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それから、上池のほとりで生まれる子は、全て灰色の子であった。
白い人との不義を疑う夫はいたが、女たちは結束して、それはあり得ないと主張した。そのとき、女たちは決まってこう言った。「クリシュナの子は茶色いわ! 」
そのうち、上池のほとりでは灰色の子が生まれるものなのだと皆は受け入れ、クリシュナがまた茶色い子を産むころには、ヨサクがレイアのもとに日夜謝りに来てレイアがそれを撥ねつけるのが、笑い話になっていた。
上池のほとりでの生活は、とても楽なものであった。狩りに出る手間もいらず、流れる水は清浄で、腐れ病の危険を孕む沼地は存在しない。力仕事をしないから村人の腕は細くなり、狩りに出てきつい日差しに晒されることもないから、皮膚は柔らかく、滑らかになっていった。
女たちはこの変化を喜んだが、ゴズやジョアンなどかつての戦士たちは、「まるで女になっていくようだ」と苦い顔をした。サシュ―もかつては戦士であったが、こちらはこの変化を喜び、「まるで白い人の肌じゃねえか」と笑った。
その言葉を聞いて、ジョアンは鳥肌が立った。
「同じことが続いていくんだ、ずっとずっと」
いつかのルイの言葉を思い出す。
もしも、このまま自分たちが白い人になっていくなら、いつか弓の業も絶えたころ、すっかり黒い人になったクリネイの子孫に、またこの地を奪われるのだろう。そして、生き残った俺たちの子孫がまた黒い人となり、白い人となったクリネイの子孫からこの地を奪うのだろう。
逃れられないのだ、この地にいる限り。
それは恐怖であった。ジョアンは、ゴズやルイ、クリシュナ、そして遺跡にも足を運びクリネイに会って、この話とある思い付きを喋った。
「おれは、ここから離れたい」
その言葉を聞いた相手の反応は様々であったが、最終的に、多くの人々がジョアンに賛同した。
「出ていくだと? 」サシュ―は訝しげに聞き返した。
「どこへ行くと言うんだ。また、下池のほとりに住むというのか? 」
村の集会でのことである。ジョアンは、この地に住む限り起こるであろう繰り返しのことを話し、賛同者を募ったのだ。
「下池よりもっと遠くへ行く。上池の乗る台地が見えなくなるところまで」
「お前は阿呆か? ようやくこの素晴らしい土地を手に入れたというのに、何故他所へ行く。ここにいる限り辛い労働をしなくていい。少し歩けば美味い果物が食え、すぐ傍にきれいな水がある。ここよりいい場所がどこにある」
「サシュ―の言い分はもっともだ」ジョアンは答えた。
「ここは素晴らしい土地だ。だが、おれにはそれが気に入らない」
「どういうことだ」サシュ―の問いに、
「ここは素晴らしすぎる」ジョアンは答えた。
「ここは、まるで玩具箱のようだ。俺たちは素晴らしい餌に釣られてここを離れられない玩具のようだ。俺たちが堕落し、かつて追い落とした下池の住人にこの場所を奪われるのを、楽しんでみている何かがいるように思えてならない。ここにいる限り、俺たちは操り人形のままだ。俺はそれが我慢ならない。俺たちの子が、また何かの操り人形として生きるのが嫌だ。だから俺はここを出る。上池の魅力という糸を切り、自分の道を歩く」
「お前は何を言ってる? 」サシュ―は首を捻った。
「俺は出ていくということだ。ついてきたいものがいれば、一緒に行こう。それを伝えに来たのだ」
ジョアンの言葉を、ばかげていると笑い飛ばしたサシュ―であった。ほとんどの村人はサシュ―と同じ反応をしたが、数人、集会が終わってからジョアンのもとを訪れる村人もいた。
その中から旅の苦痛に耐えてでも出てゆくという者を仲間に加え、ジョアンは旅立ちの準備を始めた。
出立の日があと3日に迫ったある日のことだ。ジョアンはゴズからの使いを受け、ゴズのもとを訪れた。
「なんだ」ジョアンの声に振り向いたゴズは、少し会わない間にげっそりと痩せ、頬がこけていた。
「どうしたんだ! ゴズ、具合が悪いのか? 」
ジョアンの言葉を遮るように、ゴズは言った。
「俺は残る」
その言葉はジョアンにとって、まさに青天の霹靂であった。
「ゴズ! 何を言う。一緒に行くんだろ!? 」
ゴズはゆっくりと首を振った。




