白の巫女と水龍
長い暗闇の向こうに、まるで祝っているかのように洞窟の出口が光ってみえる。
外に出るのはかれこれ幾年ぶりだろうか。
洞窟の外はいまだに雨が降っていたが、これも時期にやむであろう。
ぬかるんだ地面の上で、前足を前方にそろえてだし、背筋を伸ばすように、後ろに体重をかける。
「水神様。」
自分より少し遅れて洞窟から出てくる真っ白で腰まである長い髪の少女、サエが表情も変えずに呼びかけてくるため、その場で首だけを振り返り応える。
「その水神様というの、やめてほしいんだけどな。水神様じゃないしね。俺の名前はアイルっていう。あらためてよろしくな、サエ。」
「アイル様。こちらこそよろしくお願いします。」
その抑揚のない声と表情に、アイルは肩をすくめる。
「なぁサエ。サエはいつもそんな感じなのか?」
「すいません。アイル様のおっしゃりたいことがよくわかりません。」
「あーつまりだな、サエは楽しいこととか、悲しいこととか、許せないこととか、そういう気持ちを表に出さない子なのかなーとね」
「楽しいことは、何も思いつきません。悲しいことも、これといって別に。許せないことといえば、私がこの世に生まれてきたことをよく思っていない人がたくさんいたように思います。」
「…そっか。と、とりあえず人里のほうに動こう。まぁおれの”憑代”となったお前なら雨にぬれることがそんなに苦痛でもなくなっているだろうけど。」
そう、”よりしろ”この人形のような少女には、とてつもない巫女の素質があったのだ。
神に近い存在で水龍の俺を、しっかりと目で見て認識することができるのは、この世界に数えるほどしかいないであろう。
そのため、あの洞窟内の祠からサエに憑代を変えることで、このように久しぶりの外の世界に出ることができた。
「かしこまりました。アイル様」
先を行く俺の後ろを、一歩ほど遅れてついてくるその様子は、何を考えているかわからず、なんとなくさっきのサエの言葉が頭の中を回っている。
実体を持たない俺は、ぬかるんだ地面も気にならないが、人間の、しかも少女にはきつい路面状態であることは理解していたのだが。
「おっと」
おれは周辺の気配に足を止める。考え事をしていたこと、久しぶりの外界で感覚が戻るまでにまだ時間がかかるのだと、自分自身に言い訳をし、自分たちを囲んでいる気配に集中する。
「アイル様。どうかなさいましたか?」
「囲まれているぞ。数は4.まぁ相手はただの獣だからなんとでもなるだろうけどね。」
「獣というとオオカミでしょうか。アイル様を仲間だと思っているのですね」
「サエ、さっきも言ったが、俺の姿が見えるおまえは、特殊であり、地球上に何人もいる存在じゃないんだ。それは獣にも言えることなのよ。だから、獣たちが囲んでいるのは、俺たちじゃなくて、おまえだけ。あと、姿かたちが同じだからって、ただの獣とおれを一緒にするなよ」
「申し訳ありませんでした。それでは私はここでお別れということですね。短い間でしたがお世話になりました。」
どういうことだと聞き返す前にじりじりと近寄ってきていたオオカミ4体が姿を現す。
体格的には俺と同じくらいだが、その眼は俺ではなく、サエのことをじっと見ている。そのサエはというと、その場で正座になり目を閉じている。
まるですべてを受け入れるような、ここでこうなるのが自分の運命であるかのように。
そのうちに、1匹のオオカミが器用に前足をサエの腕めがけて大きくふるう瞬間
「なんだってこの娘は、こうも自分を大事にしないのかね」
おれは少しだけ、四肢に力をいれた。




