第一章16 『王都帰還』
ラウル達はその衝撃的な訃報を聞かされ、急ぎ王都に向かっていた。
ルッツのはこの事を知らせる為に馬を替えながら走り続けてきてくれたらしい。
村で飼っていた馬と交換してもらい、ルッツは馬に、そしてラウル達は馬車に乗ってマイアトを経由し、今マイアトと王都を繋ぐ街道を走っている。
一番衝撃を受けていたのは、ジークムントかもしれない。
顔が青褪め、崩れ落ちそうになっていた程だ。
ぽつりとオリヴィエ様、と呟いていたが、王女殿下とは近しい間柄であるらしく、ジークムントの胸の内を占めているのはそれなのかもしれない。
ラウルがジークムントにちらりと視線を向ける。
報告を受けた直後よりは顔色はマシになっているが、それでも万全とは言えない表情で外に目を向けている。
とてもではないが、今すぐに西へ向かうのはできないだろう。
国家を揺るがす大事に、ジークムントもラウルも王国騎士として国を離れる訳にはいかなくなった。
「ごめんな、ユリアさん。ユリアさん達には関係のない事なのに」
「そんな事ない。私もユーティリス陛下にとてもよくしてもらったもの。誰がこんな酷い事を……」
沈鬱な表情をユリアが浮かべると、馬車の中の空気が重たくなった気がした。
それ以降、事態の深刻さに誰もが口を閉ざす。
ラウルもまた、王都に着くまでの間、外の景色をぼんやりと眺めるしかなかった。
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ユーティリス国王陛下が暗殺された。
それはどこから漏れたのか、瞬く間に王都中に知れ渡る事になり、混乱を生んだ。
そんな混乱を鎮めたのが、オリヴィエ・ヴァン・ユーティリス――暗殺されたフォルス王の娘であり、ユーティリス王国の王女殿下、その人である。
父の死を知ったその日から、オリヴィエは民に動揺を与えぬように尽力し、王族としての責務を果たそうと精力的に動いていた。
そうして心の内にある父の死の悲しみと、父を殺めた何者かへの怒りを紛らわしている。
政務などの難しい事は大臣達に任せてはいるが、民たちを安心させる為には、公衆の前に王族である自分が顔を出す必要があった。
オリヴィエに出来る事といえばそのぐらいで、されど何もしていないと悲嘆にくれてしまう。
「お父様……」
自室のバルコニーから空を見上げ、オリヴィエは一人になった所で呟く。
どうして父は殺されてしまったのだろうか。
優しく、そして民を想う国王だったはずだ。
暗殺者の正体が分からないままで、城内や王都では隣国のラクシュルナ皇国の陰謀ではないか、などと囁かれているのは知っている。
確かにラクシュルナ皇国とは戦争で多くの血を流し合った過去がある。
しかし、今は比較的良好な関係を築いていたはずだ。
ラクシュルナ皇国との関係を友好なものにしたのは父自身であるのだから。
あの日、父と最後に言葉を交わしたのは晩餐の時だった。
いつも通りに政務が残ってるからと、執務室に戻っていったきり、父は帰ってこなくなった。
彼が城に居てくれれば、父は死なずに済んでいたのだろうか。
もしも、なんてことを考えても仕様がないのは分かっているが、どうしてもふとした時にそれが頭に浮かんでしまう。
彼――ジークムント・シュトルムがここに居ないのが、とても不安であり、不満でもあった。
父の命令で王都を離れた事は百も承知だが、それでもジークムントならば、という思いが強い。
幼い頃から知っている、数少ない男の子。
オリヴィエにとって、ジークムントの存在は特別といっていい。
彼がここに居ないというだけで、こんなにも自分は弱くなるのか。
オリヴィエは自嘲に溜息を漏らす。
「ジークムント……あなたは今、どこにいるのですか……」
オリヴィエの呟きは、風に乗って流されていった。
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ラウル達が王都に戻ってきたのは、王都を出発してから十日後の事だった。
この十日の間にラウルにとって色々なことが起こりすぎている。
魔剣を探す旅への同行、火竜との死闘、魔剣と契約――そして、国王の暗殺。
最後のは国民全員に言える事ではあるが、その場に居なかったとはいえ主君である人を守れなかった事に、騎士として忸怩たる思いがある。
それはジークムントも同じか、それ以上かもしれないが。
王都に着いた時に抱いた感想は、思ったより落ち着いている、だった。
「オリヴィエ様が皆を安心させるように、公衆に御顔を出していらっしゃるんだ。落ち着いているのはその影響が大きいんだろう」
首を傾げるラウルに対し、ルッツがそう答える。
父親が死んだというのに、気丈に振舞っているらしい。
「オリヴィエ様が……」
ジークムントが痛ましげな表情を浮かべる。
ラウルにとっては雲の上の人であるが、ジークムントにとっては違うのだろう。
ジークムントがこんなにも特定の女性に対し、こんな表情を浮かべるのは見た事がない。
「ジーク、お前は先に王城へ行ってこい。俺達は第二騎士団の駐屯地に報告に行かなきゃならないから……ユリアさん達には俺についてきてもらうよ」
「すまないが、そうしてもらえるとありがたいよ――では、皆さん。申し訳ありませんが僕はここで」
「ええ、ジークムントさん、また後で」
ジークムントは頭を下げ、王城へと向かっていった。
そしてラウル達は一時帰還の報告をする為に、第二騎士団の駐屯地へと向かう。
駐屯地に着くと、ピリピリとした空気がしていた。
国王が暗殺されたことで、騎士の間でも殺気立っているのだ。
駐屯地の中を歩き、団長であるケルヴィンの執務室まで来た。
ルッツが執務室の扉を叩く。
「入れ」
中から返答があるのを確認して、ルッツを先頭に室内へと進む。
机の前で似合わない書類とにらめっこをしている、ケルヴィンがいた。
「ルッツ・ローエングラム、聖女様御一行を連れ戻し、只今帰還致しました!」
「御苦労だったな、ルッツ。お前は下がっていいぞ、体を休めておけ」
「はい、ありがとうございます! では、失礼します」
ルッツはそういって部屋から出ていった。
残されたラウル達三人を前に、ケルヴィンが口を開く。
「ルッツから話は聞いていると思うが……国家を揺るがす事態にお前やジークムントに知らせない訳にはいかなかったのだ、許せ」
「いえ、むしろわざわざルッツを使いに出してもらってありがとうございました」
「聖女様も……国の大事と言えど、使命に差し障る事となって申し訳ありません」
「い、いえ! そんなお気になさらず!」
頭を下げるケルヴィンに慌てるユリアが、頭を上げるように言う。
そして頭を上げたケルヴィンに、ラウルが訊ねる。
「今、どんな状況なんです? 話は聞いていたとはいえ、戻ってきたばかりで状況が掴めないのですが……一体何がそうなれば陛下が暗殺されるなんてことに……」
「陛下だけじゃない、その日陛下の近くに控えていた近衛騎士団長含めた近衛騎士も皆、殺されていた。決して実力がなかった筈がないのだが……相当腕の立つ暗殺者だったようだ」
「近衛騎士団長まで……一体どんな化け物なんですか、そいつ」
近衛騎士団長といえば、王国騎士の頂点に立つ男だ。
そんな男をもってしても、敵わない相手と知ってぞっとする。
「化け物、か……確かにそうかもしれないな。警備の目を掻い潜り、事が終わるまで誰も気付かない状態で近衛騎士や陛下を殺める力を持つ者なんて、そういるもんじゃない」
「そのとんでもない凶行に及んだ犯人の見当はついているんですか?」
その問いに、ケルヴィンは首を横に振る。
「それがわからないままなんだ。目撃者がいない。王都ではラクシュルナの陰謀なんじゃないかって噂でもちきりだ――ただ、気になる事が一つある」
「気になる事、ですか?」
「ああ、大臣から聞いた話なんだが……陛下はユミル教について調べていたらしい」
「ユミル教……!」
ユミル教と聞いて反応したのは、他でもないユリアだった。