第一章15 『次の目的地は遠く』
『な、なによ……あんまりジロジロ見ないでくれる? 失礼しちゃうわね!』
視線が集中して、居心地の悪そうな声色が部屋に響く。
視線をティルに向ける三人もまた、驚きのあまり固まっていた。
ラウルのように夢の中で話した後、死にかけの状態で魔剣が喋るのを聞いたわけでもない限り、これが通常の反応と言えるだろう。
「ていうか、お前の声って誰にでも聞こえるのか?」
『んなわけないでしょ。普通は契約者にしか声は届かないけど、ほら、あんたが紹介しようとしたから、あたしの力でこの三人の頭に直接伝わるようにしてあげてるのよ』
「なんだそりゃ……なんでもありだな、魔剣ってやつは」
『ふふん、すごいでしょ! もっと驚きなさいよね! ちなみにあんたと契約する前、気を失う直前に呼びかけたのもそういう事!』
「あー、なるほどな」
得意気に語るティルに返事を返すと、硬直から一足早く立ち直ったジークムントがラウルに視線を向けた。
「魔剣が……人格を持っているのか」
「ああ、俺も最初は驚いたけどな。ジークの聖剣はどうなんだ? 魔剣に人格があるなら、もしかしたら聖剣もそうなんじゃないのか?」
「いや、デュランダルは……」
『――ああ、そいつ寝てるわよ。ジーク、だっけ? あなたを契約者と認めていないみたい』
「え、お前、契約してないのか?」
「――ああ、そうだ。僕は聖剣に認められていない……そうか、どうすれば認められる事になるのかが分からなかったが、剣に人格があるのなら納得がいくね」
ジークムントは瞑目し、自嘲するような表情でそう言った。
聖剣に認められていないまま、それを使い続けている。
それは英雄と呼ばれるジークムントにとって、自分の力不足を浮き彫りにしているかのようだった。
『デュランは特に人を選ぶ奴だから、あまり気にしない方がいいわよ? 契約者と認めるのは、そいつがあなたを気に入るかどうかだし』
「……君は聖剣デュランダルの事を知っているのかい?」
『ええ、古い知り合いみたいなものね。……あたしはあんまり好きじゃないけど』
嫌そうな声色で聖剣を評するティルにジークムントは苦笑を浮かべる。
するとそこへ、ユリアが割って入ってきた。
「えっと、魔剣、さんでいいのかな?」
『ああ、名乗ってなかったわね。そう、あたしの名は――』
「魔剣ティルフィング。ティルって呼んでくれていいぞ」
『そうそう、ティルでいいわよ――ってあんたね! ……はあ、まあいいわ。それであなたは?』
「ユリア・エストルです。ティルちゃん、よろしくね?」
そういって微笑むユリアに、ティルは黙りこくった。
急に無言になったティルに、何かしたのかとユリアが怪訝な顔で首を傾げる。
『……もう一回』
「え?」
『も、もう一回呼んで!』
「ティ、ティルちゃん?」
『うん、うん。特別にそう呼ぶ事を許してあげるわ。特別よ?』
「うふふ、ラウルくん。ティルちゃんってなんだか可愛いね?」
嬉しそうな声色でちゃん付けの許可を出したティルを、微笑ましく見つめるユリアも可愛い。
そんな微笑ましいやり取りを、フィーネが遮る。
「しかし、魔剣の管理はどうしましょうか……ラウル様が契約してしまったとはいえ、教会の管理下に置かなければなりません」
「ラウルくんは私の護衛としてここに居てくれているんだし、このままで問題ないじゃない? 私が傍で管理しておくって事にして、ね?」
「……確かにそうですが、私たちは魔剣の危険性について何も知らないのですよ?」
「フィーネさんの懸念は最もだ。俺自身、まだティルの事を全て理解したわけじゃないからな。――でも、だからといってティルを手放すつもりは毛頭ない」
『ラウル……』
感動しているティルを横目に、ラウルはユリアとフィーネに頭を下げる。
「頼む。俺ごと魔剣の監視はしてくれていい。だけど、俺とこいつを切り離すような事はしないでほしいんだ」
「ラウルくん……」
「……もとより、私はユリア様のお考えに従うまでですので。ユリア様がお決めになられたのなら、私はそのお考えを尊重するまでです」
「……二人とも、ありがとう」
そうして空気が緩やかになったところで、ティルの気まずそうに声を上げる。
『なんだか申し訳ないんだけど、そもそもあたしとラウルを引き離そうとしても無理よ? あたしはどれだけ離れてようと契約者の手に戻ることができるもの』
「え、そうなの? なんだよ……マジで呪いじゃねえか」
『あんたいい加減にしないと呪い殺すわよ!?』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「火竜は討伐できて、文献に載っていた魔剣のティルちゃんも発見できた。うん、大戦果じゃない? ラウルくんのおかげだね!」
「いやあ、そんな褒められると照れるな」
『ユリア、あまりこいつを褒めないで。調子に乗るわよきっと』
先程のやり取りですっかり機嫌を損ねてしまったティルがユリアに釘を刺す。
何度も謝ったのだが、それでは足りなかったらしい。
再び腰に靡いた魔剣を撫でていると、今後の方針についてジークムントが口を開く。
「ティルさん以外に魔剣の情報がないけど、どうしようか」
『それなんだけど、あんた達はなんで魔剣を集めようとしてるの?』
「それは、女神マグナ様から神託を授かったからなの」
『――マグナ様から?』
ふと、ティルの声が真剣味を帯びる。
ユリアは困ったように首を傾げながらその問いに答える。
「うん、大いなる災いを防ぐ為に魔剣を集めろって……それでどう防ぐのか、どういう災いが起きるかは分からないんだけどね」
『大いなる災い、か……まさかね』
「なんだ、なにか心当たりでもあるのか?」
『気のせいだと思うから気にしないで。それで、あたし以外の魔剣の在り処が知りたいのね?』
「分かるのか?」
『一つだけ、場所は分かるわ。でも千年も前の事だから、確実ではないわよ。』
「いいさ。それでもそこへ行ってみれば見つかるかもしれないし、そうでなくても何か痕跡ぐらいはあるかもしれないだろ?」
『ま、それでいいならいいけど……あたしが知ってるのは、魔剣レーヴァテイン。場所は、このアウグスティア大陸の西に広がるクヌラン砂漠にある――ルフガルの塔』
魔剣レーヴァテイン。
新たな魔剣の名前を紡いだティルの声は、懐かしさと親愛を込めた声色だった。
「クヌラン砂漠といえば、ユーティリス王国の隣国であるラクシュルナ皇国の更に西に広がる砂漠ですね……」
「国を出て隣国も横断、となるとそれ相応の準備が必要になるね。一度、王都に戻って陛下に報告してはどうだろうか」
フィーネとジークムントの言葉にラウルも頷く。
次の旅は長い旅路になりそうだし、王都に戻って家族にも会いたい。
「じゃあ、ひとまず王都に戻ろうか。ユリアさん、それでいいかな?」
「うん、私達も王都の教会に報告しなきゃならないから、そうしましょう」
そう話が纏まった時、外から馬の嘶きが聞こえた。
次いで村長の声と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「き、騎士様、そんなに急がれて何の御用ですかな」
「すまない! ここに聖女御一行の方達が滞在していると聞いてきたのだが、急ぎ伝えたいことがあるんだ! 通してくれないか!」
「す、すぐに呼んで参りますので――」
「あれ? ルッツか?」
「ラウル! よかった、ここにいたんだな!」
よほど急いできたのか、息を切らしながらラウルを見て安堵の表情を浮かべる。
背の高くがっしりとした体格をした短髪の青年――ルッツ・ローエングラムは、第二騎士団所属の二等騎士。つまりはラウルの同期であり、友人であった。
「どうしたんだ、そんなに急いで……何かあったのか?」
「どうしたもこうしたもないんだよ……かなりヤバイ事が起きてしまったんだ」
「ヤバイ事とはどういうことだい、ルッツ」
客間に案内をして、四人と魔剣の前に立つルッツは、険しい表情を浮かべている。
そして、その口から重苦しく、国を揺るがすであろう事実を告げる。
「フォルス・ヴァン・ユーティリス国王陛下が――我らの王が……暗殺された」