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平凡騎士の英雄譚  作者: 狛月ともる
第一章 英雄譚の始まり
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第一章24 『覚悟と代償』



 ラウルの周りには無数の骨、鎧、腐った肉片などが散乱していた。

 全てラウルがその動きを止めた成れの果てだ。

 身体強化(ブースト)魔剣強化(エンハンス)。その二つの力を持ったラウルの前に、死霊の数々は徐々にその数を減らしていった。


「な、なんなのですかっ! こんな……こんなはずではなかった! 私が見たい光景はこんなものではなぁい!」


「俺もこんな光景は見たくなかったぜ。王都にこんなもの持ち込んできやがって……」


 残り少なくなった死霊を見て顔を歪めるルドラトに追い打ちをかけるように、ラウルはその人外じみた動きで斬撃を走らせ、残りの死霊達を数瞬の内に片づける。


「さあ、これで残るはお前だけだ――気色の悪いもんをけしかけられた鬱憤、晴らさせてもらう」


 そう言ってラウルは強く踏み込んで跳躍、屋根の上に立ちルドラトと対峙した。

 ラウルの鋭い眼光に後ずさりしながら、ルドラトは手を正面に向けて術式を展開する。


「ルミ・フールッ!」


 死霊術以外の魔術も使えたのか、火球をラウルに向けて放つがそれを魔剣で一閃。

 火球は左右に分かたれ、後方の屋根に当たり消え去った。


「こ、こんなはずでは……私はただ、死を彩る世界を見たかっただけなのですよぉ!?」


「意味分かんねえよ。いや、理解したくもねえ――そんなに死を見たけりゃ、お前自身が死ね! 他人を巻き込んでんじゃねえ!!」


 今までの怒りを込めてルドラトの懐に飛び込み、魔剣をその身体に突き刺す。

 串刺しにされたルドラトは口から血を吐き出して、恍惚な表情を浮かべる。


「あぁ……これが死、というものですか。んふふふふ、ごふっ、存外、苦しいものですねぇ、ラウルさん? ええ、ええ、しかし、やはり、死は素晴らしい――」


 それを最期の言葉にルドラトは身体を脱力させ、ずるずると崩れ落ちた。

 それと同時にラウルの身体もまた、膝をついて口から血塊を吐き出す。

 手足が痙攣し、立ち上がろうとするが上手く力が入らない。


「ティル……これが、言ってた例の代償って奴か?」


『……違うわ。それはただの反動。当然よ、身体強化(ブースト)はその人の身体能力をその体が耐えうる限界まで一時的に引き上げる魔術なの。それを初めて使ったんだから、そうなるに決まってる』


「そうかよ……なら、代償ってのはなんなんだ。俺の身に何が起こる」


『自分の手の甲……もう一度確認してみなさい』


 ティルに言われるがまま、ラウルは自分の手の甲を改めてみる。


「なんだ、こりゃ……」


 そこには、契約紋が変わらずある。

 しかし、その契約紋から手首に向けて少し紋様が伸びている。


「最初と比べてなんか伸びてるな……これが代償? 思ってたより軽くないか?」


『そう言ってられるのも今の内よ。その紋様が全身に広がり切った時――あんたの命が失われるの』


「マジかよ……一種の呪いじゃねえか。やっぱり騙したなお前、ペテン師め」


 ニヤッと笑い、ティルをからかうラウルの態度に、ティルは唖然とする。


『……驚かないの? あんた今、死の宣告を受けたようなものなのよ?』


「そりゃもう驚いたさ。でも覚悟はしてたからな……それに、お前の力を実際に使ってみて思った。これは俺には過ぎた力だ。そんな力を使ってそのぐらいの代償はあって当然だなって、納得した。そのおかげで多くの人を守れたんだ。後悔はしてないぜ?」


『あんたって奴は……バカね、本当に』


 淀みなく答えるラウルの清々しい表情に、ティルは少し泣きそうな声でそう罵った。

 その声は、それでいて嬉しそうな響きも混ざっていて、そのティルらしい返事に思わず笑みが漏れる。


「しっかし、体中が痛え! これ、本当に必要に迫られた時以外は使いたくねえな……」


『だらしないわね。男の子なんだから我慢しなさい』


「痛いもんは痛いんだよ。見栄張る相手もいないんだからいいだろ、別に」


『仕方ないわね……ちゃっちゃと回復させなさいよ』


「言われなくても今やってる」


 会話しながらも、魔力を循環させ治癒を加速させていたのだ。

 反動が来た直後よりも幾分楽になった体で立ち上がり、屋根の上から周りを見渡す。


「見た所、ルドラトを倒したおかげか動いている死霊はもういなさそうだな」


 術者が死んだことによって術の効果が消え失せたのだろう。

 これで、ひとまず王都内は安全になったと言っていいだろう。


「もしそうなら、ティルが言ってた外にいる火竜も動かなくなるはずなんだが――」


 ラウルが鐘の音が鳴った北門の方角へと視線を向けた時、地響きと地の底から唸るような雄叫びが聞こえた。

 それは、かつてラウルが『奈落の入り口』で耳にしたものと同じものだ。


「どういうことだ? ルドラトが死んでもまだ動いているのか?」


『そんな筈はないわ。死霊術は術者を通じて死者を操る魔術だから、術者が死ねば、当然操られている死霊もその呪縛から解き放たれる筈。それでも動いているという事は……ルドラト以外にも、火竜を支配下に置く力を持った者が他にもいるのかもしれないわね』


 ルドラトの支配から解かれても屍のまま動き続けるという事は、ルドラトよりも強い支配下に置かれているという事だ。

 何者かは知らないがそこに明らかな悪意を見せている以上、厄介な相手かもしれない。


「つまるところ、そいつを倒すか、火竜自体を倒すかしないと止まらないって事かよ」


『でも、もう随分と時間が経ってるわ。今からそいつを探してる時間はないわよ』


「なら、選択肢は一つしかないな。行こうか、ティル」


 すぐさま動き出そうとするラウルに、慌ててティルが止めに入る。


『あ、あんたまだ戦うの!? もうボロボロじゃない! ルドラトを倒したんだから十分よ、火竜は他の人に任せてあんたは休みなさいよ』


「いや、駄目だ。ルドラトが言ってただろ? 火竜は俺への復讐心でここまで来たって。操られていようが火竜を王都に引き寄せた原因は少なからず俺にある。自分のケツは自分で拭かないとな――それに、アイツの最期を見届けたのは俺だ。騎士として、そこは誰にも譲れねえよ」


 ラウルが王都ではなく他の場所にいたなら、火竜はそこに向かっていただろうか。

 もしそうであるのなら、これはラウルが片づけなければならない問題だ。

 平凡なままだったラウルなら考えもしないであろう傲慢な思考だが、今は借り物とはいえ力を持っている。

 力を持つというのはそれだけ出来る事が増えるのだから、そこに責任が生じるのなら背負わなければならない。


 魔剣と契約をしたのは、火竜との死闘で生き残る為。

 そして生き残ったラウルを屍になってなお、追いかけてきた火竜。

 ならば、その火竜は魔剣の力によって倒すのが道理であり、ラウルに課せられた責任だ。


『はあ……もう分かったわよ、勝手にしなさい! でも、今のあんたの身体じゃ火竜相手は厳しいわ……また、力を使うの?』


「……もしかして、連続で使うのってヤバい?」


 ティルの力に頼る気満々だったラウルは、躊躇う様子を見せるティルを見て恐る恐る訊ねる。


『当然でしょ。それだけ身体強化(ブースト)は身体の負担が大きいの。今もう一度使えば、恐らく自己治癒があっても二、三日動けなくなるわよ』


「それでも、早く行かなきゃならないだろ? 後の事を考えてる暇はないんだよ。死にはしないならどうだっていい」


『死ぬ程の苦痛に苛まれるけど、いいのね?』


「……お、おう。いいから使ってくれ」


 前以って言われるのは覚悟を決められるが、それでも気が引けた返事になった。

 人間、そんな恐ろしい忠告を受ければ誰でも恐怖心を煽られるのだ。

 そんなラウルの心を読んだかのように、ティルは仕方ないと言わんばかりの呆れた声色を発する。


『ビビるんなら使わなきゃいいのに……身体強化(ブースト)


 契約紋が光り、再びラウルの感覚が研ぎ澄まされる。

 二度目という事もあって、その感覚には少し慣れてきた。

 筋肉痛のような体が軋むが、動く分には問題ないはずだ。

 体の調子を確認したラウルは、魔剣を手に持ち城門を見据える。


「よし、行くか」


『言っとくけど、あんたの体が限界に耐え切れなくなったと判断したら身体強化(ブースト)は解除するからね! それまでの間があんたが火竜を倒す限られた時間なんだから急ぎなさい』


「了解、したっ!」


 ティルの忠告に頷き、ラウルは一歩目を踏み込んで屋根から跳躍する。

 踏み込んだ足元が陥没し、ラウルの体が前に飛ぶ。

 そして別の屋根に着地し、更に踏み込み跳躍。

 屋根から屋根に飛び移り、城門へとラウルはとてつもない速さで移動していった。 

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