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鴨~ 冬仕度、寒空の鴨

いよいよと、寒さが迫って参りましたな。紅葉たけなわの秋晴れの日もそこそこに、巷ではそろそろ冬支度に街路樹の伐採が始まりましたよ。柿の実色に染まったプラタナスや、すっかり葉を落とした銀杏の木、緋色の葉の美しいけやきなど、今は盛りですが、半月もすれば葉も落ち切ってすっかり寒々しくなることでしょう。

陽当たりのいい日中は気にならなくとも、夜風が身に沁みる夜になってきますと、やっぱり今日の温かいもの(と、言うのはすでに決定事項)は何にしようかなあと気にかかります。

定番の鍋ダネも思案のうちですが、寒さがしん、と来るようになると鴨などやはり、時に恋しくなります。鴨と言うとパーティに定番のスモークが定番ですが、あれは合鴨、アヒルとの混合種でありまして、煮くたらして食べるには野生の鴨が恋しくなります。

最近はなくなりましたが、母方の実家などからよく、鴨肉が届いたりしました。あのあたりの地はレンコンの栽培が盛んで、蓮田を狙って野鴨が現れるそうなのです。早朝に撃ったばかり、潰したばかりの骨付き肉などよく貰いました。合鴨に較べると野鴨はやはり脂が少ない分、肉が締まり、噛むと味わいの深いものなのですが、野生のためじっくり煮るしかなく(鴨に限らず、野生獣の肉はお腹を壊しやすいのです)、甘辛くすき焼き仕立ての煮ものにするしかありませんでした。鴨は血合いの多いせいか、冷えても肉にあまり汁が沁みません。出汁は脂いっぱい、濃いのですが、肝心の肉が余計に硬く締まり、食べにくいのです。しかも味わいが濃いので、一緒に似た葱や豆腐なども食べごろを過ぎてしまいます。なので大量にもらうと処理に苦労しました。骨抜きも念入りにしても思わぬ小骨があったりするし、ざりっと仕留めたときの散弾銃の鉛玉を噛んでしまうなんてこともあったり。

それでも野鴨は合鴨と違う捨てがたい味わいがあります。プロがちゃんと調理すれば、やっぱり美味しいのです。以前の会社で事務職をしていた時、年配の大先輩に佐倉城下の旧い店に連れて行ってもらったことがあります。そこでは前以て予約しておくと、野生の真鴨を鍋に仕立ててくれるのです。それは、すぐそこの印西の沼で猟師が網にかけたものらしく、散弾銃の弾丸の心配はありませんでした。

仕事上がり、お腹を空かせて空かせて待った後にやってきたのは、黒い鉄鍋に薄く張られた割り下に敷かれた赤い鴨肉。

付け合わせには、野芹と青みが勝った長く切った葱だけです。すき焼き風の酒と醤油、そして砂糖で甘みを加えた割り下だったと思いますが、これがまた絶品でした。家でやるようにくどい割り下ではないのですが、脂身が少ないと思えた鴨肉の脂と出汁をたっぷりと吸って、これがくどくもないのに、どっしりとしたお腹に響く手ごたえある味わい。しかもそれだけ旨味を出して、漂う鴨肉も決して味が抜けてはいないのです。

野生味ある赤い肉をぷっつりと噛み切ったときの弾力、沁み出す肉汁が堪らなく、言葉を忘れて食べてしまいました。「鴨に葱」と言いますが、この野鴨の髄を吸った青味の野菜の美味しいこと。じゅっと煮汁を吸った葱の優しさもさることながら、主張の強い芹が味をきっちり引き締めていて。もう至れり尽くせりです。

しかもこの店ではしめに、うどんを出します。鍋にさんざんに出した鴨汁で食べる、太目のうどんの美味さはまた、言うことありません。鍋だけで大満足でした。

これは合鴨はもちろん、他の鳥でも出ないならではの旨味だと思います。

わたしはその先輩と清酒を飲みましたが、食べては鴨の脂を清酒で流す心地よさに、ついお酒を過ごしてしまいました。しかしそんなわたしを後目に長年の深酒が祟ったのか、その人は一合しか飲めず、お店の人にたしなめられていました。それからそれでも何度か飲みに誘って頂いたのですが、お酒はどんどん飲めなくなりました。やがて病気で退職されましたが、今はもうお酒が飲めない身体になっているかも知れないです。

それから職場が変わったので、その店には一度しか行ってません。でも鴨、と言うと、その旧い店とその方があまり飲めなくなった冷酒を傾ける姿をつい、思い浮かべます。身体は大事にしないとな。野鴨は無理でしたが、今日は合鴨のローストを買いました。寒い夜に、古い料理屋の小上がりでつついた、鴨鍋の味と、それでも美味しいものでお酒をやめられない先輩の、なんとも言えない笑顔を思い浮かべながら、今夜も乾杯です(`・ω・´)ゞ


(2015年11月28日掲載)


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