第一章6 『奈落の入り口』
酒場で魔剣に関係しそうな情報を得た事をユリア達に話し、他に手がかりもない事から『奈落の入り口』なる洞窟に赴いてみようという事で話は纏まった。
馬車でマイアトから北の山に程近いテグス村まで行き、村の人に馬車の管理をお願いしてからラウル達は徒歩で山の麓に生い茂る森の中を歩いていた。
村の人は山に向かうと聞くと奇妙なものを見る目で見ていたが、確かに常識的に考えればエレノス山脈に向かうなんて自殺行為にしか思われないだろう。
――この先にあるのは、村でも言い伝えられていた『奈落の入り口』なのだから。
「エレノス山脈に足を踏み入れるってだけでも結構な無謀さなのに、曰く付きの洞窟に向かうって正気の沙汰じゃないよな」
「言い出した張本人が何をほざいてるんですか。肉壁は黙って前を歩いていてください」
「ちょっと、フィーネ! そんな言い方ラウルくんに失礼でしょ?」
「いいんだ、ユリアさん。その評価はあながち間違っちゃいないから……この中で戦力的に期待できないのが俺なのは確かだし、それに君の肉壁になれるなら本望だよ」
「ラウルくんまで……もう、そんな自分を卑下しなくてもいいのに」
どうもマイアトに着いてからラウルへの態度が厳しいフィーネと、それを事実だと受け入れているラウルに困惑するユリアが二人を交互に見て溜息をついている。
「ユリア様を体を使って守ろうと思う気概はあるようで安心しました」
「そりゃあ、俺は護衛だからな。守るべき相手が傍にいるのなら死ぬ気で守るさ」
ついでに言うとラウルの個人的な感情としてもその思いは変わらない。
「僕はラウルをそんな風に思ってないけどね。彼は自分を平凡だと言うけれど、四属性魔術を均等に使いこなすなんてなかなか出来る事じゃない。王国二等騎士の肩書はそこまで軽くないよ」
「近衛騎士のお前が言うと嫌味にしか聞こえねえよ」
先頭を歩いていたジークムントがこちらを振り返り、ラウルを持ち上げようとする。
「でも、魔術に得意不得意があるのに四属性も使えるなんて凄い事ではないの?」
「確かに、火水風地の四属性の適性を持っている人間はそこまで多くはないけど、決して少ない事もないんだよ。俺の場合は得意不得意がなかったから同程度に使っているけど、大体の人は他に適性を持っていても自分の得意な属性に傾倒していくんだ。それに魔術も剣技も一点集中で鍛えた方が強いからね」
均等に使える、というのは聞こえのいい言い方で、中途半端にしか使えない。
ラウルが平凡騎士、と揶揄される一因でもあった。
「うーん、そうなのかな……私は治癒魔術しか使えないから、癒す力だけじゃなくて、守る力が欲しい、かな」
「人間向き不向きってのがあるからなあ。それにしても、ユリアさんの口調が砕けてきてるのが嬉しい」
「あっ、ご、ごめんなさい。なんだかラウルくんと話してると、普段の口調が出ちゃうの」
「ん、いいのいいの。俺はその方が話しやすいし、ユリアさんも気が抜けて一石二鳥! だろ?」
「――うふふっ、うん、そうね。ありがとう」
顔を綻ばせるユリアが眩しい。なんて綺麗な笑い方をするんだろうか。
赤くなった頬を隠そうと視線を前に向けると、ジークムントの背中のさらにその先の景色が広がった。
「もう少しで森を抜けるよ――でも、おかしいな。魔獣の気配がしない」
「……確かに、村からここまで魔獣と遭遇しないのは少し不気味ですね。山の麓なら出てきてもおかしくはないと思っていましたが」
ジークムントとフィーネが訝し気に眉をしかめる。
確かに妙ではある。この辺りはエレノス山脈の麓で、魔獣も生息しているはずだ。
それが一匹たりとも見えないのは、少し気持ち悪い。
森を抜けるとなだらかな坂が始まり、その終点に山々が厳かに立ち並んでいる。
とても人間が立ち入れる領域とは思えず、自然の壮大さを十全に表現して立ち入るのを拒絶しているように感じられた。
「あれが、エレノス山脈……」
「近くから見ると圧倒されるね……」
ラウルとユリアはその景色に口を開けて息を吐く。
「急ぎましょう――『奈落の入り口』はこのなだらかな坂の終わりにあるそうです」
「そうだね。どうも嫌な予感がする――早く調べて戻ろう」
心なしか早くなった足取りで四人は山に踏み入った。
いつ何が起きても動けるようにと身構えていたのも空振り、何事もなく道中は滞りなく進んだ。
山の静寂がひんやりとした空気を冷やすように身体を刺す。
いつまでも続くかと思われたなだらかな坂は、しかし唐突に終わりを告げる。
坂の終点には、岩肌にぽっかりと口を開ける巨大な穴があった。
穴の奥は光を拒絶したように何も見えず、ただただ暗闇が潜んでいる。
ずっと見つめていると吸い込まれていきそうな錯覚を覚えたラウルは、目を何度か瞬かせて後ろに向き直った。
「ここが『奈落の入り口』で間違いなさそうだね――こんな巨大な穴はそういくつもあると思えないし」
「ジーク、周りに魔獣の気配は感じるか?」
「いや、全く感じない。それどころか生き物の気配さえ感じないが――っ、待って、何かがこっちに向かってくる!」
ジークムントの感覚を信じるなら、大丈夫かと思った矢先――。
唐突に辺りを影が覆いつくした。
「なに、あれ……」
真上を見上げるユリアの震える声が鼓膜に届いて、つられて上を見上げる。
ラウルの眼に映りこんだのは空を覆いつくす深紅に染まった鱗だった。
胴体と思わしき巨体から徐々に細く伸びる首が動き、ギョロリ、と動く眼がこちらに向く。
その途端、辺りにつんざくような咆哮を撒き散らし、翼をはためかせ向かってきた。
「やばい! みんな避けろおおおおおおお!!」
ラウルは全力で叫び、呆然と体を硬直させたユリアを咄嗟に抱き寄せ術式を展開した。
「ルミ・ヴァール!!」
自分が使える最上である中級の風魔術を地面に叩きつけ、その反動でその場から体を吹き飛ばして離脱した。
腕の中にいるユリアを庇いながら地面に何度も転がり衝撃を殺し切ったのと、深紅の巨体が地に降り立つ地鳴りが辺りに響き渡るのは同時だった。
起き上がってユリアの無事を確かめ、巨大な穴を背にこちらを威嚇してくる存在にラウルは心当たりがあった。
子供の頃、何度も読み返した物語に出てくる怪物と、特徴が良く似ている。
「おいおい、マジかよ……」
喉が震えるのを堪えながら声を絞り出す。
「どうやら僕たちは、一番出会ってはいけない相手と巡り会ってしまったようだね」
ラウルの横にジークムントが来て、その端正な顔に焦りを浮かべながら皮肉気に呟く。
後ろでは崩れ落ちそうなユリアをフィーネが支えていた。
「あれはどう見ても……竜、だよな」
「そうだね。竜種で間違いないだろう――あの赤い鱗、恐らく火竜だ」
獰猛な漆黒の瞳がこちらを凝視、している。