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「サシュ―たちが騒いでいる。お前が縄梯子を降りているときに、梯子を切るつもりだ」
「まさか、そんな! 俺は出ていくんだ。今更殺して何になる? 」
「あいつらはお前が息をするだけで気に入らんのさ。それに、俺はもう長くない。ここのところずっと腰が痛い。夜に眠れないほどだ。体も重くなり、足がふらつく。俺の体には何か、とても悪いことが起こっているらしい」
「ゴズ! 弱気になるな」
「逃げ腰になったわけじゃない。今の俺はもう、下池から遺跡までの道のりすら歩けない。長旅は無理なんだ、ジョアン」
ジョアンはゴズの顔を見て、その決意を悟った。もはや何も言えなかった。ゴズの肩を抱き、何も言わずに外に出た。家の外で待っていたゴズの家族に手を振り、彼らが家に入るのを見送った。そしてゴズの家に背を向け、歩き出したが、恐らく話を聞いたのだろう、女の泣き声が風に乗って切れ切れに聞こえた。
家に戻ると、クリシュナとルイが出迎えた。
「ゴズは残るそうだ」
そう言い、手短に理由を説明した。クリシュナは泣き、ルイは肩を落として座り込んだ。
「用意は整ったか。明日は早い」ジョアンはそう言い、寝台に腰かけてため息をついた。
朝日が昇る少し前。一行は村はずれの空地へと集合していた。
「皆揃ったか」
声をかけたのはゴズだ。浮かない顔の一行に、笑顔で声をかけている。
「ああ。揃っている」
答えたのはジョアン。その傍で、クリシュナが立ち上がった。涙をぬぐい、自身の頬をぱんぱんと叩き、声を張り上げた。
「さあみんな、行きましょう! うじうじしないで、笑ってお別れを言いましょう」
その笑顔に後押しされたのか、一行は涙をぬぐい、空気はにわかに明るくなり、何人かがゴズを囲み、別れの挨拶を交わした。そのまま梯子場まで進んだ一行だったが、行く手にサシュ―が立ちはだかっているのに気付き、とまどいの声が上がった。
「何だ」
ジョアンが進み出て対峙する。サシュ―は、片手に持った斧を見せびらかすように肩に担ぎ、前に出た。
「梯子を落としにきたのさ。もう俺たちには下池の食い物なんか必要ねえ。くっせえ獣が下から登ってきたら一大事だからな。ほら、さっさと降りちまえよ。ただし、二度と戻ってくるんじゃねえぞ。来たくても来れねえだろうけどな! 」
そう言って笑うサシュー。後ろには、弓を持った取り巻きが控えている。
「弓を置け」
進み出たのはゴズだ。
「今、弓は必要ないはずだ。斧も然り。彼らが無事に降りるまで、私が預かることにしよう」
ジョアンたちを指して言う。
「老いぼれが。もうお前の時代は終わってんだよ! 」
サシュ―と取り巻きが口々に嘲る。いきりたつジョアンの肩に、そっとルイが触れた。
「これを」
手渡したのは弓矢だ。
「ゴズの合図で」
言われて見ると、ゴズの息子たちやクリシュナなど、腕の立つものはすでに、総じて後ろ手に弓矢を持っている。
ジョアンに弓矢を渡したルイは、ゴズの傍に寄って一言囁いた。
「サシュ―、やめておけ。ここにいるのは腕に自信のある物ばかりだ」
ルイに頷きを返して、ゴズは腕をさっと振り上げた。その合図に、ジョアン以下戦士たちは弓矢をかまえ、サシュ―に狙いを定める。その一糸乱れぬ統率に、サシュ―はたじろぎ、顔を歪めた。
「ちっ」
斧をゴズの足元に投げる。取り巻きたちも、次々に弓矢を放り投げ、両手を上げた。
ルイが弓矢と斧を集める。ゴズは斧を持ち、縄梯子の降り口に陣取った。
旅人たちは、続々と降りてゆく。風雨にさらされもろくなった梯子であるから、一度に大勢は降りられない。母は赤子を抱き、子供たちの下には父親がついて落ちないように目を配りながら降りてゆく。一組が降り切ってから次が続く。最後に残ったのは、ゴズとジョアンであった。
二人の戦士は目を見交わし、最後の別れをした。




