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平凡騎士の英雄譚  作者: 狛月ともる
第一章 英雄譚の始まり
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第一章18 『父の忠告』



「あらあらあら! 可愛らしいお嬢さん方ね、二人ともゆっくりしていってね」


 家の中に入り、居間からそう言って出迎えたのは、明るい茶髪の若々しく美しい女性――ガイルの妻であり、ラウルの母親であるエリス・アルフィムだ。

 ご近所でも美女と評判のエリスは、夫と子供をこよなく愛する良き妻、良き母親という意味でも有名である。


「はい、突然お邪魔して申し訳ございません。しばらくの間滞在させて頂きたいのですが……」


「大歓迎よ! うちで良かったらいくらでも居ていいのよ? それに、今の王都は色々と物騒だから……」


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせてもらいますね」


 頬に手を当て物憂げな表情をするエリスの脳裏には、きっと国王暗殺の事が過ぎっているのだろう。

 比較的落ち着いているとはいえ、通常の王都よりも浮足立っていることは否めない。

 そんな中で年若い女二人というのは、心配になるのも当然と言える。


「母さん、ただいま」


 エリスの快い返事にユリアが安心した表情を浮かべた所で、ラウルも帰宅の挨拶を告げる。


「おかえりなさい、ラウル。どこも怪我はしてない?」


「……あー、うん。大丈夫だよ。見た通りピンピンしてる」


「そう、よかったわ。あなたが無事でいてくれる事が一番大事なんだから」


 まさか一時死ぬ寸前であったことなど、とてもではないが伝える気にもなれずにはぐらかした。

 親に心配かけたくないという、子供ながらの意地みたいなものだ。


『ホント、親の心子知らずよねえ……』


 苦笑を浮かべるラウルの頭の中で唐突にティルの声が響く。

 それはユリアとフィーネにも聞こえたようで、二人とも何度も頷く仕草をしていた。

 三者の反応に納得はいかないものの、意識的にそれを無視していると、腰に軽い衝撃が来た。

 腰に目をやると、そこには明るく光る茶髪を左右で二つ括りにしている小さな頭があった。


「お兄ちゃん、おかえり」


「お、リリーただいま。いい子にしてたか?」


「うん、いい子にしてた。リリー、えらい?」


 顔を上げ、眠そうに瞼が下がり気味の両眼がラウルを見つめている。

 母譲りの可愛らしい顔をした少女――リリー・アルフィムが表情を変える事もなく、首を傾げる。


「偉い偉い。今日はお姉さん達を連れてきたんだ。仲良くできるか?」


「うん、リリーえらいからできる。このお姉ちゃんたちはお兄ちゃんのおともだち?」


「まあ、そうだな。お友達だ」


「じゃあ、リリーもおともだちになる」


「うん、じゃあちゃんとご挨拶しないとな」


「お姉ちゃんたち、よろしくおねがいします」


 そう言ってペコリ、と小さな頭を下げるリリーを見た二人が、目を瞬かせた後、その目を煌めかせてリリーの傍ににじり寄っていった。


「きゃああああ、なに、ラウルくんの妹さん? 可愛い、可愛すぎない?」


「これは……幼い頃のユリア様に匹敵する可愛らしさですね。ラウル様の妹君だとはとても……抱きしめても、いいですか?」


 心なしか鼻息が荒くなっている二人を前にびっくりしたリリーがラウルの後ろに隠れた。

 そして、顔を覗かせてジト目で二人を見据える。


「……お姉ちゃんたち、なんかこわい」


「あらあら、リリー、そんなこと言っちゃダメよ? お姉さん達はリリーと仲良くなりたいんだから」


「……はぁい」


「うふふ、いい子ね。じゃあお二人とも、客間を空けたから案内するわ。リリーも一緒にね?」


 ガイルが戻ってきたのを見て、エリスがそう言った。

 ガイルが客間を空けていたのだろう。


「よろしくお願いします。さ、リリーちゃん手、つなご?」


「ん」


 素直に応じるリリーに頬を緩めるユリアとフィーネ。

 二人は母娘に案内され、奥へと消えていった。


『あの子、めっちゃ可愛い……ホントにあんたの妹なの?』


「似てないけど正真正銘俺の愛しの妹だよ。初めてリリーを見た人はだいたいああなる」


『将来が楽しみなのか恐ろしいのか分からなくなるわね……』


「ふん、リリーに近づく男は俺が容赦しねえから大丈夫だ」


『ああ、あんたも筋金入りなのね……』


「――お前、誰と話しているんだ?」


 そんな会話をしているラウルを、ガイルが怪訝な顔をして見ていた。

 今更になって、ティルの声は基本的にラウルにしか聞こえない事を思い出す。

 端から見れば、独り言をぶつぶつ呟いている危ない奴に映った事だろう。

 しかし、これを説明するにはまた一から説明しなければならなくなるし、第一魔剣の事はおいそれと話していい事でもない。

 どうするべきか、と思案していると、再び脳内に澄み渡った声が響く。


『初めまして、ラウルのお父様。突然だけど自己紹介をするわ。あたしは魔剣ティルフィング。ティルって呼んでくれてもいいわよ』


「ぬ!? なんだこの声は!? げ、幻聴か……?」


「……親父、幻聴じゃないんだこれが。今喋ったのはこれなんだよ」


 ラウルが差し出す魔剣の鍔にある紫の宝石は光る。


「これが……喋ったというのか」


『あんたらこれこれ、ってその辺の物扱いしてんじゃないわよ……親子だからってその辺りまで似なくてもいいじゃないのよ』


 ガイルが訝し気な表情を浮かべる。

 当然だ。剣が喋るなど、聞いた事もないのだから。


「なるほど……本当に人格があるのだな――して、喋る剣というのはともかく、何故そんな剣をラウルが持っているのだ」


「……詳しい事は言えないけど、旅先で色々あって魔剣と契約することになったんだ」

 

「魔剣、とな……それは聞いた事がないが、もしや聖剣に類するものか?」


『そういう認識でいいわよ。聖剣と魔剣の根本的な力は同じだもの』


「つまり……我が息子は魔剣に認められた、という事か?」


『ええ、あたしがラウルを気に入ったから契約者として認めた』


 その言葉に、ガイルはしばし考え込むように瞑目して黙り込んだ。

 無言の間が少し出来た所で、ガイルが目を開けた。


「まあ、こうしてラウルが無事に帰ってきたのなら、今のところは害はないのだろう……しかしラウル、その魔剣がどのような力を持っているかは分からぬが、決してその力に溺れるなよ。平凡だと言われ続けてきたお前ならと思うが――平凡と言われ続けてきたお前だからこそ、とも思うのだ」


 ラウルを射抜くその鋭い眼光は、かつて現役の騎士であった頃の面影を残していて。

 その危惧はラウルの奥底にある醜い感情を握りつぶすような圧迫感を与えていた。

 ラウル自身、契約によって得た力だけでも少し慢心していた事は否めないのだ。

 もし、いくらその力に代償があるとしても魔剣の力を行使する時、その力に溺れてしまわないか。

 それは一抹の不安として、ラウルの中に芽生えていた。


「……ああ、分かってるよ」


「ならば、俺は何も反対はせん。お前が納得のいくように、思うようにやってみろ」


「……ありがとう、親父。この事は、母さんとリリーには言わないでおいてくれ――心配、かけたくないんだ」


「……そうか、分かった」


 重く頷いたガイルは再び庭で土いじりの続きをするのか、外に出て行ってしまった。

 しん、と静まり返る居間に、客間からユリア達の声が聞こえてくる。


『ねえ、あたしの力が……怖い?』


 盛り上がる女性陣とは裏腹に、重い表情を浮かべるラウルにティルが問いを投げかける。

 その問いに目を見開き、そして自嘲の笑みを浮かべる。


「……ああ、怖いさ。どんな力なのかも分からねえし、代償がある、だなんて脅し付きだ。だけどもっと怖いのは――俺がその力を使った時、俺が今まで努力してきた事は無駄だったんだって思い知らされる事だよ」


 ティルを持った時、こんなに手に馴染む剣は握った事がないという感覚があった。

 死にかけているとき、魔力の循環によって自己治癒能力の凄さを思い知らされた。

 どちらもラウル自身の力ではなく、ティルとの契約によって与えられた力だ。


 実際にティルの力を使った時、その力が強大であればあるほど。

 その力をラウルが使っているという事実に、ラウルは打ちひしがれてしまわないか。

 今まで決して届かなかった場所に貸し与えられた力で到達した時、今までの努力を否定されてしまわないか。


『はっ、あんたそんなことでぐちぐち悩んでんの? バッカじゃないの?』


「……は?」


 そんなラウルの言葉を一蹴したティルの態度に、思わず口が開いたままになった。


『だから、そんなくだらない事で悩むなんてバカじゃないのって言ってんのよ』


「くだらないって……何もそんな言い方することないだろうよ」


『そんな言い方にしかならないわよ、バカ。いい? あんたは契約の時に言ったはずよ。あたしに望むのは――守りたい人を守れる力だ、って』


「あ……」


『そこにあんた自身の力だとか、そうじゃない力だとか、関係あるのかしら? それでも気になるというのなら、どうやらあたしの見る目はなかったということになるわね、ふんっ』


「そう、だな……そう、だよな。ありがとう、ティル。なんかスッキリしたかも」


『……ま、まあ? 素直に感謝を伝えられる所はあ、あたしも見直したわ』


「俺も、そうやってすぐに照れるティルの事は気に入ってるよ」


『――ッ! は、はあ!? あ、あんた何言っちゃってくれてんの!? ぜ、全然、これっぽっちも照れてなんかないんだからああああっ!!』


 そんなティルの叫びは客間に居たユリアとフィーネにも聞こえていたようで、何かあったのか急いで居間に飛び込んできた二人が見たのは、ティルの照れ隠しの叫び声にただただ笑っているラウルだった。



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