魔を使いし者の野宿
「師匠も、相変わらず無茶をいってくれるもんだな!」
その男は、自らが熾した焚火の前で、言う。
手は日中狩りで手に入れたうさぎをさばいているところだ。
「しかし、今日で期限の30日目!これで、師匠も私のことを認めざるを得ないであろう!」
ひとりごとには少々、いや、だいぶ大きめの声量で話し続ける。
「この夜が明けたら、師匠のもとへ帰り、稽古をつけていただくのだ!」
座った状態でもわかるがっしりとした体格が、立ち上がることで、さらに威圧感が増す。
腰には一般的な長さの片手剣が下がり、背中にはこれもまた一般的な盾を背負っている。
彼は、ガスバティーン。魔法使いである。
言いたいことはわかる。
一般的な魔法使いのイメージは、決してがっしりとした体格はしておらず、杖を用いるものではないのだろうか、という疑問だ。
これはこの世界でもその認識で間違ってはいない。
そもそも魔力を使用して、現実世界に影響を及ぼすことを魔法とし、これは生まれ持ったセンスである。
生まれた瞬間に、魔法が使えるか否かが決まり、魔法が使える人間は、少ないわけでもないが、けっして多くはなかった。
それ故に、魔法が使えると認定されると、その家ではちょっとした事件である。
なぜか血筋は関係なく、どんな親からでも素質のある子供は生まれ、どんなに優れた魔法使いの親でも、素質のない子供が生まれることもざらであった。
ガスバティーンも、生まれて素質があると分かったときは、父親も母親もよろこんだものだ。
貴族であったガスバティーンの家は、最高峰の魔法の知識をガスバティーンに学ばせ、それ以外のことは甘やかし尽くして育てた。
そんな中で、ガスバティーンが自分のことを特別な人間であると思い込むのは、ある種、仕方のないことであったのかもしれない。
わがまま放題で過ごす幼少期のガスバティーンは、それは手に負えなかったという。
気に入らないことがあると、魔法を使い、人々を恐怖させていた。
両親は、そんなガスバティーンを何とかするために、家庭教師を雇うことを決めたのだ。
「しかし、あの時の自分は今思い出しても恥ずかしいな!あの時先生…いや、師匠に出会えたのはまさに僥倖だった!」
その家庭教師がガスバティーンに示したことは、ふたつ。
ひとつは、自分よりも圧倒的な魔法力。
ガスバティーンの扱う魔法なんか足元にもおよばず、初めて恐怖したことを覚えている。
そしてふたつめ。ある意味これが現在のガスバティーンを血肉となっている教えである。
「師匠から伝授していただいた、紳士道。あれのおかげで、私は今、こうして立派な紳士となれたのだから!」
手元では、着々と解体した肉を干し肉にする作業が行われていた。
試験は明日で終了であるが、転ばぬ先の杖。備えあれば憂いなし。
いまや、ガスバティーンの血肉となっている紳士道は、保存食を作る手を止める気はないようだ。
その時、ザザッと近くを何かが走り抜ける音がする。
近くといっても、彼がいる位置からは目を凝らしてやっと見えるほど離れた所からの音であり、今は夜中故、目視することはできなかった。
しかし、聞こえてきた音は複数体を示しており、最初に1体。
そのあとにまとまって3体ほどが駆け抜けるものであった。
そう、彼は家庭教師に出会ってから、いろいろなことを学び続けた。
紳士道とは、広く、深いものだと、師匠からおそわっている。
そんな彼には、2足歩行と、4足歩行の音の違いを見分けることなぞ当たり前のことであり、
すでに、その場から駆け出していたのであった。




