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平凡騎士の英雄譚  作者: 狛月ともる
第一章 英雄譚の始まり
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第一章26 『二度目の邂逅』



 随分と、長い時が経った感覚があった。

 真っ暗闇の中、空中をふわふわ漂うような浮遊感が永遠のように感じられて、身を委ねてしまいたくなる衝動に駆られる。

 だが、それは許してくれないらしい。何故なら、以前にもこんな感覚を体験した事があるからだ。

 その時は唐突に意識が覚醒して、ラウルにとってかけがえのない存在と初めて出会い言葉を交わした。

 きっと、もうすぐ再び彼女との邂逅が叶うのだろう。

 不思議と、そんな気がした。

 おぼろげな意識が、徐々に覚醒していく。


「――起きなさい、ラウル」


 ああ、この透き通るような声は。


「……ここはおはよう、でいいのか? ――また会えたな、ティル」


 紫色の髪がふわりと浮かばせる紫のドレスを着た少女。

 久しぶりに人としての彼女を見るが、相変わらずの美しさに目を細める。

 

 

「そうね……なんだか、二度目だとは思えないけど」


「そりゃそうだろ。剣の姿のお前とはずっと一緒に居たんだから。まあ、でもやっぱその姿の方が俺は好きだな、うん」


「あたしもこっちの姿の方が気に入っているから、そう言われると悪い気はしないわね」


 微笑を浮かべながら、ティルはくるんと一回転してみせた。

 天真爛漫、という言葉が彼女にはとても似合っているとラウルは思う。

 ティルのあけすけなところや、存外照れ屋なところなんかピッタリだ。


「あー、そういや俺、気を失ったんだっけか……死んでないよな?」


「そうよ。もう大変だったんだから……心配しなくてもあんたのしぶとさは健在よ」


「そっか。なんとか……乗り切れたわけだ」


 肘まで紋様が刻まれた両手を見て、ラウルはそう呟いた。

 三つ目の力を使ったせいか、進行が速い。

 自分の成し遂げた事に思いを馳せるラウルの様子を、ティルは目を細めて見つめる。


「ねえ、ラウルにとって英雄ってなに?」


 唐突なティルの問いに、目を丸くする。

 改めて考えた事もなかったその問いに、目を閉じて考え込む。

 英雄とは、なんなのだろうか。

 人々の希望足り得る人物。その名にふさわしい力を持った者。

 勇敢であり、逆境に立ち向かえる強い心を持った者。

 英雄という偶像に求める答えはそれぞれの人々の中にあって、そのどれもが正解であり、そのどれもが英雄というものを形作るものであるように思う。

 だが、ラウルにとっての英雄はそのどれにも重ならなくて。


「――俺にとっての英雄は、大切な人を守る為に立ち上がる者、かな。強さとか、折れない心とか、そのどれもが大事だけど……一番大切なのは想い、なんだよ」


「想い?」


「ああ、守りたいという想い。救いたいという想い。その確かな想いを持って立ち上がる。俺はそんな人が英雄であればいい、と思う」


 それはラウルの押しつけがましい願望であり、そうであってほしいという希望だ。

 自分が目指すべき在り方であり、自分はそうで在ろうと思う信念。

 ラウルが思う英雄とは、その根幹たる部分を考えたらその答えがすんなりと出てきたのだ。


「あんたは契約の時、英雄になりたいと願った。その想いは、今も変わらない?」


「……恥ずかしい過去だが、変わらないな。全ての人にとって、なんてのは望んじゃいない。両手で守れる人は限られているし、俺はそれで精一杯だから。だから俺は……大切な人にとっての英雄でありたい、と思うよ」 


「それがあんたの答え――あたしの見込んだ通りだったわ。ラウル、あんたは紛れもなく英雄よ――あたしはそう思ってる」


 その答えに満足したように満面の笑みを浮かべるティルに、ラウルは目を泳がせる。

 他者からこう全肯定される事には慣れていない。

 ずっと可もなく不可もなくを地で行く日々だったのだ。

 褒められ慣れていないし、ましてやこの少女はラウルを英雄だと言っている。

 だが、相棒であり契約者である少女にこれだけ言わせてしまったのだ。

 その期待に応えたい、と思うのは現金なのだろうか。

 少女にとっての英雄でありたい、と思うのは欲張りなのだろうか。

 英雄であれと、自分の目指す在り方を貫けと発破をかけられているようで、それがラウルにとって心地よく、勇気づけられているように感じた。

 ならば、とラウルは思う――。


「なら、ティルにとっての英雄で在れるように俺は頑張るし、そう生きていくよ。ティルが傍で、俺の生き様を見届けてくれている限り、俺はそう在れるように足掻こう」


「そう……それは楽しみだわ。あんたが見せてくれる世界が、とても楽しみ」


 魅惑的でいて純粋な紫の瞳が楽し気に細まるのを見て、ラウルはこの時間が終わるのが惜しい、と感じた。

 それは前回と同じく思った事で、やはり自分はこの少女とのやり取りを心から楽しんでいるのだと、改めて認識する。


「ティルは……現実世界でその姿になれないのか?」


 そんな身勝手な欲望を口にする。

 人の形をしている時の少女は、感情を全身で表現していて生き生きとしている。

 叶うならば、現実でも彼女とこうして語り合いたいと思ってしまうラウルの欲望に、ティルは困った顔をした。


「残念だけど、それはできないわ」


「そっか、それは残念だ……」


 そう肩を落とすラウルを見て、ティルが仕方がないといった様子で付け加える。


「あたしだってそうしたいのは山々よ。でも……今はまだ、あたしはこの姿で外には出られないの。もう、そんなしょぼくれた顔しないでよ。あたしまで悲しくなっちゃうじゃない」


 ラウルの額をこつん、と指で押しながらティルは寂しげな笑みを浮かべる。

 押された額をさすりながら、しんみりとした空気を変えようと違う話を振る事にした。


「あ、そうだ。気絶した後、どうなったんだ? ユリアさん達は無事か?」


「みんな無事よ。あんたは治療院に運び込まれて療養中。ユリアに感謝しなさい。あの子、付きっきりであんたの看病してくれてるんだから」


「そうか……よかった。目が覚めたら礼を言わないとな。ユリアさんに看病してもらえてるなんて、俄然早く目が覚めたくなってきた」


 思ったことを素直に口に出したら、ティルに耳を引っ張られた。


「……さっきまでのあんたはどこいったのよ! あんた人の神経逆撫でして楽しいわけ?」


「いででででで、わ、悪かったって! どっちも素直な気持ちだよ! そりゃ、ここでティルと話す事も楽しいけど、ユリアさん達と過ごす時間だって大切なんだよ。そこにはお前だって含まれてるんだからな」


「ふん。調子いい事ばっかり言うんだから……まあいいわ。ユリアがあんたの惨状を目にして取り乱して泣き喚いてた事に免じて許してあげる」


 引っ張られていた耳をさすりながら、ラウルは聞き捨てならない事を耳にした気がした。


「取り乱したって……ユリアさんが? なんで?」


「それだけあんたの状態が酷かったって事よ。あたしの目から見ても危なかったわよ。正直生きているのが不思議なぐらい」


「マジか……かなり心配かけちまったみたいだな……それなら尚更、早く目覚めて安心させないといけないな」


 ユリアの顔を早く見たい。

 だが、その表情は悲しい表情であってほしくない。

 彼女には笑顔が似合うのだ。それも、とびっきりの純粋な笑顔が。


「そう言うと思ったわ。じゃあ、またしばらくのお別れね」


「ああ、ありがとな。ティル」


「どういたしまして。あ、あたしの口から言うのはどうかと思うけれど、今後あたしの力を使う時は今回みたいな乱用は控えなさい。じゃないと、あんたあっという間に死ぬわよ」


 ラウルの両手の契約紋を示しながら、ティルは忠告を発した。

 確かに、今回が初めてとはいえ後先考えずに使ったことは否めない。

 いくら必要に迫られたから仕方ないとはいえ、今後も同じようにいくとは限らない。

 ならどうするのかというと、思いついたことは一つ。

 ラウル自身が強くなるしかない。今まで努力はしてきたつもりだったが、身体強化(ブースト)した状態での動き、視界、感覚などを体験したおかげか、ラウルの中に何かを掴んだ感覚があったのだ。

 それを通常の状態で活かせるかどうかは分からないが、もし身体強化(ブースト)した時の動きを通常の状態でそれに近いものを再現できたとしたら。

 ラウルは、強くなれるかもしれない。

 そんな淡い期待は脆くも崩れ去るかもしれないが、生憎挫折には慣れている。

 試してみないと分からないのあれば、試してみよう。

 それがラウルの力となるならば、ラウルの両手が届く範囲は広くなるのだから。


「そうだな……でも、これからもいざって時はよろしく頼むぜ? ――相棒」


「任せなさい。なんたってあんたの相棒は魔剣ティルフィング様なんだから」


 自信満々のその表情は、出会った最初にしていた表情だったのを思い出した。

 ラウルは、この表情に魅せられたのかもしれない、と。


 そうして、ラウルとティルは二度目の邂逅を終えた。

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