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平凡騎士の英雄譚  作者: 狛月ともる
第一章 英雄譚の始まり
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第一章7  『火竜襲来』

 


 竜種――生物の中で上位に君臨する捕食者。


 その強靭な鱗に覆われた巨体を支える翼は片翼が胴体と同じ大きさであり、それを広げることで圧倒的な威圧感を相手に与える。

 実在するかどうかも怪しまれていた存在を、子供の頃憧れていた自分が恨めしい。


 火竜のこちらを睨みつける仄暗く濁った眼は、明らかに敵意が剥き出しであることから逃げても追いかけてくる事が容易に想像できる。

 村や街、下手をすると王国全土を巻き込んでしまう愚挙は絶対にできない。

 いや、そもそも飛行能力を持った竜から、現状移動手段が自分の足しかないラウル達が逃げ切れると考える事自体が荒唐無稽である。


 となると、やる事は一つしかない。

 ラウルは騎士剣を鞘から抜いた。


「やるしかないな。倒す、とまではいかなくても追い返す方向で」


「あれを倒すという選択肢が頭に浮かぶとは、さすがはラウルだね」


「いや無理に決まってんだろ。俺じゃなくて、お前が倒せるんじゃないかって希望的観測の上での選択肢だ――いけるか?」


「……どうだろうか、僕も竜種と戦うのは初めてだからね。でも、全力は尽くすよ」


 ジークムントも聖剣を鞘から抜き放った。

 その刀身は光輝くように磨き込まれていて、象徴的にも実利的にも一種の神聖さが垣間見える。


「お前の口からその言葉が出るんなら上出来だ。できる限り援護する――フィーネさん! 巻き込まれないようにユリアさんと一緒に下がっていてくれ!」


 火竜から目を離さずに、後ろにいるフィーネにそう声をかける。

 声に反応したように後ろに遠ざかる気配を確認してから、ラウルは前に手をかざし術式を展開する。

 手のひらに魔力を集め、魔力が可視化された円形の術式。

 脳裏に思い描く現象を具現化させる為に、発動させる最後の詠唱を紡ぐ。


「――グラス」


 術式から生み出されるいくつもの氷柱が火竜に向かって放たれる。

 串刺しにしようと火竜に迫る氷柱は、しかしその硬い鱗の前に粉々に砕け散った。


「ちっ……やっぱ初級程度じゃダメか――うおっ!」


 氷柱を当てられ憤る火竜が咆哮を上げて顎を大きく開けたその奥から吐き出された火球を、横に転がるように飛びずさって避ける。

 火球はラウルが居た場所を焼き焦がし、地面に爆散するまでの直線状の全てを焼き尽くした。


「なんつー馬鹿げた痰吐き出してくれてんだよ……直撃したら消し炭だな、冗談じゃなく」


 戦々恐々としながらも態勢を立て直し、こちらに次々と放ってくる火球を躱し続ける。

 しかし、余りにも矢継ぎ早に放たれる火球に徐々に躱そうとする動作が遅れ始め、遂に躱す余裕がないほどに火球が目の前に迫る。


「――――ッルミ・オーラ!!」


 躱し続ける中、密かに術式を展開していた魔術を行使する。

 目の前に勢いよく噴き出す水の塊が火球を押し返すようにぶつかる事で、水を焼き焦がすのと火が消え去っていくのとが相合わさって出来た白い霧が辺りを覆い隠す。


 そして視界が狭くなった所で、死角からジークムントの斬撃が火竜の後ろ脚へと閃き、血飛沫が舞った。

 脚の痛みに悶えるように声を上げる火竜が何かを振り払うように身を捩り暴れ回るのを避けつつ、ジークムントが飛びずさる。


「ラウル!」


「任っせろっ!」


 脚の支えが利かなくなった事で地に座り込む火竜の比較的柔らかいであろう脇腹を切りつけ、そのまま通り過ぎる。

 いくら硬い鱗と言っても刃が通る所はあるようで、ジークムントの斬撃とまではいかないまでも浅く傷をつける事はできたが、その代償に刃がボロボロになった。

 これでは切るよりも叩きつけた方が効果はあるかもしれない。


「はああぁああ!!」


 悶え苦しむ火竜に、ジークムントの剣閃が次々と走る度に血飛沫が舞っていく。

 その剣技は常人の域を踏み越えようとしている程凄まじく、さしもの火竜も苦悶の鳴き声を響かせる。


「こんなに圧倒するなんて、やっぱり規格外だな……」


 ジークムントの冴える剣技にしばし見惚れる。

 きっと自分では到達することは叶わないであろう姿に、憧れの気持ちとかすかな嫉妬心が芽生える。

 ジークムントを見た大多数の人間は大抵この感情に行き着くのだろう、と思う。


 このまま倒せるのではないか、と期待してしまう程に火竜の全身が傷だらけになっていく。

 満身創痍といった火竜の様子が唐突に変貌したのは、そんな時だった。



 傷から黒い靄が噴き出し――――火竜の瞳が漆黒から真紅に変わる。


「――――――――ッ!!!!」


 今までとはまるで違う魂そのものが悲鳴を上げるような咆哮。

 ビリビリと大気が振動され、鼓膜が破れそうな大音量が火竜の喉から絞り出され――次の瞬間、ジークムントの身体が爪に引き裂かれ、吹き飛んだ。


「――ぇ?」


 唐突な状況の変化に、頭がついていかない。

 ジークムントが空を舞い、地面に何度か身体を打ち付けられ静止する。

 その身体から、徐々に地面に血が染みていくのをラウルはしばし呆然と眺めた。

 その有様が至急治療をしないと命の危険にさらされているのは一目瞭然だ。


 ――やばい、あれは早く治療しないと、いや、それも大事だがまず火竜を止めないと。


 火竜に視線を向けると、ジークムントを追撃するでもなくその場で怒りを撒き散らすように尾や爪を振り回している。

 あの様子ならばしばしの猶予はある、と判断したラウルはすぐさま行動に移す。


 うつ伏せに倒れているジークムントのもとに駆け付け、仰向けに身体を起こす。

 そこには右肩から斜めに切り裂かれた傷から夥しい血が流れ出している。


 ジークムントを担いで、急いで後方に待機していたユリア達の所へいく。


「ジークムントを治療してやってくれるか? ユリアさん、頼む」


「は、はい!」


 ユリアはすぐさま術式を展開し始める。

 ユリアの治癒魔術師としての実力がどんなものかは知らないが、応急処置だけできれば十分だ。

 傍にいたフィーネに視線を向け、目を合わせる。

 深い藍色の切れ長の瞳が、こちらを見透かすように見据えている。


「フィーネさん、治療が最低限終わったらジークムントとユリアさんを連れて逃げてくれ」


「分かりました。――あなたは?」


「俺がやらなきゃいけないことはまだここに残ってる」


「なるほど、肉壁ですね。良い心がけです」


「違げえよ! ……いや、違う事もないか。この状況から確実に撤退するには一人、ここであいつを足止めする必要があるからな。――その役割に適任なのは俺しかいない」


「そう、ですか……骨は必ず拾います」


「いや死ぬつもりないからね!? 死ぬの確定みたいに言わんでくれ」


「冗談です――どうか、ご武運を」


 ラウルの反応に対してか、あるいはその覚悟に対してか、微かに顔を綻ばせたフィーネはラウルに祈りを捧げた。


「ラウル、くん。本気、なの?」


 治癒魔術を行使しながら話を聞いていたユリアが辛そうに顔を歪めている。

 ジークムントは気を失っているが、呼吸は落ち着いていたので大丈夫だろう。


「ああ、本気も本気。これは今できる最善の判断だ」


「――でもっ! それじゃラウルくんが!」


「うーん、可愛い女の子から心配されるのがこんなに幸せな気持ちになれるとは……」


「ッ! 茶化さないで!」


 飄々とした態度にユリアの顔に初めて苛立ちが浮かんだ。

 怒った顔も可愛いなんて反則だ、とラウルは眼を細める。


「大丈夫、ある程度時間を稼いだら俺も逃げるさ。逃げ足には定評があるんだぜ?」


「……本当?」


「本当の本当」


「じゃあ約束して。絶対に戻るって」


「ああ、約束する。まだまだ君の護衛を続けたいしな」


「うん、うん。分かった」


 なんとか飲み込むように頷き、納得したユリアが術式を解除した。


「――中途半端だけどとりあえず傷は防いだわ。激しく動かすと傷口が開いちゃうかも……」


「十分だよ、後は村まで戻ってから治せばいい。じゃあ、二人ともジークを頼むよ――そいつは王国に必要な男だから」


 頷く二人を見て満足し、ラウルは背を向け再び戦いの場へ戻る。

 横にいた頼りになる男はいない。単独でどうにかするしかないのだ。






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