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上池と下池  作者: 巳島想院
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滝と崖で隔てられた、大きな池がある。

滝の流れる上流の方を上池、流れ落ちる下流の方を下池と呼ぶ。

密林に覆われたまっ平らな地面に、円柱をひとつ突き刺したような台地を思い描いてみるといい。切り立った崖によって周囲の密林と隔絶し、その台地の上には美しい花と果実があふれ、人々は飢えることなく暮らしている、そんな台地だ。上池は、その台地に湧き出る清らかな池だ。

上池のほとりには美しい声を持つ白い人々が住み、下池のほとりにはたくましい腕を持つ黒い人々が暮らしている。下池のほとりに住む人々は、かつて上池のほとりに住んでいたという。住処を追われ、崖から落とされた生き残りの彼らは、自分たちから美しい住処を奪った白い人々に、長らく憎しみとも畏敬ともつかない思いを抱いていた。

長老たちは口々に言った。「白い人々には敵わない」

長老たちの話では、白い人々は弓の名手であり、その昔白い人々に反乱を企てた若者の一団がいたが、崖を上りきらないうちに上から矢を射かけられ、ことごとく撃ち落とされたのだという。その事件を間近に見た、遠い祖先の長老たちは、白い人々に逆らうことを禁忌とした。以来、黒い人々と白い人々との間には、いかなる交流も持たれていない。



さて、下池のほとりに、ジョアンという逞しい若者が住んでいる。村一番の狩りの名手で、次期村長との呼び声も高い。

「ジョアン! 」

狩りに出ようとするジョアンに、声をかけたのはルイである。痩せた土壌に住む下池の人々は、体を鍛え、狩りをして暮らすのが普通であったが、ルイは弓を持つより書を読む方が多く、口さがない者たちからは青瓢箪と呼ばれ馬鹿にされていた。

「何だ、ルイ」

「また遺跡に行きたいんだ。でも一人じゃ心もとないから、君と一緒に行けたら…」

口ごもる。無理もない、遺跡は遠い荒れ地の中にある。道中獲物もなく、ジョアンにとっては迷惑な申し出でしかない。

「ああ、また調べ事か。今から出るならかまわない」

「いいの? ありがとう、ジョアン」

「気にするな。今から出れば帰りに狩りをする時間も取れる。そのかわり、また矢を作ってくれ。お前の矢は使いやすい」

そう言うジョアンであったが、ルイはそれが自分を気遣っての言葉であると分かっていた。


動物の胃袋を加工した水筒に水を詰め、腰に命綱を巻き、松明を持って二人は進む。先を行くのはジョアンだ。ルイは、背後から方向を示す。目的の部屋への道は全て頭に入っているのだ。

「ここだな」

「うん」

そこは大きな部屋であった。自然の洞窟を人が加工したものだ。床には砂がまかれ、硬い石の衝撃を和らげている。壁には亀裂が走り、明り取りの役目をしている。ルイの目的は、その部屋の壁画であった。

「前は遅くに来たから、全部写せなかったんだ」

そう言いながら夢中で壁画に向かうルイ。しばらくして、声をあげた。

「ねえジョアン! これを見て」

ルイが指していたのは、親子連れらしき絵であった。だが、その家族は

「色が違う? 」

ジョアンは首を傾げた。

「そうなんだ! この小さい人だけ色が違う。今までの絵は皆輪郭だけだったのに、これは塗りつぶされている」

「どういうことだ」

「わからない。僕は今まで、この遺跡は僕たちの祖先…黒い人の祖先のものだと思っていた。でも、この塗りつぶされた絵が黒い人の事だとするなら、この輪郭だけの方は、白い人々のことなのかもしれない」

「俺には分からない。どういうことなんだ? 」

「僕にも分からない。とにかく、ここの壁画を全部写してしまうよ」

そうしてルイは壁画を写し、二人は遺跡の外に出た。帰り道、ルイはずっと写し取った紙を見ながら考え事をし、何度かつまづいたところをジョアンに助けられた。ジョアンの方は、壁画の謎も気にかかったが、それよりも狩りの方を重視し、矢をつがえながら獲物の姿を探していた。

2羽の鳥を狩り、投石で一匹の鼠をしとめ、拾いに行くためにルイと離れたときのことだ。

「ジョアン! 」

ルイの叫び声がした。駆け戻ると、村長ゴズと、その取り巻きであるサシュ―がルイの持つ壁画の写しを取り上げるところだった。

「ゴズ! サシュ―! 何をする! 」

「ジョアンか」

答えたのはゴズだ。狩りをしないルイを臆病者だと見下している。

「お前のような男がなぜこいつに目をかける? 絵ばかり描いておこぼれで暮らすような奴だ」

「ルイの研究はいつか役立つ」ジョアンは答えた。

「狩りもできない男が何の役に立つ」ゴズは吐き捨てた。

「研究とやらがしたければ、自分の食い物を狩ってきてからすればいい。それで初めて一人前の男だ」

そう言ってルイを睨む。

「分かった。とにかくそれを返せ。大事な資料だ」

そう言って近づくと、ゴズは意外にもあっさりと手放した。

「ジョアン、俺たちは新月の夜に上池を襲う。向こうの警戒が緩んでいるうちが勝負だ。初手で決める」

「なんだと? 」

「もう決まったことだ。村の半分が参加する。盾を用意しておけ」

そう言ってきびすを返したゴズに、ジョアンが食い下がった。

「まて、俺は聞いていない。いつ話し合いをしたんだ」

「お前が狩りで留守にした夜だ。諮ったわけじゃない、偶然だ。 ジョアン、お前はまだ若い。子を持つ親の気持ちは分かるまい。 …先月イーダのとこの長男が死んだ。腐れ病だ。腐れ病の特効薬、カバの実が上池から流れてくることがあるのは知ってるな? 子供が熱を出してから、イーダは食事もとらずに滝をずっと見ていたよ。滝から落ちてくるのは役にも立たない花ばかり、子が死んでイーダの涙も枯れてしまった。俺の子も昔腐れ病で死んだ。他にもそんな子供はたくさんいる。 いいか、俺たちが上池のほとりに住めば、もう腐れ病で子供を失くすことはないんだ。」

ゴズはそう言って去った。


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