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収穫-2

「ご客人、陽太坊ちゃん。よろしいですか」


 突然、書庫の外から富助さんの声が聞こえる。こんな時に用があるなんて間が悪い。陽太君が慌てて涙が溜まった目をぐしぐしと擦り終えたのを確認して扉に声をかけた。


「どうぞ、入ってください」


 失礼、と開かれた扉の前に富助さんが立っていた。書庫の中には入らずその場で申し訳ない、と頭を下げる。


「お忙しい時分に失礼します。どうです、調べ物の方は」

「ぼちぼちです。富助さんは何か?」

「実は今日はトウモロコシが大豊作でしてなぁ。全部の収穫をこの老いぼれだけで終わらすには及び難いと言いますか。早い話、人手が足りないのですよ。手が空いておりましたら、手助け頂けないでしょうか」


 突然の申し出にえっ、と聞き返してしまう。手伝えることなら出来る限りのことは協力するが、変なタイミングだと頭をかしげつつ了承する。


「トウモロコシですか。分かりました、ちょうど区切りもいいので手伝います」

「おぉ!ありがたい!今日は二人も人手がいるなら百万馬力でしょう」

「え?」

「えっ」


 僕と同時に後ろで陽太君が驚きの声を上げる。確かに僕は手伝うと言ったが、陽太君まで数に入れているつもりはなかった。


「人手は幾らあっても困らない状況で参ってたんですよ。いやあ、助かります」

「あ、あの。ボク、やり方を知りませんし・・・」

「心配ご無用!それはご客人も同じこと。身共がお教え致しましょう。ささ、お早く!」

「いや、陽太君にはまだ・・・」

「先に行っておりますぞー」


 あっけらかんとした富助さんは、こちらの声などお構いなしに書庫から出て行ってしまった。呆然と立ち尽くす陽太君におずおずと声をかける。


「どうかな、陽太君。せっかくだからさ」

「でも、ボクは収穫についての知識は無いし・・・」

「やったことないなら、やってみる価値あるんじゃないかな。本ばっかり見ていたら疲れるでしょ?息抜きとでも思ってよ」

「は、はあ」


 いまだに状況を飲み込みきれていない二人で書庫を出て畑に向かう。

富助さんが畑の仕事に手伝いを頼むのはよくあることだ。トウモロコシなんて大きな作物を収穫するのに人手が足りないのは分かる。しかし僕たちの会話のちょうどよい切れ目に入ってきて頃合が良い。陽太君を巻き込むのもちょっと強引だった。もしかしたら、富助さんは僕たちの会話を聞いていたんじゃないか?そして、何か考えがあるのか?そんな憶測を、とりあえず頭の片隅に置いて太陽に目を眩ませた。

 この家の真裏には垣根に囲まれた大きな畑が広がっている。季節ごとの旬にあった多種多様の野菜を、そこで育てているそうだ。富助さんお手製の絶品漬物の野菜は勿論だが、食事に出てくる野菜は全て作っていると聞いた時は驚いた。あんなに美味しくて、たくさんの野菜を今まで富助さん一人で作っていたなんて。最初は一人でやって来たなら僕の手伝いなんて足手纏いなんじゃないかと思っていたが、ここ最近の野菜の量が確実に増えてきている。どうやら僕の手伝いは役に立っているようで安心した。

 今季はトマト、キュウリ、スイカ、カボチャ等。畑にはそれぞれの野菜が一列に並んで実っていた。そして僕たちの目の前には背丈を越すトウモロコシの苗がそびえ立つ。


「あっつ・・・」


 今日も日差しが痛いくらいに暑い。そんなぎらぎらの日光を麦わら帽子が大きく遮ってくれて多少は楽だ。陽太君も少し大きめの麦わら帽子を被り、ついでに軍手をはめていた。腕まくりをしたいところだが、蚊や日焼けが心配なので露出は控えている。

けたたましい蝉の鳴き声を背景に富助さんが指導を始める。


「よいですか?トウモロコシの収穫方法は、しっかりと握って引っこ抜く。トウモロコシは土を掻き出して取り出すものではないので、少々骨がいる作業です」

「結構、硬いですね」

「そこは男子の意地の見せ所ですな!」


 トウモロコシの収穫方法を教えられて、二人とも覚束無い手つきで言われた通りにやってみる。しかし根元がしっかり繋がっているせいでそれなりの力が必要だ。子供の陽太君には少し難しかったかもしれない。僕は推定だが年相応の力と、日頃の畑仕事で手伝いをしているせいか段々とコツを掴めて来た。やがて収穫したトウモロコシは大きなケースの半分を埋めるくらいにまでの量になる。


「よいしょ、と」

「おぉ、ご客人。早々にコツを掴まれてらっしゃる」

「いつも富助さんに教えられた要領で行けば何とかなりました」

「なるほど。では身共の日頃の教え方のおかげというわけですな」

「あれ、そうなっちゃいますか」


 冗談が混じった会話をしてはいるが、富助さんは陽太君につきっきりだ。陽太君はまだ収穫が一本もできていない。


「っぐ・・・」


力いっぱいにトウモロコシを引っこ抜こうと歯を食いしばっている。あまりにも力任せすぎて苗ごと引っこ抜けそうだ。根元に折れ目をつけようと左右に動かしてはいるが、茎ごと動いてしまって上手くいかない。


「陽太君、大丈夫?」

「く、っ」


 こちらの声も聞こえていない。一心不乱にトウモロコシを収穫しようと躍起になっている。ただの収穫にまで、そんなに真剣になるなんて思いもしなかった。

沈んだ気分を一新させようと無理矢理連れ出したものの、これは失敗だったか。自分だけできていないことによる焦りが伺える。滴る汗も熱さのせいに見えなくなってしまう。手伝うべきか?いや、それでは手を煩わせまいと生きてきた陽太君にとって申し訳ない気持ちになるかもしれない。

その時、富助さんが陽太君の後ろから茎に手を当てて諭す。


「坊ちゃん、根元を押さえてから左右に曲げてみてくだされ」


 ふいに与えられた助言に我に帰ったようで、陽太君のトウモロコシを掴む手が緩んだ。切羽詰まった表情も徐々に失せていく。


「トウモロコシだけを押さえて折れ目を付けるのは難しいでしょう?力を入れすぎて苗ごと収穫してしまうやもしれません。根元を押さえてから折れ目を付けて、そこを収穫です」

「は、はい」


 気を取り直した陽太君は言われた通りに根元を押さえてトウモロコシを左右に揺らす。今度は茎もそれほど動かず、確実に折れ目が入っていく。折れ目を確認すると、再び力を込めてトウモロコシを握って腕を引く。


「ん、っしょ!」


 パキっ、と渇いてキレのいい音を立ててトウモロコシを見事に収穫した。勢い余った陽太君は土に尻もちをついてしまう。一瞬、呆けると慌ててトウモロコシの無事を確認する。大きさの合わない軍手には大きなトウモロコシがしっかりと握られていた。


「できた・・・」

「やったね。おめでとう」

「坊ちゃん素晴らしい!立派なトウモロコシですぞ!」

「あ・・・ありがとうございます」


 僕と富助さんの拍手に照れながら目を伏せる。陽太君の目は夏の光も手伝って特に輝いていた。地面に座り込んでしまった陽太君に手を差し出すと、素直に手を握って立ち上がる。


「さあ!これでお二人共、収穫のコツは掴めましたな。ここからは怒涛の収穫をお願い申し上げる!何なら効率を上げるために三人で競争など・・・」

「それは流石に完敗必至なので遠慮します」

「むむっ、それは残念。では各々、頼みますぞ!」

「はい、任されました」

「頑張ります!」


 そこからは僕を除いた二人が競争状態で収穫に及んだ。コツを掴んだ陽太君は張り切ってどんどん収穫し、対抗するように富助さんもテキパキとトウモロコシの山をケースに築き上げて行く。そんな二人を横目で呆然と見とれながらも自分に合った早さで収穫していく。僕が積み上げたトウモロコシを優に超える山を、陽太君はあっという間に築いてしまった。


「すごいな」


 そう言えば、トウモロコシは収穫された時から急激に旨みを失っていくと富助さんに聞いたことがある。なら早めに保存したほうが良い。この様子なら二人に収穫を任せて大丈夫だろう。

 僕は途中で収穫を止めて、収穫されたトウモロコシがたくさん入ったケースを澄江さんの所に持っていくことにした。畑の一角にある倉庫から運搬台車と新しいケースを持ってくると、まずは収穫に夢中な二人に気付かれることなく新しいケースに取り替える。そしてトウモロコシがどっさり入ったケースを二つとそれなりの量のケースを一つ、運搬台車に乗せて縁側へと運ぶ。そこで絹子さんとばったり会った。


「まあまあ。こんなにたくさんのトウモロコシを、ご苦労様です」

「あ、絹子さん。野菜の保管場所って母屋にありますか?」

「はい。私と澄江で台所の倉庫に入れておきますので、このままで結構ですよ」

「じゃあお願いします」

「では早速こちらのトウモロコシを茹でた物をそちらの畑にお持ちします。それと冷たい麦茶も」

「本当ですか?楽しみに待ってます」


 さぞかし甘いであろうトウモロコシと冷たい麦茶に胸躍らせて畑に戻る。畑に着くと、ちょうど収穫を終えたところだった。二人はふらふらとした足取りで、畑の入口の近くに作られた日除け屋根付きの長椅子に腰掛ける。僕は二人が収穫した残りのトウモロコシを台車に乗せ、再び縁側に運んで絹子さんに渡す。


「お客様、トウモロコシは少々時間がかかりそうなので、お先にこちらの麦茶をお持ちください」


 絹子さんから氷が入った三つのコップと麦茶が入った透明なピッチャーが乗ったお盆を受け取った。畑に戻ると疲れきった二人が麦茶に気付き、ぱっと明るくなる。僕も長椅子に腰掛け、三人分の麦茶を注いで渡す。水滴を纏うコップと光る氷が冷え切っている麦茶を際立たせる。


「はい、ご苦労様です」

「いただきます」

「いやあ、ありがたい!これもまた大切な仕事終わりの一杯ってね!」


 麦茶を手にした人から順に、一気にコップを仰ぐ。三人とも喉が躍動する力強い音を立てながら一息で飲み干した。


「かーっ!美味い!こりゃあ爺も生き返ざるを得ませんなあ!」

「富助さん、何だか武之さんみたいですよ」


 膝を叩いて大笑いする富助さんを僕と陽太君でくすくす笑う。


「今、絹子さんと澄江さんがトウモロコシを茹でています。出来たら持ってきてくれるそうですよ」

「え?もう食べるんですか?」

「そうですとも!野菜は何と言ってもとれたてが一番!」

「それは勿論ですけど」

「特にトウモロコシなんかは採ってしまうと甘味がぐんぐん落ちてしまうのですよ。早目に熱を入れるのが吉ですぞ」

「へえ。トウモロコシと言えば・・・澱粉とかの関係でしょうか」

「ややっ!坊ちゃん鋭い!その通り、糖が澱粉に変わってしまうために甘味が消えてしまうのです」

「なるほど、勉強になります」

「そうですよ、坊ちゃん。人は学ぶことが出来るのです」

「え?」


 唐突に富助さんは高々とコップを掲げる。僕たちは豆鉄砲を食らったように面食らう。


「坊ちゃんは、ここに来てから三つのことを学ばれた。納豆を美味しく頂く一手間、トウモロコシの収穫方法、トウモロコシの糖が澱粉に変わること」

「はい。よく学ばせてもらってます」

「死後の世界の仕組みをよく存じない現世の人々は仰る。死んでしまえば、その人は永遠にそのままで変わらないと。しかしお亡くなりになった坊ちゃんはどうでしょう。死して尚、新たなことを学ばれた。三上陽太殿は新しく変わっているではありませんか」

「あの、どうゆうことですか?」

「つまり、学ぶことはいくらでもあるように、人は人と共にいる限り、いくらでも善行も悪行も積み重ねられます。本当に良い子、悪い子が分かるのはその時のその人次第。真の善人、悪人を決定づけられることはそうそうできませんぞ」


 富助さんの言葉に、力が入った陽太君の肩が徐々に下がっていく。

 ああ、これはやはり富助さんの計らいだったか。


「富助さん、聞いていたんですね」

「立ち聞きをするつもりはなかったのですがね。偶然、居合わせまして。収穫は元々、ご客人に頼もうと思っとったのですが、強引に坊ちゃんを巻き込んでしまいました」

「で、も」


 俯く陽太君のくぐもった声を搾り出し、会話を遮られる。


「でもボクはおばあさんの前ではいい子になれませんでした。それは紛れもない事実です。この過ちは決して消えない。時を戻すこともできない。こればかりは永遠に変わらない」


 陽太君は自分に言い聞かせるように吐露する。落ちた肩が震え、今にも泣き出しそうだ。僕は陽太君の背中をそっと撫でた。富助さんは顎に手を当てて考えるような仕草をしてみせる。


「ふむ。過ちを犯した時、坊ちゃんはお婆様にどうするように教わりましたか?」

「・・・・・誠意を心に込めて謝りなさい、と」

「なら、謝ればよろしい。きちんとご自分の非を認めて謝罪なされば、坊ちゃんは悪い子ではないのでしょう?」


 謝る?陽太君が、お婆さんに?それは異世界の境界を越えて話すことになるのではないか?

 この人は平然ととんでもないことを言うような人だとは分かっていた。それに驚かざるを得ないことも。しかし、これは驚きの度合いが違う。危うくコップを握る手の力が全て抜け落ちてしまいそうだった。


「謝る・・・?できるの?」

「えぇ」

「だ、だってボクは死んでしまっているのに」

「この世界と現世を繋ぐ道はあそこしか無いんですよね?しかもそこに出入りできるのは並大抵のことじゃないって・・・」

「一つだけ、方法があります。現世の人とやり取りができる最終手段です」


 真剣味を帯びた富助さんは太い人差し指を立てて、一つだけを強調する。


「ただし、それは一度きりの手段。まずは話す内容をじっくり、ゆっくり考えた方がよろしいかと。方法はその時にお教え致します。坊ちゃんの心の重荷は、全てお婆様への愛情に絡んでしまわれている。ならばお婆様と直接やり取りなさるのが良いかと。何より坊ちゃんがそれを渇望されてらっしゃるようです。ゆっくり考えようじゃありませんか。お話したいことはたくさんおありでしょう。それで最後のやり取りになります。話したいことを整理する時間が必要のはずです」


 陽太君は俯いたまま、一言も話さない。陽太君の心中を見透かしたのか、初めて聞く厳しい声音で富助さんが諭す。


「坊ちゃん。まずはどう怒られるかなんて心配は杞憂ですぞ」

「・・・どうして、そう言い切れるんですか。貴方は僕と祖母のことを何も知らないでしょう」


 小さな手が、コップをあらん限りで握っている。こちらの声は怒気を孕んでいた。一触即発の雰囲気じゃないか?沈黙の間が気が気じゃない僕の焦りを富助さんの野太く豪快な笑い声が吹き飛ばす。いきなりの笑い声に二人はびくりと跳ね上がる。


「分かりますとも。身共とお婆様は孫を持つ喜びを知る者同士です故に。可愛い孫に、いつどんな時にどう接するか、手に取るように分かりますぞ」


 俯く陽太君の頭に、大きな手のひらが被さる。その反動からか、一つの雫が落ちた。それが汗か涙かは見えなかった。


「孫との別れを味わう年寄りはね、やはり裏切られた気持ちになるのは否めません。日頃、拝んで生きてきた神様に叫びたくなる。どうして大切な孫を、この先短い自分よりも先に奪ってしまうのか」


 目の前に映る孫を想っての言葉なのだろう。富助さんの皺が深まる慈愛の微笑みは孫を想う祖父そのものだ。


「坊ちゃんも、分かっているのでしょう?お婆様の言葉には常に、愛を感じたと。ならば話は早いではありませんか。心配するのなら、貴重な時間をお互い涙を流すだけで終わらせないように気を付けることですぞ。なんと言っても、心より愛した孫との再会なのですから」


 陽太君の震えが目に見えて大きくなっていく。心なしか、呻くような声まで聞こえてくる。きっと、抑えているんだ。喉まで来ている泣く声を。


「それにね、少なくともこの富助の目に映る坊ちゃんはお利口さんですぞ。賢くて向上心がある。それでいて素直なお方。これぞ、お婆様の教育の賜物ですなぁ」

「・・・!」

「貴方は、きっとお婆様にとって自慢のお孫さんでいらしたことでしょう」

「っ、う・・・っ」


 富助さんの言葉を引き金に今まで抑えてきた大粒の涙が頬を伝ってポロポロと、渇いた地面に吸い込まれていく。しゃくりあげながら氷が揺れるコップを握り締めていた。

 泣くと体が熱くなる。これから来る茹でたてのトウモロコシを食べても大丈夫だろうか。更に熱くなってしまうだろう。その時にまだ泣き止まないようなら、とびっきり冷たい麦茶をたっぷり注いであげよう。

 上下する陽太君の背中を摩り続けた。今日も嫌になるくらいに青い夏の空を見上げながら。


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