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平凡騎士の英雄譚  作者: 狛月ともる
第一章 英雄譚の始まり
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第一章8  『時間稼ぎの死闘』

 


 巨大な穴の前まで戻ってきたラウルは、未だその場で暴れまわる火竜を見て安堵した。

 目を離した隙に居なくなっていたら、すぐに三人の後を追わなければならない所だった。

 この憤怒を撒き散らす様を見ていれば、ジークムントを逃すつもりは毛頭ないのが伺えたから。


 しかし、火竜を取り巻くあの黒い霧はなんなのだろうか。

 思えば、火竜の動きが変わったのもあの黒い霧が火竜を覆ってからだった。

 通常の状態であればジークムントが遅れをとる事もなかったはずだ。

 とはいえ、あれが何かについては皆目見当がつかないからそれを無駄に考えるのはやめる。

 今考えるのはどうしてそうなったではなく、結果どうなったかだ。


 ジークムントの身体が引き裂かれる直前、今までその鱗に傷を増やし続けていた聖剣が黒い霧の発生と共に弾かれたのをラウルは見ていた。

 何らかの力で火竜の鱗が聖剣でも断ち切れない強度になったのだろうと推察する。

 火竜の瞳が漆黒から燃え盛るような真紅へと変化したのもそれに起因していると見ていいだろう。


 火竜の巨躯はジークムントの斬撃の爪痕が残っており、決して少なくない血が流れ出している。

 暴れまわる事で更に傷口も開いているだろう。とはいえ、竜種の生命力からしてみれば微々たるものかもしれないが。


 まあいい。そうしてラウルを眼中に入れずにただそこで暴れまわるだけならば、手を出して藪蛇になる事もなく、ラウルもそっと離脱すればいい。

 戦わずに済むなら、それが一番いいのだ。


 そんなラウルの希望を打ち砕くかのように、火竜の動きがピタリと止まった。

 その燃え盛る真紅の眼が上下横へと忙しなく動き、ある一点――ラウルを視界に入れると、その動きも止まる。


「……ようやくお前の眼中に入ったか蜥蜴野郎。できれば無視してほしかったぜこんちくしょう!」


 ここにジークムントはいない。それはつまり、火竜に対して有効な攻撃手段をこちらは持っていないという事と同義である。

 ラウルの剣は先ほどの斬撃でボロボロ。叩きつけることはできるだろうが、ジークムントの剣技の

 乗った聖剣が弾かれているのを考えるとそれは少々楽観的が過ぎる。


 ラウルがそれ以外で出来る事は――。


「遠距離からちくちく嫌がらせしてやるからせいぜい苛立ちやがれ――グラス!」


 手を前にかざし、術式を展開。それを詠唱で発動する。

 氷柱が火竜の鼻面に当たり砕け散り、その破片が真紅の眼を掠める。


「――――――――ッッ!!!!」


 どんなに凶暴になろうとも、鱗で守られていない眼は痛いらしい。


「そうか、そこがお前の弱点か――グラス! グラス! グラス!」


 両手から魔力の術式を作り出し、初級魔術を連発する。

 無数に生み出された氷柱は狙い違わず火竜の顔面に直撃し、右目には一本の氷柱が突き刺さった。

 苦痛の絶叫を上げ、巨躯がのたうち回ると更に黒い霧が濃くなる。

 憤怒に顔を歪ませると、ラウルのいる方向へと顎を大きく開け先程の火球とは打って変わった炎の息を撒き散らした。


「次は広範囲かよ――テール! 次いでオールッ!」


 前面に地面を隆起させた即席の壁で迫りくる炎を受け止め、その端から漏れ出る炎に水弾を当てて進行を妨げる。

 連続で魔術を行使する為に体内魔力を吐き出し続けたラウルの息が上がる。


「まだだ。まだいける」


 魔術に関して取り柄は何かと問われたら、ラウルは迷わず魔力量、と答える。

 先天性なのか、研鑽を積み重ねた事によって後天的に増えたのか、いずれにしてもラウルの魔力量は使える魔術に比べて多かった。

 それだけはラウルが誇る事ができる自分の力であり、唯一自慢できる部分。

 魔術の威力が上がる訳ではないが、こうした持久戦においては自分の長所が活きる。


 思ったよりも上手く立ち回れている、と思った矢先、目の前の壁が粉々に崩れ落ち、火竜が突っ込んできた。


「うおおおおおおっ!!――エイクっ!!」


 火竜の顎がラウルを噛み千切ろうと大きく開き、目の前に迫る。

 咄嗟に地面に向けて術式を発動し、鋭く尖らせた形に隆起したものを火竜の顎下にぶつけて横に飛びずさった。

 そのまま焦土と化した地面を踏みしめながら火竜の居た方向へと走る。


「くっそ、でかい図体しておいてなんつう速さだ」


 後ろから火竜が追いかけて来るのを確認し、次はどうするか頭を必死に回転させる。

 元々の地力に差がある以上、今の状況を利用して対抗するしかない。

 どうする。何かないか。倒せなくていい。足止めできればそれでいい。

 ここで足止めしてからこの事を王都に知らせれば、王国騎士団が討伐隊を編成してくれるはずだ。


 走るラウルの目の前に広がる巨大な穴。

 火竜の棲み処だったのかは分からない。だが、火竜が中に入るには十分すぎるほどの大きな穴を見て、ラウルはハッとある考えが浮かぶ。


「これは……いけるか? いや、考えてる暇はないな――やるしかない」


 思いついた瞬間、ラウルの足は留まることなく『奈落の入り口』に向かって突き進む。

 後ろから追いすがる火竜の足を少しでも遅らせる為に、振り向かずに手を後ろ側にかざし、地属性の初級魔術で土壁を連続で生成しながら走る。走り続ける。

 背後に何かがぶつかり崩れ落ちる音が断続的に響き渡る中、遂にラウルの足が『奈落の入り口』に到達した。


「何も見えねえ……」


 入り口から少し進んだだけで、そこはもう何も映さない暗闇になった。

 後ろを振り返ると、火竜がこちらを警戒してるのか入ってこない。

 おそらく、火竜からはこちらが見えていない。

 何も視覚から情報がない暗闇に入るのを躊躇している、といった所だろうか。


 だが、それでは困るのだ。

 ラウルが思いついた考えを実行するには、火竜が自ら穴の中に入ってこなければ成立しない。



 だから――――。



「おいこら蜥蜴野郎! そんな所でビビってんのか! お前は鶏か? それなら鶏の鳴き声で鳴いて見せろよ! まさか怖気づいて入ってこれないのか? 暗い場所が苦手なんでちゅ、ママのおっぱいが恋しいでちゅってかあ? ははははっ!! 傑作だ――おら、早くかかってこいよ!!」


 思いつく限りの罵倒を火竜に浴びせる。

 人語を理解するのかどうかなど、今のラウルの頭にはなかった。

 誘き寄せるために、それだけを考え行動に移した結果が挑発するというものだったのだ。


 しかし、火竜はその言葉を理解したのか、あるいはその不愉快な笑い声に反応したのか。

 いずれにせよ、その顔が憤怒に染まり、濃密な黒い霧を周囲に振り撒いたのはラウルの思惑と一致した。


「――――――――ッッ!!!!」


 けたたましく鳴り響く咆哮を上げ、火竜が物凄い勢いでこちらに向かって――『奈落の入り口』に足を踏み入れた。


「『奈落の入り口』へようこそ、地獄へご案内してやるよ――ルミ・フールッッ!!」


 両手からそれぞれ術式を展開し、火竜が放ったものと遜色ない二つの火球を生み出した。

 ラウルのとっておきである術式同時展開。

 これをやると普段よりも練り上げる魔力効率が悪く、つまり燃費がすこぶる悪い。


 しかし、思惑を成功させる為には一つじゃ足りないと思ったから、これは保険だ。

 二つの火球を頭上に掲げ――打ち上げた。

 打ち上げられた火球が周囲を照らし――爆散した。


 ここまではラウルの咄嗟の思い付きとしては順調に進んでいたと言っていいだろう。

 誤算があるとすれば、火竜の速さ、瞬発力を見誤っていた事だ。


 火球が爆散すると同時に、ラウルもまた火竜の鋭い爪によって腹を裂かれ、奥へと吹き飛ばされていた。




 気が付くと、宙を舞っていた。

 遠くから凄まじい轟音が聞こえる。そして、空気を震わせるような絶叫に、地鳴り。

 そのいずれもラウルの興味を引くことはなかった。


 ――ああ、腹が熱い。痛い痛い痛い痛い痛い。


 何時間にも感じられた浮遊感は地面に接触して転がる事で終わりを告げる。


「――がはっ、はっ、はっ、ひゅぅ、ひゅぅ」


 腹部の焼けるような激痛と、呼吸のしづらさで、ラウルは初めて自分の状態を把握した。

 火竜の爪で引き裂かれた部分に手を当て、ぬちゃり、と温い液体の感触に顔を顰める。


「くそ……下手、こいた……」


 もう、どうにもならない。

 きっとさっきの轟音で入口は崩れ落ちただろう。

 動ける状態であれば脱出できなくはなかったが、このザマでは無理だ。


 どんどん流れ出していく血を見て、自分の命が失われていくのを感じる。

 ここで終わるのか。何者にもなれず、平凡なままで。

 そんな無念と共に、金髪の少女が脳裏に過ぎる。

 少女は、彼女は、あの子は――ユリアは無事だろうか。

 ユリアの事は守れたであろうか。

 傍に居たかった。もっと彼女の事が知りたかった。

 絶対に戻ると、約束したのだ。

 これからだったのだ。何も始まらないまま、終わってしまうのか。

 何もかも中途半端だ。

 こんなところで、終わりたくない。



 ――俺は、英雄になりたかったんだ。



『そう、それがあんたの望みってわけね』


 唐突に、脳内に声が響いた。

 それは高く、美しい声で――


『いいわ、気に入った。あんたを所有者に認めてあげる。――あたしを握りなさい』


 その声に導かれるように視線を動かすと、どこからか光が漏れ出したのかその周囲だけが陽の光を浴びていて、中心に突き刺さった剣が見えた。

 ラウルはその剣に魅入られたように、身体を引きずりながら進む。


 そして近くまで辿り着き、言われた通りに剣の柄を握った瞬間――力尽きるようにラウルの意識は途切れた。


お待たせしました。更新再開します。


詳しくは活動報告にて。

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