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平凡騎士の英雄譚  作者: 狛月ともる
第一章 英雄譚の始まり
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第一章21 『死霊術の悪行』



 建物の屋根に佇む、黒のローブを纏った異様な男。

 ティルの言っていた禍々しいものとは、恐らくあの男の事なのだろう。

 すると、王都の外にいる大きな禍々しいものもあの男に関係したものなのか。

 鐘の音が鳴り響いた事により、周りの人々が王都中央の方向へと避難しようと移動し始める中、ラウルは屋根の上に居る男から視線を外せずにいた。


「んふふふふ、私の僕となりぃ再び目覚めた火竜がぁあなたへの怒り、復讐心に駆られてここにぃ向かっております、ええ、ええ、分かっておりますとも。あなたはぁ誇り高い騎士であられるのでしょう? 弱者を守る為に戦う! ええ、ええ、素晴らしいですとも、ねぇ?」


「火竜だと……そんな筈はない! あいつは俺が止めを刺したはずだ。お前……何を言ってやがる」


「そう! あなたはぁ見事、火竜を討伐された! でなければ、私のような者が火竜を僕になどできませんからねぇ、ええ、ええ、感謝しておりますとも。あなたのおかげで火竜はさらなる高みへと昇ったのです!」


「なんなんだあいつ……薄気味悪いな、話が通じねえ」


『気を付けて、ラウル――あいつから、夥しい()()()()が立ち込めてる』


 険しい声色をそのままに、ティルが警告を発している。

 しかし、死の臭いというのは何なのだろうか。

 あの異様な佇まいと発言を見る限り、まともな人間でない事は容易に分かるが――。


「お前……一体何者だ」


「何者であるか、ですかぁ? なるほど、ええ、ええ、分かっておりますとも。あなたはぁ私の事を知らないが故にぃ、私がどういった行動をぉ起こそうとしているのかが分からないぃ――そうですねぇ?」


「……そうだと言ったら、名乗るのか?」


「ええ、ええ、それは名乗りますともぉ。何も知らないままにぃ、唐突な絶望に暮れて死にゆく者の顔も美しいですがぁ……やはり知った上で敵わないと悟りぃ、絶望して死んでゆく者の顔以上に美しいものはありませんからねぇ」


「随分と悪趣味じゃねえか……吐き気がするぜ」


 この男の異常さは今の発言で嫌という程、分かった。

 ラウルにとって――否、人にとって害をなす存在だ。

 そんな相手に対して油断も情も持ち合わせてはいけないと、ラウルの脳裏に警鐘が鳴り響き訴えかけていた。


「んふふふふ、ではぁ自己紹介をさせて頂くとしましょう――私の名はルドラト。禁忌の魔術である死霊術を使いこなしぃ、死者をこよなく愛しぃ、死者が蠢く世界に憧れる男ぉでございます」


「死霊術……だと!? お前、そんな禁じられた魔術を使ってるってのか……!」


 魔術を修める者ならば必ず禁忌とされる魔術について、念を押すように決して学ぶ事は許されないと釘を刺される代物。

 その中の一つに、死霊術というものがある。

 死者を意のままに操り、手足のように使う魔術。

 それは余りにも冒涜的なものであるから、教会が禁忌の魔術として扱っている為に公に出る事はまずない。

 禁忌の魔術を使った者は教会に粛清される。

 それ程に危険であり、人が行使していい魔術ではないのだ。


『死霊術師……! ラウル、あいつは生かしておけないわ! 死者を弄ぶような腐った魔術がまだこの時代にも残されていたなんて……ましてやそれを嬉々として使うなんてふざけてるわ!』


「ああ、ティル。同意見だ――あいつを倒すぞ」


 ラウルはそう返事を返しながらティルを抜き放つ。

 その怪しく光る刀身を見て、ルドラトが歓喜の声を上げる。


「おおぉ! その怪し気に光る刀身、さぞ名のある剣なのでしょう! そしてそれを使う騎士はあなた――いい! 実にいいぃ!! ますますあなたを私の僕にしたくなりましたともぉ――試しに、死んでもらえませんかぁ?」


「アホか。試しに死んだら終わりだろうが」


 首を傾げながらのルドラトの問いを、論外だと切って捨てる。


「ええ、ええ、分かっておりますとも。それであっさり死にゆくようではつまらないですからねぇ……」


「――ラウルくん!」


 ラウルの背後から、ユリアの声が聞こえた。

 戻ってきてしまったのか。そのまま逃げていてほしかった。


「ユリアさん、来ちゃ駄目だ!」


「で、でも……」


「おやおやぁ? そちらのお嬢さんはぁ、もしやマグナ教の信者ですかぁ? なるほど、ええ、ええ、分かっておりますとも。そちらのお嬢さんはあなたが守ろうとしている人、ということですねぇ? んふふふふふ、では手始めにぃ、あなたが守ろうとしているものを壊して差し上げましょう! 出でよ、我が僕たちよ――スペク・フィース」

 

 広場のあちこちに術式が現れ、ルドラトが詠唱名を口にした瞬間――禍々しい黒い靄が噴き出し、その中から人型や様々な動物の形をした骨体が生み出された。

 その骨体はカタカタと動き、近くにいた人々に襲いかかり始めた。

 悲鳴があちこちから上がる中、ユリアの下にも人型の骨体が持つ剣が迫る。


「させるかぁ!」


 ラウルがその骨体を切り捨て、ユリアの前に立つ。

 とはいえ、状況が悪すぎる。

 骨体の数は多く、それは無作為に人々を襲っているが、ラウル達は囲まれた状態であるので助ける事ができない。

 ラウルの最優先は無論ユリアの安全だ。

 だが、罪のない人々が襲われているのを見過ごす事もできない。


「酷い……関係ない人々にまで手をかけるなんて……! 治療、しなくちゃ!」

 

 歯がゆい思いをしていると、後ろにいたユリアが一般人が襲われている方へと駆けだそうとするのを抑える。


「駄目だ! 今行けばユリアさんまで巻き込まれる! こっちも囲まれてるんだぞ!」


 そう言いながら近づいてくる骨体を剣閃で吹き飛ばす。

 しかし、切っても切ってもキリがなく、次々と術式から生み出される骨体が増えていく。


「くそっ、数が多すぎる……どうする、この状況を打開するには――」


「リグ・ヴァール!!」


 脳裏に浮かんだ考えに躊躇いを持った時、突如広場にいた骨体の一部分が暴風によって吹き飛ばされた。

 そこに見えたのは、二人にとっては見慣れた顔であり、この状況に至っては頼りになる存在だった。


「何か嫌な予感がしたので来てみましたが……どうやら正解だったようですね」


「フィーネ!」


 怜悧な眼差しに険しさを滲ませながら、フィーネが自身の周りにいる骨体を風魔術で吹き飛ばし、切り刻んでいく。

 数が多い代わりに、骨体の一つ一つはそれほど強くはない。

 あっという間にフィーネの周りに居た骨体は消え去り、空間が出来た。


「よし、フィーネさん! ユリアさんを頼む!」


「任されました。ユリア様には指一本触れさせません!」


 フィーネの奮闘により、骨体の動きに乱れが生じる。

 フィーネの場所を繋ぐ直線上にいる骨体をラウルの風魔術が吹き飛ばす。


「――ユリアさん、今だ! フィーネさんと合流して一般の人々の避難と治療を頼めるか!?」


「うんっ! 任せて! ラウルくんはどうするの!?」


「決まってるだろ? 諸悪の根源であるあの男――ルドラトの相手をする!」


「……死なないでね、絶対に!」


 そう言い残し、ユリアはフィーネの下に走り出した。


「んふふふふ、驚きましたねぇ。まさかこれほどの魔術師が紛れ込んでいるとは。ええ、ええ、私としましてはそちらも欲しいところですがぁ……それはあなたが邪魔をするでしょうぅ? ならば、まずはあなたを殺してからにしましょうかねぇ」


「てめえ……無関係の人を襲わせたな」


「ええ、ええ、それが私の望む残酷で美しい世界の第一歩であるからしてぇ、襲わないという選択肢は私の中にはないのですよぉ? ああ、ああ、いいですねぇ。弱者の絶望に染まる顔もまた、美しいぃ!」


 その言葉に、ラウルの脳内で何かが切れる音がした。

 感情が湧き出す。目の前の男を生かしておくなと。


「……お前がどれだけ腐った性根なのかは、もう分かった。俺はユーティリス王国第二騎士団所属の二等騎士、ラウル・アルフィム――お前を討ち取る男の名だ、覚えとけ!」


「んふふふふ、この私を討ち取るとぉ? それはそれはぁ、大きく出ましたねぇ。いいでしょう、そんな大言を吐いたラウルさんにぃ、私の僕の中でも最も優秀な者を呼び出しましょう――スペク・フィース」

 

 ラウルとルドラトの間に、一際大きな術式が展開され、黒い靄に覆い尽くされる。

 次第に靄が晴れて出てきたのは――漆黒の甲冑を纏った騎士だった。

 兜の隙間から覗く空虚な目のようなモノが、ラウルを射抜く。


「さあ、黒騎士よ。そこにいる騎士を屠ってしまいなさぁい」


 術者の言葉により、黒騎士と呼ばれた亡霊が剣を抜き放つ。

 それに対してラウルも、剣を構える。


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