第一章22 『平凡騎士VS黒騎士』
突如現れた黒騎士は剣を抜き放ち、術者であるルドラトの指示によってラウルを敵と認識したかのように雄叫びを上げた。
「物騒な奴が出てきたもんだな……まずはあいつをどうにかしないといけないってことか」
『あの騎士の亡霊……操られているといっても強いわよ。気を引き締めるのよ』
「分かってるさ。とはいえ、倒さなきゃならないとなると――ッ!」
予備動作もなにもなく、剣閃がラウルの首に迫る。
それを間一髪魔剣で受け止め、鍔に刃を引っ掛けて渾身の力で押し返した。
押し返された黒騎士は、返す刀で下段から剣を振り上げる。
それを咄嗟に後ろに飛びずさることでかわす。ラウルの腹部の服がはらりと切り込みが入っていた。
「エイクッ!」
更に距離を詰めようとする黒騎士が立っている地面を魔術で鋭く隆起させて、牽制する。
初級魔術をもろともしないとばかりに、隆起した地面を切り払う。
その数舜を稼いだ隙に、ラウルは黒騎士の懐に飛び込んだ。
「――――ッ!」
鎧の隙間、首の部分に突きを入れる。
しかし、そこには何の感触もないことで動きが止まってしまったラウルの鳩尾に黒騎士の拳がめり込む。
とんでもない力で吹き飛ばされ、地面に何度も体を打ち付ける。
「うぐっ……はぁ、はぁ、あいつ、何の感触もなかった……どうやって倒すんだ」
自己治癒能力のおかげか、立ち上がれないほどの衝撃だった割にはもう立ち上がれた。
『……恐らく、あの鎧の中に実体はないのよ。死霊術は術者が操る為に呪印を体の何処かに刻み込むはずよ。鎧の中に実体がないのなら――鎧そのもの、かしら』
「呪印……つーと、術式の契約紋みたいなもんか。それが鎧に刻み込まれている、と……それを消すか傷つければ」
『ええ、消滅するはずよ』
「倒し方が分かったのはいいが……肝心の呪印ってのが鎧のどこに刻み込まれてるのかが分からねえとどうしようもないな」
『そこはあんたが何とかしなさい――来るわよ!』
ティルがそう言った矢先、再び目の前に漆黒の甲冑が迫り来る。
「ルミ・フラムッ!」
展開していた術式を発動させ、火柱が黒騎士を包み込むが、黒騎士は熱など感じていないかのようにそのまま火柱の中を突き破ってきた。
「くっ! 魔術が全然効かねえ!」
『実体を持たない相手なのよ! 人間じゃないんだから痛みも何も感じてない……呪印を解かない限り、ある意味無敵なんだわ、厄介ね』
「厄介もくそも――最悪の相手だっらああああ!」
叫びながら黒騎士の剣戟に集中する。
剣技は相手の方が上。だが、魔剣の扱い易さに剣速が通常よりも早くなっている為、かろうじて黒騎士の斬撃を受け止めていた。
だが、少しずつ力の差で押し込まれ始めて、ラウルの至る所に斬り傷が増えていく。
顔のすぐ横に剣先が通り過ぎ、頬から血飛沫が舞う。
その血が目にかかり、一瞬視界が遮られた。
そこを見逃さないように、黒騎士の斬撃が上段からラウルの脳天に振り下ろされる。
魔剣を横に構え、かろうじて受け止めたのも束の間、目の前に迫る蹴りには反応できず腹にめり込み吹き飛ばされ、壁に激突して地に転がる。
「はぁ、はぁ、はぁ……きついな、こりゃ」
魔剣を杖代わりに立ち上がるラウルは、至る所に斬り傷から血が滲み出ており、凄惨な姿となっていた。
自己治癒能力といっても、すぐに治るわけでもない。
僅かな時の間に刻まれた傷は、ラウルの体力を相応に削っていた。
対する黒騎士は、消耗も傷も負っていない。
明らかな劣勢に歯噛みする。やはり自分自身の力ではこんなものなのだ。
こんな化け物相手にここまでやれた事自体、ラウルを知っている者ならば賞賛するかもしれないが。
『ラウル……』
「……ああ、分かってるさ。躊躇ってる暇も、後の事を考える余裕もねえ――ティル、お前の力を貸してくれ」
『――いいのね?』
「こいつらはここで倒さないと、俺の守りたい人達を傷つける。なら、迷う必要なんてない――俺が今使えるものなんだって使って、必ず倒す!」
念を押すように確認を取るティルに迷いなど一つもない事を伝える為、ラウルは真っすぐな瞳で言い切る。
『いい返事じゃない……分かったわ。あたしの力、とくと見てなさい!』
ティルがそう言った瞬間、魔剣の紫色の宝石の一つととラウルの両手にある契約紋が光り輝く。
『契約者にしか使う事の適わない、失われたかつての固有魔術――身体強化!!』
ラウルの契約紋が光り輝き、そして力が漲り、身体が軽くなった。
今まで感じた事のない、力の奔流。
それを直に感じるラウルの胸が震える。
「これは……」
『魔剣の持つ固有魔術よ。契約者の身体能力を飛躍的に向上させる魔術……それが身体強化』
「そんな魔術が……あったんだな」
『昔の話よ。だからこそ、あんたにとって大きい武器になる』
「ああ、ありがとう――代償の事は後だ。まずは奴の鎧の何処に呪印があるのかを知りたい」
『あんたがいいっていうなら、二つ目の力でそれは解決するわ』
「ああ、大盤振る舞いといこうじゃねえか。頼むぜ、ティル!」
二つ目。一つ目がラウル自身を強化する力なら、二つ目というのは何だろうか。
何であろうと考えている暇はない。ティルがそう言うのなら間違いないのだろう、というある種の信頼から、ラウルは二つ返事で了承した。
『そうこなくっちゃ! んじゃあ、いくわよ――魔剣強化!』
再び、魔剣の既に光り輝く宝石とは反対側の宝石と、ラウルの契約紋が光を放つ。
魔剣の三つある宝石の内、左右に埋め込まれた宝石が光り輝いている。
そして、魔剣の刀身が――黒く輝く刀身へと変化していた。
『これで、大抵のものは滑るように斬れるわ』
「ただでさえ斬れ味いいのにそれ以上かよ……すげえな」
『ふふん――ほ、褒めるのは後よ! さあ、ラウルやっちゃいなさい!』
「任されたッ!」
そう言って踏み込んだ瞬間――ラウルの身体は黒騎士の懐にいた。
「――え?」
呆けた声を出すラウルと、目の前にいる黒騎士の内心は一致していたかもしれない。
慌ててその勢いのまま、下段から剣を振りぬいた。その剣速は目で視認する事は叶わないほどの速さ。
何の衝撃もなく振りぬいた斬撃は、黒騎士の左肩から先を綺麗に斬り飛ばしていた。
驚きはそのままに、返す刀で上段から斬撃を繰り出す。
さすがに二撃目は反応したのか、右手の剣で受けようとする。
しかし、強化された黒い刀身はその剣ごと右手を断ち切った。
ラウルの視界には、黒騎士の動きがゆっくりに見えていた。
どうやら、身体強化は動体視力や感覚まで強化されているらしい。
両手を斬り飛ばされた黒騎士はなおも蹴りを放とうとしてくるが、その動きも手に取るように見えていた。
蹴りをかわし、その足を下から斬り飛ばす。
そして返す刀で黒騎士の首の部分に剣閃を放ち、黒騎士の兜が宙を舞った。
バラバラになった甲冑をそれぞれ観察していると、胴体部分の鎧が微かに動いたのが見える。
「そこか!」
すかさず上段からの斬撃で鎧を真っ二つにして、背中側の胸の位置に、血のような赤黒い印が刻まれているのを見つけた。
ラウルがそこに寸分狂わずに魔剣を突き刺すと、鎧の動きが完全に止まった。
「凄いな……俺が俺じゃないみたいだ」
『まだ終わってないわよ。あいつを倒すまではね』
ラウルは頷くと、屋根の上にいるルドラトに視線を向ける。
「ば、馬鹿なああああぁ! わた、私の最高傑作がぁ! なんて、なんて事をしてくれたのですっ!」
「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎。一般市民を巻き込んだその所業、許さねえぞ」
ラウルが魔剣の切っ先をルドラトの方へと向けて啖呵を切る。
すると、ルドラトは顔を俯けて、肩を震わせ始めた。
「――んふふふふ、たかが我が僕を一人倒した程度でぇ、得意気になられては困りますねぇ! 確かに黒騎士は私の最高傑作と言える物でしたがぁ、まだまだ我が僕達はいるのですよぉ! ――スペク・フィース!! 出でよ、我が僕達よぉ!」
ルドラトのさらなる死霊術の行使によって、新たな僕が生み出されていく。
とはいえ、最初の骨体の群れと比べれば幾分少なく感じる。
それはつまり、ルドラトの使役する全ての僕が出尽くしたという事だろう。
最初の骨体達はその多くが人々を襲って広場から離れている。
早くこの男を仕留めてそちらに回らなければ、被害は大きくなる一方だ。
「いいぜ、全力で相手してやる――さっさとお前を倒さなきゃならないんでなぁ!」
広場に残っている全ての死霊が一斉に群がってくる。
その群れの中に、ラウルは身を投じた。