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地獄の使い-2

「さて。そんじゃ・・・思い上がりも甚だしい獄卒に、自分と同等の力で打ちのめしてやりましょうかねぇ!」

「ほざくな。ひれ伏すのは貴様の方だ。大手を振って紛い物の力を振るう軽率さが己を滅することと思い知れ」


 双方、勢いよく地面を蹴り上げて再び剣戟が始まった。鬼の角を生やすと本来の力を発揮されるのか、先ほどよりかなり派手な戦いだ。剣技の中に巧みに組み入れられた蹴り技、受身、跳躍、投げ技。総じて人離れした動きだ。僕は今、本物の鬼同士の戦いを見ているんだ。人間同士で段取りが計算し尽くされたお芝居の戦いを見ているのではない。


「ぬるい太刀筋はてめぇじゃねぇのかぁ!?見くびるのも大概にしろ!」

「あぁ、見くびっているとも。出来損ないに角の全力を使うのはあまりにも無駄な消費。角を生やした俺が相手しているだけ光栄に思え」

「そんな力じゃ物足りねぇっつってんだろ!」


 こんなにすごい戦いを罵り合いながら打ち合っている。それでいて息切れの一つも起きないなんて信じられない。

 あの虚無僧、もとい牛頭の狙いは僕の魂らしい。なのに戦っているのは武之さんとは是如何に。守られているだけなんてあまりにも惨めじゃないか。だけど相手は鬼だ。ただの凡夫との力の差は圧倒的だ。何か投げつけて隙を作ってみるのはどうか。じゃあ傘を、と思い立ち上がろうと膝に手を置いた。その時、後ろから紙が擦れる音がする。


「・・・?」


 ズボンの下から聞こえた。ズボンを触って確かめると、ポケットに入っていた紙切れを見つけた。


「そうだ、これがあった・・・!」


 僕は澄江さんから貰った『お守り』を持っているじゃないか!

 悪霊に襲われたその日に、澄江さんは僕にこれを渡した。『生と死の境界に侵入した異形の者の依代を祓う札』、と言っていた。何でも既存の世界とは違う世界に存在するには、その世界に現界できる別の体が必要だそうだ。この札を貼られた異形の者は現界する体がどんどん朽ちていく。依代の体はこの世界からは消え去り、異形の者は暫く現界できない。

 隙を見てこれを貼れば、足止めくらいにはなるはずだ。そう決心して前を向いた僕の前に牛頭が後ろに大きく飛びのいて膝を付く。考え事をしていたせいで反応に遅れ、慌ててずり下がった。


「うわわわ!」

「やべっ!」


 武之さんは慌てて突きで間合いを詰めた。牛頭は地面に置かれた手で落ちていた傘を掴む。僕が渡した傘だ。その傘を手にすると間髪入れず目の前でバッと開く。


「んだと!?」


 相手の姿が隠れて武之さんの刀の軌道がずれた。刀は傘を貫くも牛頭に当たることはなく頬を掠める。牛頭は貫く刀を軸に任せ、傘から手を離す。そして武之さんの刀を躊躇わずに素手で掴んだ。左手から血が滴る。


「どうだ。貴様が望んだ鮮血だ。何、見えないと。では傘に覗き穴でも作ってやるか」


 牛頭は右手の刀で傘越しに突き刺す。


「うッ・・・!」


 同時に武之さんのくぐもった声と水たまりが跳ねる音が聞こえた。まさか刺さってしまったのか?確認しようにも傘が邪魔で見えない。牛頭は自分の刀を引っこ抜くと徐に立ち上がり、武之さんの刀が突き刺さった傘を投げ捨てる。


「愚鈍め。獲物を手放したな」


 後ろに飛び下がった武之さんが忌々しそうにこちらを睨む。右手には一筋の切り傷があった。


「武之さんッ!」

「牛頭の力が健在と言い張るなら素手で打ち負かしてみるのも一つの案だぞ」


 牛頭は嘲笑いを含んだ声を吐き捨てる。額に青筋を浮かせた武之さんは今にも喰って掛かりそうだ。しかしその衝動を抑えて歯を食いしばっている。武之さんは武器を失い、敵が狙う標的は敵の近くにいる。考えずに動けば戦況は更に悪化してしまう。対峙する牛頭は僕に何もしてこないところを見ると、武之さんの出方を伺っているらしい。絶対的な有利な形勢に勝利を確信して余韻に浸っている。

 今、御札を貼り付ければ戦況をひっくり返せるかもしれない。相手は僕を眼中から外して背後を見せ、油断しきっている。


「小賢しくなったのは勘違いだったようだ。矮小な脳ではこの戦況を覆す策など思い浮かばんだろう」

「うるせぇ」

「我らを裏切って長く経つというのに、貴様は何も成長していない。呆れすぎて反吐が出そうだ。少しは遊んでやろうと思っていたが、気が変わった」


 牛頭が刀を構えた。このままでは武之さんが一方的に嬲られてしまう!やはりここしかない、動かなければ!でも足が動かない。鬼に立ち向かう恐怖と武之さんが深手を負ってしまう恐怖が一気に全身を鷲掴みにする。体が金縛りにあったように硬直した。息もできないのに体が震えることを許さない。

 動かないと。できることがあるなら、自分で分かっているなら。どうにかできるかもしれないなら。


「目障りだ。失せろ」


 動かないでどうするんだ。


「ぅ、うわああぁあああぁあああ!」


 走り出した僕の視界に、こちらを振り向く牛頭の横顔が一瞬だけ見えた。驚いたような目でも、獲物を逃がさない狩人を感じさせる。だけど奮い立ってしまった以上、屈することはできない。手にした御札を握り締め、腕を突き出した。


「貴様!」


 予想外の行動に牛頭は構えを崩して刀を僕に向けようと動く。しかし、この距離なら札を貼る手の方が早い!勢いで水滴まみれの伊達眼鏡が地面に落ちた。これで視界を邪魔する物が無くなって丁度いい。札を携えた手が牛頭の背中を力いっぱい押す!

 その時、札に書かれた文字が真っ二つに割れた。


「あ――――」


 無情にも牛頭の背中に貼り付いた札は音も立てずに破れる。

 考えてみれば、尻餅をついたズボンは水が染み込んでいた。水に弱い紙が脆くなっていることは当然なのに、切羽詰まった頭では思いつかなかったなんて。札の効力をいまいち理解しきっていない僕にでも分かる。この札はもう、使い物にならない。そして僕は敵の懐に何の策もなく飛び込んでいる。僕の決心が更に 最悪な状況にしてしまった。


「そんな・・・!」

「見事な気概」


 是幸いと刀を持った牛頭の腕が大きく振った。侮蔑の眼差しを貰うと思っていたが、然程変わらない無表情だった。


「旦那ッ!」

「鬼に喰ってかかるとは中々に肝が据わっているな。その勇猛な魂に極楽浄土の加護があらんこと」


 刃が振り下ろされる。眼前に迫る刃が鮮明に映るのが意外だ。


「旦那ああぁぁああああああッ!」


 武之さんの叫び声に胸が痛む。折角、助けてくれようと奮起していたのに、僕のせいで全てが終わってしまう。

 緊張の糸が切れた自分の心が動じることはなかった。次に目を覚ました時は、あの家じゃない。それが少し残念に思えてしまうだけ。

 ああ、でも。最後くらい、皆にお礼を言いたかったのに。

 ガキンッ


「・・・?」


 数十秒経過しても刀が僕の頭をかち割らない。目前で止まったまま。牛頭が自分で寸止めしている?いや、牛頭は目を見開いて硬直していた。目を凝らすと刀は目前に迫っているが何か絡みついている。


「ほ、ね」


 刀に絡むそれは骨でできた手だ。骨が刀を掴んで止めている。


「ご最も。ご客人の大和魂には感服せざるを得ませんなぁ」


 いつも気分を和らげてくれるその声の主を目で確認することもなく、腰が抜けて地面に膝をついた。牛頭は苦虫を噛み潰したような顔を声の主に向ける。


「いやあ、遅参で申し訳ない」


 番傘を片手にこちらに歩み寄る人影。自然と周りに溶け込んでいるのに、人の輪に必要不可欠な存在と認識させる存在感。


「しかし助太刀には間に合ったようで何より。図々しいのは百も承知ですが、これで手打ちにしては頂けませんかね?」


 富助さんが陽太君を一緒の番傘に入れて立っている。いつもの畑作業の服装ではなく、藍染の浴衣を着ていた。緩い着こなしと番傘が相まって粋な雰囲気を醸し出す。それと彼の周りにおどろおどろしい形をした何かが控えている。花魁姿の狐に、頭からボロボロの布を被った巫女。どれも禍々しい雰囲気を放ち、前に見た悪霊を彷彿させた。


「面目ねぇのはこちらでさぁ。無様な体たらく、どっかの誰かさんにどやされらぁ」

「ご心配召されるな。身共が援護なり口添えなり致しましょう」

「お兄さん、武之さん!大丈夫ですか!」

「は、はは・・・大丈夫・・・たぶん」


 まだ震える手を力なく上げて笑って見せる。骨の手を辿って見ると、僕の後ろには鎧を着込んだ骸骨がいた。日常の中で遭遇していたのなら悲鳴を上げて脱兎のごとく逃げ出すところだが、感謝の意を込めて会釈すると、同じ会釈で返された。意外にも礼節を弁えた骸骨だ。

 牛頭は舌打ちをして刀を引き抜こうとするがビクともしない。骨武者はカタカタと歯を鳴らしながら刀を牛頭の手から取り上げた。そのまま刀を明後日の方向に投げ捨て、地面に悲しく転がす。


「クソ・・・!」

「あっはっはっ。金棒の無い鬼のなんと物足りない様。些かもどかしいですな」


 一連の様子を見てさぞ愉快そうに笑う富助さんを牛頭が睨む。


「貴様を目に入れるのは御免被ると言ったはずだぞ、外道」

「ほほう。だから大勢の部下を身共の元に?それならもう少し教育を施したほうが賢明でしたなぁ」


 のっそりと富助さんが人差し指を地面に向ける。それを合図に狐と巫女が地面にガシャガシャと乱雑に音を立てて何かを落とした。鞘に収まった無数の刀だ。小さな山を作れるくらいにはある。


「まあ、再教育を受けることはもうできませんが」


 それを見た牛頭の表情が怒りから、侮蔑へと変わった。握り拳からギリギリと皮膚を締め付ける音がする。


「全て、屠ったか」

「屠るなんて物騒な。友人の腹の足しになって頂いただけでございます」


 いつもと全く変わらない穏やかな笑みを浮かべた顔と親しみやすい雰囲気、どちらも健在。だけど今の富助さんは、どうしてだろう。牛頭の目が怨嗟の色に染まっているからそう見えるのか。誰かの憎しみを一身に纏わせているように思える。


「相変わらずの畜生の行いだな。貴様の一挙一動、全てにおいて反吐が出る」

「そうですとも、そうですとも。その誉は鬼のお墨付きですからな」


 富助さんは袖から一枚の紙切れを人差し指と中指で挟んで取り出した。紙には流れるように書かれた文字が踊っている。


「陰陽の道を外れた式神使い。この呼び名とも長い付き合いに成り申した」


 酷い渾名を付けられているのに、とても楽しそうだ。


「富助さんが、陰陽師・・・?」

「えぇ、その通りです。陰陽師と言いましても、身共は正統なる陰陽道からの外れ者でしてな。それはそれは邪道を極めた術を使うのです。その証拠に従えた異形の者が、ほら三体も」


 三体の式神が各々、お辞儀をしたり、布を軽く上げたり、肉球を見せて手を振ったりして自分の存在を主張する。主の影響か、親しみやすさを感じた。


「勿論、これらは身共が使役している式神。敵味方の区別が付かない程、間抜けではありません。どうぞご安心を」

「いや・・・心配どころか・・・何ていうか・・・もう、普通の人、絹子さんしかいないじゃないですか・・・」

「澄江さんは憑き物落としで武之さんは元獄卒の鬼、富助さんは陰陽師ですもんね・・・」


 理解に疲れきった陽太君が同情してくれた。君の存在の心強いこと。


「さてはて。遅れてきた身で美味しいところを横取りとは、あまりにも無粋。武之殿、お膳立てはこれくらいで良いでしょう」


 富助さんは徐に地面に落とした刀の山の中から一本だけ拾い上げる。


「後は貴方で締めてくださいな、っと」


 その刀を思い切り投げ付けた。


「うへえ!随分と雑なお膳立てなこった!」


 刀は円を描きながら一直線に武之さんへ向かっていく。早々に合点がついた武之さんは駆け出して刀に飛び込む。


「させるかッ!」


 これ以上、戦況をひっくり返させまいと牛頭も刀に腕を伸ばした。距離の近さは牛頭が圧倒的に優勢だ。刀は当然と言わんばかりに牛頭の手に収まる。


「あっ・・・!」


 しっかりと鞘を掴み、状況維持を確信した牛頭の口元に安堵が見えた。


「刀持ちご苦労!」


 突如、武之さんが余裕の口調でそう告げた。伸ばした手を更に伸ばし、刀の柄を掴む。


「ッ!?」

「ちょいと拝借」


 なんと、そのまま刀を鞘から一気に抜き取る。すらりと抜き出された刀は雨露に打たれて妖しく光った。


「うるぁああぁああぁあああああ!!」


 そして目にも止まらない早さで牛頭の腹部を貫く!

 ズグッ


「がッ、はァああぁあ・・・っ!」


 鞘が落ちる音が辺りに響いた。柄の手前まで刀が刺さった牛頭の腹部からどす黒い血が流れる。牛頭の冷静な顔が一気に苦悶の色に染まる。どうやら鬼にも痛覚はあるらしい。ならば腹部を貫かれるなんて卒倒ものの痛みだ。しかし牛頭は上半身を前屈みにさせるに留まらせる。鬼の凄まじい不屈の精神を見た。


「旦那。あっしが殺生をしたと思われるのは間違いですぜ。鬼にも死はありますがね、再生がいくらでも効く頑丈体質だ。こいつぁこれから死にますが、また蘇るのなら殺生の内に入りませんぜ」


 死んだ時点で殺生は成立するのでは、と喉まで出かけた反論を飲み込む。


「よくもまあ耐えられるよな、再生し続ける体ってのも。致命傷の傷を受けてまた作り直されることを繰り返すなんて正気の沙汰じゃねぇや」

「俗世の・・・考え、に染まった言葉を、吐くな・・・!俺にとっては、これ以上ない・・・最高の肉体、だ。未来永劫・・・十三仏の元で、悪に罰を与えることができる、誉・・・何故・・・貴様は、理解できないッ!?」

「理解できねぇよ。あっしはお前じゃねぇんだ」

「なんだと・・・」

「一緒にすんなってことだ。単細胞」


 歯ぎしりをする口に犬歯が覗く。今にも武之さんの喉笛を喰いちぎりそうな形相は、正に般若だ。


「今日は退け。どう見てもてめぇの負けだ。潔く認めてとっとと失せな、余所者」


 武之さんは牛頭に臆することもなく、むしろ面倒くさそうにしている。


「良いだろう・・・今回は・・・退かざるを、得まい」


 これ以上の悪あがきはできないと判断した武之さんは刀から手を離した。未だに堪える牛頭を一瞥して横を通り過ぎる。腰を抜かした僕の元に歩み寄って来た。僕も自力で立とうと足に力を入れる。


「だが」


 刹那、牛頭が後ろに倒れた。牛頭に突き刺さった刀が僕に迫る。


「手ぶらと言わずに、冥土の土産を頂こう」


 牛頭の言葉と目前に来た刀を最後に、意識を失う。


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