛頭ないよ」


 「ありがとうございます」


 ケージの中の文鳥もほっとしたのか、ぷりっと糞をした。


 「早速質問に入らさせてもらうが、昨夜の二十二時から二十三時の間は何をしていたのかな?」


 「その時間は、部屋で音楽を聴いたり、スマホをいじったりしてゆっくりしてました」


 と、やたらとハキハキした声で言う。


 「何か物音を聞いたりしてないかね?」


 「物音ですか。


 すいません、特には覚えがないですね。


 ここは壁が薄くて、物音が聞こえるなんてしょっちゅうですから、いちいち気にしていたら生活できません」


 「では、今朝の九時から十一時の間は何を?」


 「講義は入ってなかったので、大学のトレーニングルームにいました」


 「それは一人で?」


 「トレーニング自体は一人でやっていましたけど、部屋には何人かいましたよ」


 となれば、何らかの目撃証言はあるだろう。


 しかし、大学からアパートまではおそらく十分もあれば往復できる。


 仮に二○一号室から二○二号室へ死体を移動させたとして、その手間を加味しても二十分から二十五分あれば充分だろう。


 つまりアリバイを立証するにはほとんど常に行動を共に、あるいは監視していた人物の証言が必要になり、単なる大学構内での目撃証言では不十分ということになる。


 「被害者の壇場琉花さんのことはご存知かな?」


 「知ってますよ。


 隣の自希流くんの彼女ってことも。


 ここにちょくちょく来てたのを見かけていたので。


 本当はアパートに友人や彼女を連れ込んじゃいけないんですよ。


 大家さんがその辺はうるさくて。二年前にはそれで追い出された人もいるくらいなんです」


 と白い歯をのぞかせた。


 壇場琉花が日常的にアパートへ足を運んでいたということは、それがきっかけでここの住人と何らかの繋がりができてもおかしくはない。


 もしかしたら、それが原因で自希流と壇場の関係に亀裂が生じたのかもしれない。


 そう考えるのは早計だろうか?


「わかりました。もう結構です。ご協力ありがとうございました」





 続いては二○三号室。


 二○二号室とは間取りが対称になっていて、玄関のドアがほとんど間隔を置かずに二つ並んでいる。


 住人は皮賀芳雄(ひがよしお)


 同大学の四年生。


 自希流以上に青白い顔をしており、ひょろりとした長身も相まって地縛霊のような佇まいだ。


 真ん中で分けている髪、黒縁の眼鏡、チェックのシャツ。ビジュアルは二頭金と対局に位置している。


 断って部屋に上げてもらうと、来客用のスリッパが出された。


 フローリングはワックスをかけたようにつやつやとした光沢があった。


 掃除好きなのだろうか。


 部屋の中も片付いていて、目立つものと言えば、デスクトップのパソコンくらいだった。


 しかし、その顔つきから几帳面というよりは神経質といった風に見える。


 「その時間は……パソコンで作業をしていました。どこかに履歴が残っていると思いますが」


 当然、その程度でアリバイが成立するわけがない。


 「朝から昼にかけては、大学の研究室に篭っていました。卒論の期限が近いので……」


 眼鏡の山を中指で押し上げる。


 しかし、研究室には皮賀ひとりしかいなかったということで、結局アリバイはなし。


 「被害者の女性と面識は?」


 「顔は何度か見たことはありますが、よく知りません。学年もゼミも違いますし……」


 そう答えた後、おもむろに眼鏡を外してレンズを拭き始める。存外大きな瞳をしている。


 「昨夜、何か変わったことはあったかね?


 大きな物音がしたとか」


 「はあ、特には。


 家にいるときは大体耳栓かイヤホンをしているので多少の物音くらいは気にもなりませんが、問題は隣の部屋から聞こえてくる音楽なんですよ」


 そこで初めて皮賀は感情らしきものを露わにした。


 よほど隣人の音楽が気に障るのだろう。


 「隣の部屋というのはどっちかな?」


 「二○四の方です。本当に困ってるんですよ。


 大家さんに言っても改善されなくて。


 警察の方からも一言言ってくれませんか?」


 そこから更に二、三質問を重ねたが、目新しい情報は引き出せなかった。

 



 二○四号室、アパートの二階部分の一番奥の部屋の住人は、銀来里衣菜(ぎんらいりいな)という女性。


 同大学の二年生である。


 背が小さく細身だが、その容姿は中性的で、まるで少年のように見える。


 このルックスならば、凶器と考えられているネクタイを所持しているとしても不思議ではない。


 部屋を見せてもらえないかと頼むと、露骨に嫌そうな顔をし、渋々といった様子で応じた。


 部屋も女性的というより個性的だった。


 音楽に興味があるらしく、壁一面にメタル系のバンドのポスターが貼ってあったり、青色のエレキギターが立てかけられていた。


 皮賀を悩ませているスピーカーは、棚の上に鎮座している。


 「その時間は部屋にいたけど?」


 ピンクのメッシュの髪を弄びながら言う。それが何か問題でも? とでも言いたげな不遜な態度である。


 「今日の朝は、普通に大学へ行った」


 「それを証明できる人間は?」


 「さあ? いないんじゃない?」


 パーカーのポケットに突っ込まれていた細い腕からタバコとライターを取り出し、尾藤の方を窺うように見る。


 短く首を縦に振ると、慣れた手つきで火をつけた。


 「壇場琉花ね。


 たまに喫煙所で一緒になったよ。


 吸ってる銘柄は一緒だったけど、気は合わなかったな。


 ただ、ちょうど切らしてるときに一本恵んでもらったことがあったっけ。


 あのときは助かった」


 「自希流さんと壇場さんの関係については知っていたのか?」


 「そんなことここの住人ならみんな知ってたんじゃないかな。


 知らなかったのは多分大家だけ。


 まあ、あたしらも告げ口なんて野暮な真似はしないってことだよ」


 と得意満面。


 どうやら権力に楯突いたり、規則を犯すことに悦びを覚えるタイプらしい。


 「もういいかな? 他に話すこともないし」


 「最後に一つ。ネクタイは持っているかな?」


 「ああ、あるよ。バンドの衣装で使ったやつが何本か。それが?」


 「いや、もう結構」


 銀来は、何やら不満そうな顔になってタバコを灰皿にぎゅっと押しつけた。

 

 



 二階の住人については誰もアリバイがなかったが、幸いなことに一階の住人――残りの三人については昨日の夜か今日の朝から昼時までのどちらかにアリバイがあった。


 また、被害者の目撃証言を再度確認したところ、服装や髪型が一致したため、ほぼ壇場琉花で間違いないと断定された。


 目撃者は、このアパートに住む唯一の社会人で、今朝の九時には既にアパートから片道一時間かかる職場で仕事をしており、アリバイは充分であるため、証言の信頼性は高い。


 現場周辺で聞き込みを行っていた刑事たちからの報告によると、事件当日における不審な人物や車両の情報はなく、これで容疑者はアパートの二階の住人と大家に絞られた形となった。


 「杉本、お前どう思う?」


 「えっ、もうしゃべっていいんスか?」


 「早く答えろ」


 「いやあ、やっぱりあのキラキラネーム――ジキルでしたっけ? が犯人で決まりじゃないスかね。

 アイツがやったとすれば全部辻褄が合うじゃないスか」


 「被害者が全裸の理由は?」


 「だから、野郎は変態なんスよ。殺した後に女の裸が見たくなって脱がしたんス、そうに違いない」


 そこまで自信満々に言われると、その可能性もはっきりと否定できないような気もしてくる。


 「深い理由はないということか?」


 「そうッス。尾藤さんは考え過ぎッス」


 「それにしたってあの現場は恣意的すぎやしなかったか?」


 「犯人がジキルに罪を着せるために偽装したってことッスか?」


 「その可能性も考えられるだろう」


 「じゃあ、偽装は失敗ッスね。あっさりとわかる偽装なら偽装の意味がないじゃないッスか」


 杉本にしてはもっともな意見だが、


 「偽装だとわかったとしても、それがどう犯人に繋がるのか今の段階ではわからんな」


 「じゃあ、ハナから偽装の件は考えなければいいんスよ。すなわち犯人はジキルで決まりッス!」


 「お前は、ミステリ作家にはなれんな」


 「いいッスよ。自分は刑事ッスから」


 「刑事も向いてないと思うが」


 「ひどっ!」


 二人が初動捜査を終えて引き上げようとしたとき、通りの向こうからカッカッカッと地面を叩く音が聞こえてきた。


 音の主は、黒のシルクハットに黒のロングコートを着込んだ痩せぎすの男だった。


 男は、白い顔に張り付いたような微笑を浮かべ、白杖をつきながら、こちらへやってくる。


 あの男は……。


 尾藤の顔つきが険しくなった。


 「一体何の用だ?」


 「オヤ? その声は、たしか尾藤警部補でしたかな? 


 ご無沙汰しております」


 男は、恭しく帽子を取って一礼した。


 間近で見ると、男は女のように白い肌をしていたが、臙脂色のマフラーからのぞく首の皺と帽子から現れた白い髪が老齢に達していることを示していた。


 男の名は、尾戸浦伝句(おどうらでく)


 神出鬼没の探偵として知られている人物である。


 「たしか、これでお会いするのは二度目ですね。この辺りで事件でもあったのですか?」


 「誰の依頼でここまで来た?」


  尾藤が掴みかからんばかりの勢いで訊ねる。


 「イエイエ、今日は、散歩をしていただけですよ。


 しかし、こうして外をうろついてるだけで事件にぶち当たってしまうのですから、私の探偵体質も困り者ですなァ、ハハハ」


 白々しい。


 大方、大家にでも依頼されたのだろうが、小一時間問い詰めたところで守秘義務だ何だと言ってこの男は絶対に口を割らないに決まっている。


 「警察として、お前に話すことはない」


 尾藤が一方的に話を切り上げ、立ち去ろうとすると、


 「ああ、お待ち下さい。先日の件でまだご立腹のようでしたら、謝罪します。


 申し訳ございませんでした。

 

 警察の方の事情にまで気が回りませんで、反省しております」


 先日の件というのは、三ヶ月ほど前に起きた殺人事件のことで、尾藤ら警察が手をこまねている最中に、尾戸浦が乱入し、あっという間に当事者たちの前で事件を解決してしまった一件のことである。


 これによって図ってか図らずか警察のメンツは大きく潰されたかたちとなり、尾藤は部長から直々に叱責を受けた。


 その後も尾戸浦の活躍は、何度か耳にした。


 犯人逮捕に協力してくれたのは確かだが、尾藤のときと同様に警察の顔に泥を塗るような手口を取っているようで、捜査関係者からの評判は良くない。


 「そうだ。お詫びのしるしといってはなんですが、今回の事件の解決に協力させていただくというのはいかがでしょう?」


 「結構だ。警察はあんたの力を必要としていない」


 「では、既に犯人の目星はついているのですね?」


 「お前には関係のないことだ」 


 尾藤が断固とした口調で告げる。


 「私の推理を聞いていただくだけで構わないのです。


 それを参考にするもしないもあなたの自由。


 勿論、私が警察に協力したことは公にしません。


 いかがでしょうか?」


 尾戸浦の顔には依然として微笑が張り付いたままである。


 まるでそれ以外の表情が喪失しているかのように。


 「ウチが握っている情報を寄越せと?」


 「ハハハ、流石刑事サン。


 人を疑うのが染み付いているようですなァ。


 エエ、エエ。


 私のことは信用していただかなくても結構です。


 ですが、これはあなたにとって千載一遇の好機ではありませんか?


 事件を早期に解決すれば、手柄はあなたが独り占め。


 先日の件を補って余りある成果でしょう? 


 私としても警察の方々とは良好な関係を築いていきたいですし、お互いにとって悪い話ではないと思うのですが…」 


 優しく諭すような声音。


 だが、尾藤の耳には悪魔の囁きのように聞こえた。


「それは本当に事件を解決できたらの話だろう」


「できますとも、この目の代わりをしていただけるなら」


 尾戸浦は薄く目を開き、濁った瞳を向けてみせた。


 盲目の探偵。


 観察眼がモノを言う探偵にとって視力の喪失は大きすぎるハンデであるが、尾戸浦は類稀なる推理力を持ってそのハンデを難なく克服している。


 尾藤は、一度その手際を目の当たりにしたことがある。


 たしかにそれは非凡な能力だった。


 しかし、それにしてもこの驕りと言って差し支えないほどの自信は一体どこから来るのだろうか。


 まだ事件の概要すら把握していないはずなのに、この傲然とした佇まいは一体どういうことなのだろうか。


 「なぜそう言い切れる?」


 尾藤は思わずそう訊ねていた。


 「それは私が探偵だからです。どんな珍妙怪奇な謎も探偵の前では、その真実を白日の下に晒す運命にあるのです」


 馬鹿らしい。


 全く論理的ではない。


 そう一笑に付したいところだったが、尾戸浦の確信に満ちた笑みに、揺るぎない語り口に、尾藤は思わず圧倒されてしまったのである。


 「……杉本」


 「なんスか?」


 「お前、一人で戻ってろ」


 「はい?」


 「俺は用事ができた」





 尾藤は、覆面パトカーを人気の少ない通りの路肩へ停めた。


 「せっかくの機会ですから喫茶店に入って美味しいコーヒーでも飲みながら、ゆっくりお話したかったんですけどねエ」


 「お望みならそこの自販機で買ってきてやる」


 「イエ、結構です。缶コーヒーは口に合いませんので」


  尾戸浦が、ごほんと咳払いをひとつ。


 「サテ、早速ですが、事件についてお聞かせ願いますかな」


 尾藤は、手帳を取り出し、これまでの捜査状況を細大漏らさず伝えた。


 尾戸浦は質問どころか相槌すら打たず、ただ終始ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


 尾藤が語り終えると、尾戸浦は今まで堪えていたかのように吹き出した。


 「なにがおかしい?」


 「いやア、実にありがちな三文事件だと思いましてね。


 真相を口にするのも恥ずかしいくらいだ」


それは尾藤に対する遠回しな侮辱だったが、尾戸浦の口から発せられた真相という言葉の衝撃が全てをかき消した。


 「もう犯人がわかったのか?」


 「エエ」


 「誰なんだ?」


 「それはこれから順を追ってお話致します」


 尾戸浦は満面の笑みを浮かべた。


 口角を限界まで上げ、目尻を限界まで下げたその表情は不気味としか言いようがなく、尾藤は背筋が粟立つのを感じた

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