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国譲りの顛末  作者:
番外編
6/10

花盗人・1

本編から二年後の、右大臣家嫡男・藤中納言(三位中将から出世)のスピンオフ。

平安もののシンデレラストーリーが書きたくなり、ちょうどいいので本編では結婚相手を作れなかった彼にヒーローになってもらうことにしました。

例によって、ゲームの設定とはキャラが変わってます。

 今は昔、右大臣家に、(みやこ)でも指折りの美男と名高い若き嫡男がいた。

 二十一歳になった彼は藤中納言(とうのちゅうなごん)と呼ばれており、容姿のみならず武勇の腕や(がく)の才、とりわけその美声による歌の見事さは、後にも先にも敵う者なしというほどのものである。

 殊に、一つ年下の従弟である帝の笛に合わせて奏でられる歌声は、天人さえも涙を流すに違いないと専らの評判であった。


 さて、その中納言は現在、貴族の間では京一の婿がね(候補)と見なされている。

 もっとも当人にしてみれば(ひとえ)に、唯一の妃である中宮を脇目も振らずに寵愛している帝と、左大臣家の嫡男というほぼ同じ立場にありながら、降嫁してきた前斎宮(さきのさいぐう)以外は一切眼中にない右大将、加えて色好みの代名詞だった中務の宮も結婚してすっかり落ち着いてしまったために、残った独身の中納言に皺寄せが来ているだけのことであり、それは概ね間違ってはいない見方だった。

 だがそんなことを指摘したところで、無駄に舞い込んでくる縁談の数々が減ってくれるはずもなく、正直なところ「縁談」という単語そのものが食傷気味になってしまっている中納言である。

 別に結婚する気がないわけではなく、女性に興味がないわけでも勿論ないが、なまじ従弟や年上の友人たちが、ただ一人の妻と愛し愛される幸せな様子を目の当たりにしているだけに、自分もそんな女性を見つけ出したいと思ってしまうのは無理もないことだと思う。それはあくまでも理想論で、現実には高位の貴族の家に生まれ、父と正妻である母は仲が良い方だとは言え、それなりの数の異母兄弟がいるのだから、ただの夢見がちな考えに過ぎないと見る自分も確かにいるのだが。


 そんな風に考えながらも、現実にはそう簡単に自由な振る舞いができない身分と立場に辟易していたところに、業を煮やした父親から、ごり押し気味に一つの縁談が持ち込まれた。


「……はあ。源大納言(げんのだいなごん)大姫(おおひめ)(長女)に通え、ですか」

「何だ、そのあからさまに乗り気でない物言いは」

「あからさまに乗り気でないのだから当然です。何故よりにもよって、あの気が強いばかりか乱暴で口の悪すぎる従妹の婿になどならなければいけないのですか」

「お前がいつまでも身を固めないからだろう。二十一にもなったというのに情けない」

「そう言われましても。同じ嫡男の右大将も、正式に身を固めたのは昨年、二十四歳の秋でしたが?」


 母親同士が姉妹ではあるものの、大姫の母親はとうの昔に亡くなっており、今ではほぼ没交渉の従妹との縁談などを提示された腹いせに、政敵である左大臣家の話題を持ち出せば、狙い通りに父親の不機嫌は最高潮を極めた。


「あちらは内親王の降嫁という、最高の栄誉を待ち受けていたのだろうが! 左大臣め……帝ばかりか、斎宮の同母兄である中務の宮も抱き込みおって、卑怯な……!」

「あー、正確には右大将が斎宮に想いを寄せていたのが先であって、左大臣様の思惑はあまり介在はしていないかと」

「やかましい! 結果としては一緒だ! 前斎宮の嫡男への降嫁は、私も帝に働きかけていたというのに……!」

「私としては、帝や中務の宮が当人たちの意思を無視せずにいてくださって幸いでしたね。もしも万が一、前斎宮が私に降嫁していたなら、私は右大将から一生ものの恨みを買っていましたよ」

「お前の意思に任せていたら、いつまでも孫の顔を見られない事態になるだろう! それを悪いと思うのなら、素直に大姫のもとに通え!」


 結局そこに話を戻してきた右大臣だが、中納言にも言い分はある。


「嫌です。大体、大姫は()()朱雀院にも入内(じゅだい)を望まれなかった女性ですよ? いくら顔かたちが美しいとは言え、美女に目がなかった御方にさえ相手にされないとは、宮中での顔合わせでどんなことをやらかしたのやら」

「ああ、それは話が違う。院に望まれなかったのではなく、大姫本人が入内を拒んだだけだ。(うえ)(正妻を指す呼称。ここでは中納言の母)の話によれば、彼女は昔からお前のことだけを好いているということだからな」

「……申し訳ありませんが、そんな話を聞いたところで全く何にも嬉しくありません。姫君というものは普通、好いた男性を理由もなく突き飛ばして池に落としたり、扇でさんざんに殴ったりはしないはずですよね?」

「…………そんなことがあったのか?」

「ええ。仮に若気の至りだったとしても、忘れようにも忘れられない出来事なので、このお話は是非ともなかったことに」


 深々と頭を下げれば、流石の右大臣も無視はできないようだった。


「ふむ……しかし本当に、突き飛ばされたりした時には何もしていなかったのか? お前のことだから、余分な一言を口にして機嫌を損ねたとか」

「失礼な。いくら私でも、余分なことを言う相手は選んでいますよ。父上に対しての物言いは、ある種の甘えと思ってくださればよろしいかと」

「……ならばもう少し、可愛げのある振る舞いをしてほしいものだな」

「二十歳を越えたいい大人の男に可愛げなどがあっても、気味が悪いだけでしょう。……とは言え、よく思い出せば確かに、機嫌を損ねたことはあったかもしれません」


 記憶をたどれば、物陰からおずおずと顔を出してこちらを見ている、小さな愛らしい女の子の姿が浮かんだ。

 大姫とは似通った顔立ちながらも、全くの別人であるその少女は、大納言が北の(かた)(正妻)付きの女房(侍女)に手をつけて産ませた、三歳違いの妹姫だった。

 その女房は娘を産んで間もなく世を去ったため、妹姫は北の方が養女として引き取り、大姫と同じように育てていたが、五年ほどの後に流行り病で北の方が亡くなってからは、気が強く気位の高い大姫の意向が最優先されるようになり、自然と妹姫は蔑ろにされてしまっていた。

 仕事ではそれなり以上に有能な大納言も、家庭内のことは事なかれ主義だったようで、大姫を止める者はおらず、僅か九歳にして大姫は、大納言家の小さな暴君と化していたように思う。……だからこそよりにもよって、従兄とは言え右大臣家の嫡男に暴行を加えるなどという真似ができたわけだが。

 そのことがあったのは確か十年前、中納言が大姫の横暴さに辟易して、時々姿を見かけていた妹姫の方を構って可愛がるようになってからで、それが大姫の逆鱗に触れたのだろう。


 二歳年下の従妹に殴られて傷を負ったなどとは格好が悪くて口に出せず、右大臣家の者には適当な言い訳をして取り繕ったが、今思えば、素直に両親のどちらかにでも打ち明けておくべきだったかもしれない。

 ……妹姫は、今年で十六歳になったはずだ。頼りにできない父親の屋敷であの暴君と暮らすなど、大変の一言では片付けられない日々だろう。それに、大納言家の姫ならば、年頃になれば多かれ少なかれ噂になるのが当然なのに、源大納言家の姫君として人々の話題に上っているのは大姫だけだ。彼女に関する噂は、美人で歌や琴の才も高く、何よりも手蹟()(筆跡)が飛び抜けて素晴らしいと大絶賛の嵐だが、一方の妹姫には容姿程度の情報さえなく、まるで存在そのものを消されたかのような有り様なのが、中納言は心配で仕方なくなってきた。

 妹姫としては、十年も放っておいて何を今更と思うだろうし、そう言われても何も言い返せないが、せめて彼女の現在の暮らしぶりだけは確認しておきたい。予想に反して平和で幸せに暮らせているのなら、外野があえて口を出すことではないが、そうでなければ──


「……父上。少し確かめたいことがあるので、縁談については表向きは保留にしておいていただけますか? 近いうちに親戚として源大納言邸へ伺い、様子を見てきます」

「構わんが、一人で行くつもりか?」

「いいえ。勘違いをされても困るので、可能ならば協力者についてきていただこうかと」




「……なるほど。それで私に源大納言邸へ同行してほしいと。確かに源大納言は、やや不本意ながら亡き母の異母弟でもあるからね。もっとも生まれてこの方、親戚らしい交流は皆無に等しいのだが。とうの昔に退位した帝の、帝位など到底望めない末皇子と皇女ともなれば、自然とそのような距離にもなるものなのだろうな」

「まあ、あくまでもご迷惑でなければ、程度のお願いですので、お断りいただいても構いません。どちらかと言うと、もし大納言家内部のことで情報をお持ちであれば、是非ともお聞かせ願いたいというのが訪問の主旨ですから」


 翌日、午前で宮中での仕事を終えてから、中納言は帰宅途中の中務の宮に声をかけ、話を聞いてもらうためにそのまま宮の屋敷へ同行させてもらった。

 かの宮の妻は、朱雀院の在位中の女御(にょうご)であり、彼の退位後は実家に下がった左大臣の大姫である。中務の宮は、結婚後の数ヶ月ほどは左大臣邸に婿として通っていたが、今年に入ってから自らの屋敷へ妻を迎え、夫婦水入らずの毎日を過ごしている。

 その水入らずの邪魔をするのは、頼み事をする立場としてはいただけないものの、込み入った話と察した宮の方から誘ってくれたので無下に断ることもできなかった。


 結婚後も変わらず宮中屈指の女房人気を誇る中務の宮は、主にその人気を利用した広大かつ詳細な情報網を誇っている。

 しばし考え込むようにして頭の中の情報を探り終え、年下の友人に求められた内容について披露することにした。


「源大納言家には、確かに二人の姫君がいるという話ではある。だが表向きは、血筋の劣る妹姫は病弱でもあるとかで、屋敷の奥に引きこもって、父親や姉と話をすることも稀らしいな。そんな様子だから、いくら身分の高い姫君でも結婚相手としては対象外で、噂にもならないのは仕方がないことだと思うよ」

「なるほど。それで、裏向きの事情はどのような?」

「例えるならば『落窪物語』に近いかな。物語ほどには酷くはないにせよ、姉姫の女房としてあれこれとこき使われているようだ。病弱という噂は、『本当の母親である女房と同じように働きたいと、妹が言っているから』という姉姫の言葉を信じた大納言が、家の格を損ねないように適当に作り上げた嘘なのだろうと、女房たちの間では推測されているね」

「……そう、ですか。つまりは大納言は、妹姫に婿を探すつもりは全くなく、このままずっと姉姫の女房のままにしておく気であると……」


 半ばつぶやくような中納言の言葉には、酷く苦々しげな感情がこめられている。

 基本的に負の感情は表に出さない右大臣家嫡男の、らしくない反応に軽く目を見開いた中務の宮は、しかし変わらず冷静な口調で話を続けた。


「話の限りでは、そう判断するしかないな。もっとも、私も実際に働いているところを見たわけではないから、妹姫の方は案外、女房としての生活を苦にしていないかもしれないよ?」

「それならそれで、この目で確かめてみるだけです」

「もっともだね。では、いつ大納言邸へ?」

「可能な限り早く。母上からは、大姫への文遣いの役割を任されましたので」

「ふむ。──ちなみに今回の縁談は、右大臣の北の方が主導なのかな?」

「いいえ。実は母上にも、姪の性格や立ち居振舞いには思うところが多々あるようで。義弟の大納言のたっての頼みだからと、一応父上に話してみたところ、父上が思いの外に乗り気になってしまって困ったとのことでした」

「ならば多少の無理も可能ということかな。君のことだから、既にそれなりの環境は整えにかかっているのだろうね?」

「無論です。結果として十年間も放置していたことを思えば、今になってどれほど素早く行動しようとも遅すぎるくらいなのですから。用意したあれこれが無駄になってしまっても、それはそれで一面では望ましいことですし」

「ご両親に事情の説明をしているのなら、右大臣ご夫妻は無駄にならないことを祈っていそうだが、君本人としてはどうなんだい、藤中納言殿?」

「……どうなのでしょうね。ひとまず、妹姫の現状を見てから考えますよ」

「断言しないというのも意味深ではあるね。では君が心を固めるところを見るためにも、愛らしい下の従妹のためにも、お誘いに応じるとしようか」


 かくして、頼もしい協力者を得た中納言はその数日後、様々な方針と計画を胸に源大納言邸を訪れたのだった。





実は今回、一番書きやすかったのは右大臣だったり。造形としてはありがちなキャラなせいかしら。これでも一応、大臣としては有能な人です。ええ、左大臣がチートレベルで超絶有能なだけで←

真面目な話それくらいでないと、本編時点で帝と東宮の実の伯父である男を差し置いて、人臣の最上位にどっかり居座るなんてことはできないと思います。実際の出番は一切ないですけどね!絶対に描写しきれないから!←


そして今回、ちゃっかり出張る中務の宮。この人がまた恐ろしく使いやすい。左大臣家の婿ではありますけど政治的には中立の立場で、またそれが許されるくらいには立ち回りの上手い御方なので。だからこそ左右両大臣の嫡男の友人なんぞやってられるわけです。

まあ、その嫡男同士も仲良しですけどね。仕事では対立していても、プライベートでは割と気が合うらしいですよ(他人事)

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