一日目終了
「ははぁ。今夜の食卓はそういったことで、この量ですか」
食卓に並ぶ大盛りの品々に富助さんは合点がついたと頷く。武之さんは我が目を疑うと言わんばかりに目を丸くさせて食卓を凝視している。絹子さんはあらまあ、と嬉しそうに表情を輝かせていた。
大盛りの白米。大根と豆腐たっぷりの味噌汁。カボチャのコロッケの隣には山盛りのキャベツの千切り。人参と蒟蒻が入った煮豆。そして富助さんの漬物。
「品数はいつもどおりだけどよ、コロッケ三つも食っていいのか!」
「今日は三人分の働きですもの。たんとおあがりなさい」
僕と澄江さんと絹子さんの三人だ。
「いよっ!太っ腹!鬼の目にも涙ってのがおめぇにあるとはなぁ」
「やっぱり貴方は冷や飯でも食べてなさい」
澄江さんが微笑みを絶やさず箸を持つ武之さんの手首をギリギリと掴む。当の武之さんはその力に屈しまいと抗いつつ、こちらに笑顔を向ける。
「ありがてぇ!旦那のおかげでさぁ!旦那さま様でぇ!」
「ど、どういたしまいて。それより手首が鬱血・・・」
「本当にありがとうございました。澄江が楽しそうに料理に励むことができたのもお客様のおかげです」
二人を止めようとする自分の後ろから絹子さんがお礼を言う。この二人の物理的な攻防戦は気にすることはありません、と暗黙の言葉があるように思えた。
「僕もお手伝いができて嬉しかったです。迷惑じゃなければ良かったのですが・・・」
「いやですわ、お客様。この食卓を見て迷惑を被ったなんて言うとお思いですか?」
澄江さんはふふんと誇らしげに手を広げて食卓を見せる。この豪勢な食事を作るのに携わったと思うと鼻が高い。澄江さんが家事の仕事に熱意を持って取り組むのも分かる気がした。
「あの、絹子さんや澄江さんには言ってあるのですが。僕が記憶喪失のせいか、書庫には手がかりになる書物がほとんど入っていなかったんです。中には文字が消えている所もたくさんありました」
すると富助さんがうーむ、と顎を摩る。
「あそこはやはり現在のご客人に関係しているのでしょうなぁ。しかし、ずっとあのままということはないはずです。そうでしょう、お嬢」
「えぇ。お客様が自我に目覚めていけば書庫の中身も変わっていくものと思われます。ご自分に記憶が無い状態でも、書庫には変化があるかと。明日には書物の数や、白紙が埋まっている箇所がありますよ。お客様はご自分という存在に歩み寄ったのですもの」
他の三人もうんうんと頷く。一人称の変化に気付いてくれていたようだ。湧き上がる嬉しさを抑えて、拳を握る。
「皆さん。一つだけ、頼みがあります」
朝もこんなことがあった。客の分際で要望が多いな、と自分自身に心の中で苦笑した。
「僕は皆さんの手厚い歓迎に心から感謝しています。そのおもてなしに、僕ができるお礼がしたいです。お礼といっても、お手伝いとか手助けぐらいしかできないのですが・・・」
武之さんと富助さんは驚いている。絹子さんは変わらず見守る眼で僕を見守ってくれている。澄江さんは頑張って、と両手を握り合わせていた。
「僕は客人としてこの家に迎え入れられていることは分かっています。でも僕のためだけじゃなくて、この家で過ごす皆のために働く皆さんと同じように、僕も皆さんのために力になりたいんです。自分だけじっとしているのは我慢できません」
もっと言いたいことはあるが、上手く言葉に出てこない。でもきっと、これが正解だと思う。本当に言いたいところは全部言えた。
「皆さんに手助けなんて必要が無いくらい分かっています。すごい技量があることも。だけど・・・」
「おぉ!でしたら明日のキュウリの収穫を手助け頂きたい!」
手をパンッと合わせて富助さんは言った。あまりにもすんなりと受け入れられて、きょとんと呆ける。理由を聞かれるとか、遠慮されたりとか、そんなやり取りを身構えていただけに面食らう。
「漬物と間食用に多めに作ってしまいましてなぁ。人手はいくらあっても困らないのですよ」
「明日は油揚げの特売日なんです。お買い出し、明日もお願いできますか?」
「じゃあ酒を酌み交わしちゃあくれやせんかいでででででででで!腕!痛えって!」
本格的に武之さんの腕を鬱血させようとする澄江さんを富助さんが止める。その光景にも、三人の言葉にも呆気にとられていると横からくすくすと絹子さんが笑う。
「私もお洗濯は常々、殿方の方のお力が望ましいと思っていたのです」
「絹子さん・・・」
「明日から大忙しになりますよ。お客様」
僕は胸をトンと叩いてみせる。
「望むところです。収穫、買い出し、晩酌、風呂洗い。何でも来いです」
ここの女性の好戦的な性格が移りつつあるようだ。
「さあ。それでは今夜は遠慮なくお腹いっぱい召し上がってください。各々、明日の仕事に備えましょう。いただきます」
『いただきます』
鈴虫が一匹、りりり、と音を奏でた。




