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日常生活 / 消滅・接触

 ここ数年、彼女は毎日、通信機を手に半壊した通信塔に登っている。

 もしかすると、何かの通信があるかもしれない。

 そんな、希望にも満たない僅かな可能性に縋り、彼女は毎日塔に上る。


 というか、他にすることがなかった。


 「わかっておるよ。無駄だということくらいは、な」

 誰にとも無く。

 独り言も、既にルーチンワークに組み込まれている。

 「結局わしは、自ら死を選ぶことも出来ぬ哀れな自動人形という訳じゃ」

 自嘲の笑みを湛え。

 「…えい、クソが」

 その幼い外見とかけ離れた、言葉を流す。

 「という発言も、既に346回。最高連続記録更新、31日じゃな…」

 いつまで増え続けるのか。

 「変化が無いというのは、わしにとっては苦痛でもなんでもない、はずなのじゃが」

 僅かに残った塔の足場にちょこんと座り、傍らに受信モードに設定した通信機を置き、彼女は囁く。

 「変化がないというのは、成長が無いということか。我らの生存本能からは、ちっとばかし外れた生き方じゃが」

 自律機械の基本則を生存本能という単語に置き換えてみる。なんとなく、生物っぽい言い回しになったことに、わずかばかりの充足感を得る。

 「つまらんのぅ」

 息絶えた大地を眺めながら、彼女は溜息をつく。

 このシェルターから離れることについても、彼女は何度か試算してみた。

 だが、GPSも使えないこの地球で、彼女が移動できる範囲はあまりにも狭すぎる。

 そもそも、運搬可能なエネルギー源が少なすぎる。この体型では、せいぜい運べて3日分といったところか。

 「こんななりでは、車の運転もできんしのう…」

 走行可能な道路もない。数十年間整備もされず放置されたアスファルトは、とても接地車両で走れる状態ではない。浮遊車両は制御が難しすぎるため、彼女では、文字通り手も足も出ないだろう。

 そもそも、シェルター内で稼動可能な大型機械が少なかった。

 40年もの間、メンテナンスもされずに放置された機械類は、そのほとんどが深刻なダメージを受けている。特に電子回路の劣化が激しく、稼動可能なものは数えるほどしか見つかっていない。

 長期保存のためモスボールされていた装置も多数発見したが、封印解除作業が非常に難しく、未だに手を出せずにいた。

 「八方塞がりというのは、まさにこのことじゃ」

 ぷらぷらと足を揺らしながら、彼女は呟く。

 「ここから動くことも出来ぬ、外部と連絡も取れぬ」

 その外見どおり、かわいらしく頬を膨らませ。

 「かといって、何かすることがあるわけでもなし」

 外見に似合わず、だらだらと文句を流し続ける小さな唇。

 「せめて、隣のシェルターを目指すくらいしたほうがいいのかのう」

 溜息をつき、少女は空を見上げた。

 「稼動中の衛星にリンクできればいいんじゃが」

 だが、ほとんどの民生用衛星は寿命尽き、長期稼動を前提に作られた衛星にも、アクセスキーが不明のため接続できない。情報を垂れ流している学術衛星もあるにはあるが、結局、彼女の望む生存者の検索には役立たなかった。

 「ここのシェルターの設備を動かせば、衛星を打ち上げるくらいはできそうではあるんじゃが」

 問題は、どう考えても人手が足りないということだった。そもそも、彼女の体型ではコンソールを操作することすら限界があるのだ。

 「せめて、成人女性型ならばのう」

 もう少し、手足が長ければ。そうすれば、稼動可能な作業機械の制御もより容易に出来るのだろうが。

 「無い物ねだりは、埒も無い」

 故に、ただ彼女は待ち続ける。

 もしかすると、いつか来るかもしれない、通信要請を。


 彼女が「気が付いて」から、7年の月日が流れた。

 100年以上の使用を前提に建設されたシェルターの基幹機能は、未だに危なげなく稼動している。

 その日、彼女は通信の傍受範囲を空へ向けていた。

 1年のうち、何度かそういうことをしている。

 もしかすると、応答の無い衛星群から、何かしら情報が得られるかもしれない。そんな僅かな可能性を考え、ふと思いついたとき、彼女はアンテナを空へ向けるのだ。

 小さな体、小さな手でコンソールを触るその姿は愛らしいが、残念ながらそれを評価する人間はいない。

 「…む。また衛星が死んでおるではないか」

 既に大半が機能を停止しているGPS衛星だが、いくつかは稼動状態にあった。どうも、最近それらの衛星群が本格的に寿命を迎えてきたらしい。空を探査するたび、GPS信号が減っていくのがよく分かる。

 「寂しいのう…」

 無論、GPSは少なくとも4点観測が必要だ。今稼動中のそれらの衛星をどう合わせたところで、地球上でGPSを利用できる場所はほとんど存在しないのだが。

 「いままであったものが無くなっていくというのは…寂しいのう…」

 彼女は囁く。僅かながらとはいえ、その存在を主張していたものが次々と消えていく。その事実は、どうしようもない寂寥感を彼女の中に生み出す。

 当時、最先端にあった人工知能技術の生み出した人型自律機械は、人間とほぼ同等の感情表現を行うことを可能としていた。特に発展の目覚しかった、ニューロコンピュータの開発がそれを後押しした。様々な化学反応をエネルギー源に稼動する半生体部品も、同時に発展していた。そうして生まれたのが、彼女のような愛玩ロボットである。

 主人に寄り添い、まるで人間のように笑い、泣き、怒り、傷つく。そんな夢のような存在は、発売と同時に、人類もろとも消えてしまった。

 「結局、我ら姉妹達の中で、主人様にめぐり合えたのは何人だったのか」

 出荷直後、突如勃発した核戦争により、全て、無くなってしまった。

 もしかすると、彼女のようにどこかのシェルター内で稼動しているものもあるかもしれない。あるいは、放射線の影響を受けにくいという性質により、地上で生き延びたものも。

 「…、地上はない、か」

 核爆弾の発生させる電磁パルスから、生き延びることの出来た同胞など、いない。彼女はそう結論した。何らかの電磁的防護策があれば、生き延びられるのだろうが。地理的条件により被害を免れても、その後の爆風や高温に耐えられるとも思えないし、そもそも生き延びたところで栄養源や電源が確保でき無ければ意味はない。

 「わしは、幸運じゃったということか」

 たまたまシェルター内で難を逃れた彼女、さらにシェルター内に生存者が誰もいないという状況。それゆえ、電源や栄養源を自由に利用することが出来たのだ。もし生存者がいれば、そちらを優先するため彼女は自ら省エネルギーモードへ移行しただろう。

 いろいろな幸運が重なって、今、彼女はこうやって活動している。

 だから、この幸運を無駄にしないよう、彼女はずっと、生存者を探し続けていた。

 「無駄な努力じゃろうがの」

 それでも、やめるつもりは無かった。

 他にすることない。

 しばらく、アンテナの向きをいじっていると。

 「…お?」

 ここにきて、初めて、彼女はどこからかの通信を受信した。

 「ブロードバンド通信要求? なんじゃ、データ通信か?」

 彼女は、無用な期待はしない。もしこれが、音声通信であれば飛びついただろうが。

 「このプロトコルは…ん、ん?」

 ぱたぱたとコンソールを叩き。彼女は通信をデコードする。

 相手から流されてきたのは、いくつかのデータ・ファイルと、送信座標や速度情報などだった。

 「…、座標は…なんじゃ、長周期探査衛星か」

 しばらくデータの解析を行った後、彼女は溜息をつく。機械的な通信要求だったため期待はしていなかった。だが、それでも、もしかすると。そんな淡い期待も、立ち消える。

 「どこから帰ってきたのかは知らんが…ご苦労なことじゃのう」

 恐らく、ずっと前から通信は送っていたのだろう。ようやく彼女の操る通信アンテナでも拾える距離まで帰還した、といったところか。相手は機械とはいえ、同じ機械である彼女は僅かに同情した。

 「ようやく任務を果たして帰還しても、待つ人間は誰も居らんか…」

 衛星のコンピュータは、返信を求めている。だが、彼女にはどうすることもできない。何のデータを送ればいいのか分からず、そもそも送信プロトコルが不明だ。情報インフラが徹底的に破壊されたこの世界では、調べることもできないだろう。そもそも、遥か彼方の衛星まで電波を送信できる設備が存在しなかった。

 一応、添付されたデータファイルの解析も試みたが、高圧縮のバイナリ・ファイルであり、何の情報かは分からなかった。

 「まあ、こんなものよの…」

 ただ、少しだけ、日常に特異が加わった。とりあえずは、それを感謝しよう。

 しかし、何十年も掛けて帰還するような探査衛星があったのか。彼女は、むしろそこに興味が出た。もしかすると、過去記事のライブラリに何か残っているかもしれない。

 「時間だけは、腐るほどあるしのう…」

 ぱたぱたとコンソールを操作し、過去記事を呼び出す。それから、首筋から連結コードを引き出し情報転送の準備をした。画面を目で追うより、見つけた記事をさっさとダウンロードするほうが早い。

 「探査衛星…と」

 とりあえず、全文検索を掛ける。あまり詳しくは知らないが、数十年も掛けるのであれば、相当遠くまで行っていたはずである。惑星探査であれば、天王星や海王星あたりだろうか。

 「ふむ…おお、それらしいのがあるではないか。海王星探査…か」

 ざっと記事に目を通し、おおよそ目的のものであることを確認してから補助記憶にダウンロードする。記憶に取り込み、対外的に発表されている探査衛星に関する知識を仕入れた。

 「…海王星の大気に含まれると予想されている未知の化合物の探査、か。その調査を終えて戻ってみれば、誰も居らんと言う訳か…寂しいものよの」

 衛星から繰り返し送られてくるデータを眺めながら、彼女は囁く。

 「受け取る人間も居らず、あと数年で地球に帰還して、どうするのか」

 詳しい技術的資料でもあれば、彼女が受け取ってやることもできたかもしれないが。

 「つーか、なんじゃこのスペックは。組み立ては衛星軌道上、自己修復機構付き、半自動航行可能。遠すぎて制御できんという理屈は分かるが…どれだけ金かけとるんじゃ」

 思わず半眼になる。仕入れた知識からすれば、どうやらとんでもない化け物のようだ。

 「しかしそれも、全て無駄か」

 数十年も前に打ち上げられたものだし、彼女のような人工知能は有していないだろう。そもそも、数十年という長期任務では、擬似生体パーツの食糧問題が発生してしまう。だが、もし彼女と同じように感情を持っていたならば。“彼”は何を思うのだろうか。

 「ようやくミッションを終え、帰還に付き、ただひたすら、耳を澄ませて地球を目指し」

 しかし、彼を導くはずの声は、遂に届かず。

 「光学観測と航行記録から、地球の位置を割り出してなんとか帰還したんじゃろうが…」

 高度な自動航行機能を有していたお陰で、地球からの指令が無いまま、自力で帰還できたのだろう。

 「そうすると、もしかすると、全自動で大気圏突入までできるかもしれんのう…」

 最終的に、サンプルを持ち帰ることが目的だったようであるし。

 「分かるのは、2年後か」

 その彼が、地球に帰還するのはおよそ2年後。多少、楽しみが増えたといえば増えたのかもしれない。彼女に出来ることは、何も無いのだが。

 「近くに落ちたら、拾いに行ってやるかの」

 そんな、心にも無いことを呟き、彼女は他の位置へアンテナを向けた。

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