白の巫女と水神
「いや、え?ちょっとまって。」
それは不意に頭の中に響く声であり、不思議と居心地の悪いものではなかった。
「あの、おれ別に生贄とか必要としてないんだけど?人間とか食べないし。え、食べると思われてるのか・」
サエは顔を上げることなく、表情を崩すこともなく、ただただ床に頭をつけている。
「おれだってもともと人間だし。…まって、聞こえてない?嘘でしょ。独り言みたいになってる?
いや、直接頭の中に話してるから、独り言ってことはありえないことなんだけど」
「それでしたら、どうぞわたしの命をお好きにお使いください。そして怒りをしずめ、わが村をお救いください。」
「よかった。聞こえてたのはうれしい。あと、食べないけど、命はほしいなんてそんなこと言わないから」
「しかし、村の祈祷師様が神様が私を生贄として差し出さないと怒りが静まることはない。ともうしておりました」
「その祈祷師?よくわからんけど、おれはそんなこと思ったこともないから勘違いなんじゃない。」
「しかし、大雨を止めていただかないと村の被害は甚大なものになってしまいます」
「そんなしかししかしいわれても…まぁ、わかった。大雨は止めてあげるから、それでいい?」
「では、かわりにわたしを献上いたします。」
「そこ頑ななのはなんなの?もういいや、とりあえず…」
そこまで聞こえた後、少し間が開き、自分の体を何か不思議な感覚がつつみこむ。
いや、これは私だけではなく、地面も、洞窟も、そして多分この地域一帯全域を包み込んでいるものだろうとわかる。
「水龍の名において、この地に癒しを」
頭の中に響いた声をきっかけに、その不思議な感覚はゆっくりと消えていく。
「はい。すぐにとはいかないけど、これでもう大丈夫だよ。ついでに村の負傷者もね。」
「……」
今 確かに、人外の力が作用したのは感覚でわかる。
しかし、そんな簡単に解決できる問題であったのかと、サエは初めて顔を上げる。
目の前に広がる空間に変わりはなく、人影はない。
「もともと、この雨はこっちサイドの問題でもあったしね。」
「では、水神様。私を…」
「だから、いらないって!なんなのこの子…押しつけがましい贄ってなんなのー」
「しかし、そのお姿。」
そう、たしかにサエの目の前には人影はない。
代わりに、四足歩行の、毛並みの良い、鋭い牙の生えた、簡単に表せば、オオカミがおすわりをして、そこにいた。 普通と異なることといえば、オオカミ全体が蒼く光って、すこし向こう側が透けているということである。
「え、なにきみ。おれのこと見えてるの?」
「水神様であるかはわかりませんが、蒼く光ったオオカミならば見えております。」
「ほんとに?すごいねー人間に見られたのは初めてだよ。」
「申し訳ありません。気分を害するつもりはありませんでした。私にできることであれば、この命でも」
「だからもー君の命とか、おれまったくいらないのよー」
「しかしそれでは…わたしは、村に帰りを待つものもいません。ここで水神様への糧になる以外に・・」
「いらないものはいら…あー、んと、君の名前はなんていうの?」
「サエともうします。姓はありません。」
「よし、じゃあサエ。おまえには素質がある。私の姿を見ることができるのであろう。」
蒼いオオカミは、口を動かさず、その場におすわりしたままである。
「サエならできるかもしれない。俺をここから連れ出してくれ。」
「私にできることなら、なんなりと」
わたしは、そう答えた。




