白の巫女と能力
その時の記憶は、私はほとんど持っておらず、ただ背の大きな大人たちに囲まれて、しかし距離があり、あぁこの人たちも同じなのだな。と思ったことだけであった。
村の大人たちは積極的にかかわろうとすることもせず、子供たちは、石と端的な悪口を投げかけてくる。
そのことは普通であったし、自分が望まれていない人間であることも理解できた。
髪が白いことも普通でないのは、周りの人を見て理解できていたし、なによりも、私だけしか見えてない人がいるということに気付いたからである。
その人は半透明ではあったが、確かにそこに存在しており、たまになら目が合うこともあった。
しゃべりかけてくることはなかったが、それはどの大人たちも同じことであり気にするほどのことではない。
しかし、周りに同じものが見えている人は一人もいなく、村長様にも、祈祷師様にもみえていなかったのだ。
確かに存在するのに、誰にも認識されないその人に同情の思いはなく、むしろ自分を重ね合わせることが多かった。
必要とされてない人間。
自分と同じその人をみると、同族嫌悪からか、嫌気がさしてくる。
そんな日が何日も過ぎ、村に大雨が降り続くようになった。
村の大人たちは、水神様がお怒りだ。生贄をささげなければならない、とひそひそと話すようになり、それが私になることは必然であるように思えた。
これが走馬灯というものなら、ひどく簡単で短いものなんだな、と思う。
しかし自分に残された思い出などそんなものであることもわかっている。
水神様、いやアイル様は生贄を必要とされなかったが、外に連れて行ってほしいといった。
私が何をしたわけでもなく、ただ私をヨリシロとすることで外に出れたらしい。
オオカミ4匹相手に生き延びれるわけもないが、最後に人、いや、アイル様の役に立てたのであれば、きっとそれが私のこの世に生を受けた意味であったのだと思う。
来るべき痛みを、静かに待つ。確かにオオカミのうち1匹は私を引き裂く勢いで、爪を向けたはずであったが、その時は一向に来ない。
いや、触れた感覚はあったのだが、血が出る感覚も、痛みの感覚もない。
死ぬほどの痛みの時は、痛みを感じないものだと思い、目を開き腕を見るが、そこには小さな切り傷が、今にも治癒していくところであった。
「一応言っておくがな」
それは、聞きなれた、なんならこの世で一番会話を重ねた声であった。
「俺は、水神様から御印をいただいた、元人間で、現水龍だ。つかさどる力は、ふたつ。
そのうちのひとつは「癒し」の力だ。おれの憑代であるサエがそうそう簡単に傷物にはされないよ」
もはや、傷跡も残っていない自らの腕から、蒼いオオカミに目を移す。
そこには、サエの隣に寄り添うように座っている、アイル様がいた。
よく見ると、私とアイル様の間に、薄い青い光のもやが通っている。
「そしてもうひとつは、「速さ」だよ。ほら、前をみてみな」
その声の通り、私は正面を見る。黒い毛皮が泥で汚れているオオカミ。
アイル様とは全く違う、汚く汚れている獣が、大きな牙を見せつけるようにゆっくりと私に迫っていた。
そう、ゆっくりとだ。
「正確には、サエが速くなっているんだ。ずっとってわけじゃないけど、俺の意思と、サエ自身の意思で、水龍の力を使うことができるよ。」
迫ってきた大口を軽く横によけながら、アイル様の声に耳を傾ける。
こんなにも私に話しかけてくる人はいなかったものだから、きっとアイル様は物好きなお方なのだろう。
「それに、サエが死ぬと、おれはあの洞窟の奥にまた舞い戻ることになる。それは嫌だから。
だからサエ、俺のために生きろ。お前が自分に生きる価値を感じていないなら、俺が与えてやる。
サエがいないと、おれは外の世界がみれないんだ。」
不思議な感情が湧きあがる。
必要とされることに飢えていた私を、一瞬で満腹にまでしてくれたようだ。
アイル様が俺のために生きろといった。それならば。
「はい、それがアイル様のお望みとあらば。」
私はその場を駆け出した。
横をぴたりと並走するアイル様と、獣4匹がだんだん離れていく様子を交互にみながら。
嬉しいという気持ちは、こういうことなのだろうと、考えていた。




