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ある日、ジョアンのもとをルイが訪れた。
「また遺跡に行きたいんだ。一緒に行ってくれないか」
ジョアンは了承し、クリシュナをゴズのもとに預けて村を出た。
崖の上と崖の下は、一本の縄梯子で繋がれている。崖の下に行きたいものは、見張り番に申し出て縄梯子を降ろしてもらう。申告しておいた帰りの時間になると、崖の下で待っていれば、見張り番が縄梯子を投げてくれる手筈になっている。この仕組みを考えたのはルイだが、ほとんど使われていない。
「降りたいんだ。帰りは夕方になると思う。…ゴズに許可をとってある」
ルイは見張り番にそう告げた。
「ゴズの許可が要ったか? 」
縄梯子を降ろしている間、ジョアンが疑問に思って尋ねた。ジョアンの聞いた話では、許可をとる必要はないはずだからだ。
「許可は要らない。でも、こういっておいた方がいいんだ」ルイが答えた。
「僕もジョアンも敵が多いからね。縄梯子の代わりに矢が降ってきてもおかしくない」
「そんなことはないだろう」ジョアンは驚いた。
「用心し過ぎってことはないよ。ジョアン、君は自分で思っているより重要人物なんだ」
ルイはそう言い、用意のできた縄梯子に足をかけた。
梯子を下り、歩き始めたが、追い落とされた白い人たちの姿は見えない。
かつてジョアンたちの村であった場所も見たが、人影は見えなかった。
「誰もいないな」ジョアンが呟くと、「だろうね」とルイが答えた。
「知っていたのか? 」ジョアンの問いに、ルイは首を振った。
「知らなかったよ。でも、こうなるだろうと思っていた。ここは、彼らが住むには獣が多すぎるんだ」
ジョアンは、襲撃のときの白い人たちの様子を思い出し、納得した。下池の周りに住むのは、牙を持つ獰猛な獣ばかりだ。鼠でさえ近づけば牙をむく。弓の業を忘れた白い人たちに、敵う相手ではない。では、彼らはどこに行ってしまったのか?
「僕の考えが正しければ―、彼らはきっと遺跡にいるよ」
心を読まれたかのようなタイミングに、ジョアンは驚いてルイを見た。
「白い人のことを心配してたでしょう。ジョアンは考えてることが顔にでるからね」
ルイは笑いながら言った。
「あの遺跡は遠くからでも目立って見つけやすい。獣もいないし、湧き水もある。最低限の生活はできるよ」
ルイの予想は当たっていた。遺跡に近づくと、子供たちが遺跡の周りを走り回っているのが見えた。
ジョアンとルイの姿を見ると、子供たちは悲鳴をあげて逃げ惑った。その悲鳴に遺跡の中から女たちが飛び出して、二人を見て目を丸くした。
「大丈夫だ! 危害は加えない」
ジョアンは弓を背負い、両手を高く上げて近づいた。ルイも同じように手を上げている。子供たちを崖から降ろした二人だと気が付いたのだろうか? 女たちが、そろそろと岩陰から顔を出した。
そのとき、
「だめだ! 戻れ! 」
ジョアンが叫んだ。女たちが隠れる場所とは別の場所で、弓を構える男の姿を見たのだ。
男の放った矢は、ルイの足元を掠めた。ジョアンは素早い動作で背負っていた弓を降ろし、矢をつがえて狙いを付けた。
「撃っちゃだめだ。ジョアン! 」ルイが叫ぶ。
ジョアンは矢を構えながら叫んだ。
「矢を下ろせ! お前の腕じゃあ死ぬだけだ! 」
構えた弓矢が不自然に揺れ、相手が動揺したのが分かった。
「何もしない! 少し、遺跡の中を見たいだけだ! 」
ジョアンの声が響く。少しして、男は弓を下ろした。
「ふう」
ジョアンは、溜めていた息を吐いた。冷や汗に濡れた脇が冷たい。
「大丈夫? 」
ルイが気遣わしげに尋ねる。
今まで数知れない獣を仕留めてきたジョアンであったが、人を射る経験はなかった。襲撃の訓練のときも、先行部隊は実戦訓練を免除されていたから、人の形をしたものに矢を向けるのは、これが初めての経験であった。
「ああ。だが、ここは危ない。今日は止めておくか?」そう言うと、
「大丈夫だよ。カンだけど」とルイが言った。
「ほら、君が助けた子供たちだ」ルイに促されて遺跡の方を見ると、子供が何人か、手を振りながら駆けて来るところだった。




