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平凡騎士の英雄譚  作者: 狛月ともる
第一章 英雄譚の始まり
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第一章13 『強欲は国を欲する』



 ――時はラウル達が旅立った日に遡る。


 夜の静けさに満ちた王城の執務室に、一人の壮年の男が居た。

 諜報から報告の上がった書類を読み終わり、背もたれに体を預けて長い息を吐く。


「結局、所在すら掴めず……動いているのかどうかも分からぬか」


 壮年の男――フォルス・ヴァン・ユーティリスはある組織について探りを入れていた。

 元はかつて聖マグナ教が邪教、と排斥した宗教である。

 排斥されて表舞台からは消えたが、今も裏で暗躍していると言われている――ユミル教。


 聖魔戦争では魔族側についた事から邪神扱いをされている、巨神ユミルを信仰していると聞く。

 聖マグナ教で神託が降りた事から、何かしらの動きを見せるかとも思ったが、杞憂だったのだろうか。

 今や聖マグナ教は大陸全土に広がる信仰であり、このユーティリス王国も例外ではなく国民の間で信仰されている。


 だからこそ神託に従う聖女の旅に自国に騎士を護衛につけさせた。

 本来ならば聖マグナ教の聖騎士や教会騎士が随行するのだが、神託の内容が内容なだけに、教会が目立つ動きをしてユミル教を刺激する訳にもいかないという事で、聖女は一人だけ供を連れて旅立ったのだという。

 

 教会の方針はともかく、王国としては災いによって自国の民に被害が出る可能性がある神託を無視するわけにもいかない。

 そうして独自に情報を集めようとしたのだが、どれも空振りに終わり、フォルス王の口からは溜息しかでない。


 何も掴めないという事は、何もないただの杞憂なのか。あるいは――。

 嫌な考えが脳裏に浮かびそうになった時、執務室の扉を叩く音が数回鳴った。

 

「……入れ」


 こんな時間に誰が、とも思ったが、急を要する事かもしれないと入室を許す。

 許可をする声に対し、扉がゆっくりと開くと、そこには近衛騎士団長が立っていた。


「こんな時間にどうした。何かあったのか?」


「へ、陛下……お、逃、げくだ――がはあっ!」


 主君に危険を知らせようと必死に口を動かす近衛騎士団長の胸に、唐突に剣が突き破り、生えた。

 僅かに痙攣した後、全身に力が抜けたように動かなくなった近衛騎士団長の身体から剣が抜け、前に崩れ落ちた。

 その後ろに見えたのは、黒髪黒目の青年。


「こぉれはこれは、ユーティリス国王陛下に於かれましてはご機嫌麗しく――」


「貴様……何者だ。他の近衛の者はどうした」


「――邪魔だったから殺したナあ、オレの欲するものを邪魔するなら殺すしかないよナあ?」


 護衛を全滅させた、と黒髪の男は欲深い笑みを浮かべてそう言った。

 王国の近衛騎士団長程の男を殺した相手の不気味な雰囲気に汗が滲み出る。

 明らかにおかしいのだ。戦闘があったのなら物音や声などが聞こえてきてもよかったはずなのに、それがなかったということは、騒ぐ間もないほどに制圧されたとしか考えられない。

 それはつまり、目の前に対峙している男がそれほどに圧倒的な力を持っているという事に他ならない。


「アァ、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい! この世の富! 名声! 女! オレは全てが欲しいンだ! それがオレの存在意義であり、神から『強欲』の大罪をこの身に引き受けた宿命ッ!」


「貴様の欲望など知らぬが……ここまで乗り込んできた目的を聞かせろ」


 高笑いを上げながら己の欲望を語る男に、フォルス王は壁に飾られていた宝剣を掴み、それを男に向けながら言った。


「オイオイオイオイ! オレの欲を聞いてもまだ分からナいってのは、ちっとばかし理解力が足らネえンじゃンかよ?」


「……何?」


「『国』だよ、ク・二。富も名声も女もオレの欲望を満たせる素晴らしいモノじゃン? ――だから、あンたから奪いに来たってワケよ」


「ッ貴様! そんなくだらない欲望の為に近衛の者達を!」


「そのくだらナい欲望の為に、あンたは今からこいつらと同じように死ぬし、オレは存在してるンだよナあ」


 激高するフォルス王を鼻で笑い、男はフォルス王に死刑宣告をした。

 剣をブラブラさせながら、男はつまらなそうにフォルス王を見据えている。


「貴様は神から大罪を引き受けたと言っていたが……聖マグナ教ではないな。――ユミル教の者か?」


「ハハァ! ご名答ッ! よく分かったナあ? ちょろちょろ調べ回ってたからかナあ? いいぜ、どうせ死ぬんだし冥土の土産にオレが何者か教えてやるよ――オレの名はユミル教『強欲』の使徒、アウァリティア様だ。よぉく覚えてオレの欲望の糧とナれッ!」


 そう言って男――アウァリティアは、とてつもない速さで無造作に近づき斬撃を繰り出した。

 しかし、その斬撃はフォルス王の鋭い一閃によって弾き返され、アウァリティアの頬を掠める。


「あン? おっかしいナあ、あンたそこのおっさンより強いじゃンかよ」


「舐めるなよ小僧。王が剣など持たないとでも思っていたか」


 幼き頃から剣術に才を見出していたフォルス王。

 今でこそ政務などで体を動かす機会は少なくなったが、即位する前は魔獣討伐によく参加していたものだ。

 そうそう後れをとるつもりはないと、その剣気に表れていた。

 フォルス王の鋭く重い剣戟が、アウァリティアに防戦を強いる。

 じりじりと前に踏み込みながら、アウァリティアを壁際に追い詰めた時――欲望に歪んだ笑みが見えた。


「ふーン、あンた面白いナあ――その才、欲しいから貰うわ」


「ぐっ!」


 そう言った途端、アウァリティアの動きに変化が起こる。

 剣速に重みが増し、そしてフォルス王を上回る身体能力で押し返し始めた。


「安心しろよナあ? あンたには死んでもらうけど、美しい姫様は殺さずにいずれオレのモノにすっからさあ」


「貴様ッ……娘には手を出させん!」


「フハハハッ! ンな事言っても――オレの欲望の前には無駄ナンだよナあ!!」


 その剣戟の終幕は、迫る剣閃を完全に見切ったアウァリティアの剣がフォルス王の腹を貫いた事で閉じた。

 口の隙間から血が零れ出すのも構わず、引き抜かれた剣の先にいるアウァリティアに向かって術式を展開させて詠唱を紡ぐ。


「リグ・フラムッ――」


「――リグ・オール」


 フォルス王が放った火属性の上級魔術は、アウァリティアに当たる寸前、同じく上級の水属性魔術によって相殺された。

 それを見て、無念とばかりに膝から崩れ落ちた。


「室内でナンて魔術使うンだよ。冷や汗出たじゃン?」


「はあ、はあ……ごぼっ」


 口から大量の血を吐き出すフォルス王を一瞥して、アウァリティアは興味を失ったように背を向けた。


「あー、ナンか疲れたわ。今回はあンた殺すのが目的だったから国はまた今度貰いに来るわ――あ、そン時にはあンたいないンだったナあ」


 そう言って部屋から出ていくアウァリティアを力なく見つめたフォルス王は、そのまま前に倒れ込んだ。

 自分の命が残り僅かである事を悟ったフォルス王は、混濁した意識の中で何かに手を伸ばそうとするが、それも途中で動かなくなる。


「オ、リヴィ、エ……」


 愛する一人娘の名を呼んだのが、フォルス王の最期の言葉だった。

 そして翌日――国王が暗殺された事実に、王都中に激震が走る事となる。

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