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窓際の席で、ただ淡々と、ひとり口を閉ざして、レストランのガラスを見つめていた。
いくら店内の照明を抑えていても、店の中庭の木々にLEDの装飾が施されていたとしても、室内の方が明るいから、ガラスには自分の顔が映ってしまう。
途方に暮れたような、今にも泣きそうな私。
ちらちらと、そんな私を窺っている従業員たち。
予約席として、私がここに着席する前から二人分のランチョンマットとカトラリーが用意されていたのに、時間が来ても、それをとうに過ぎても、対面には誰も腰掛けない。予約の電話をした人が来なくて、私も勿論だけれど、お店の人たちも困惑しているのがありありと伝わってくる。
専用のキャンドル。祝い事用のアレンジメントの籠。そして、二人揃ってから食事をして、デザートを配る時にはプレゼントが出てくるはずだった。
彼は懸命に隠そうとしていたけれど、このお店の売りだから、私だって知ってたんだ。
三十分が過ぎ、一時間が過ぎ。合い間に食事の確認を取りに近付こうとしては躊躇する店員たち。
居た堪れないのは、彼らも私も同じ。
恥ずかしくて、今すぐに席を立ちたくて。それでも、もしかしたら……あともう五分も待っていればあの人が現われるかもって、ただひたすら耐えていた。
本当は解ってた。
あの人は、来ない。くる筈がない。
だけど、それでも、もしかしたら、ひょっとして。
ほんの僅かな期待が残っていたから、閉店時刻までそのまま身じろぎ一つ出来ずに居た。
ああ、なんて最低な、史上最悪の誕生日だろう。
入社した春、私はあの人と出会った。一目惚れだったと思う。そもそも、少なくとも同期の女性社員であの人の事を素敵だと言わない人なんていなかったし、それはほかの年上の社員にもいえることだった。
ショッピング・モールの中にテナントとして入っている雑貨店、それが私の職場。二年先に就職したあの人は、四つ年上。既に営業として才能を発揮していたあの人は、売り場スタッフに女性しかいない店内では、特に目立っていた。それは唯一の男性だから、ということだけではなく、見た目に引けをとらない朗らかで打ち解け易い性格のせいだったと思う。要するに、煌いていたんだ。私にとっては、テレビの向こうの芸能人のように遠い存在だった。
そんなひとに、まさか誘われるなんて。今でもあの日々は夢だったんじゃないかと思うほどに、私にとって有り得ない出来事だった。
私とあの人は、週に一度はお店巡りをした。自分たちと同じ種類の店とは限らない。ふたりの休日を合わす時もあったけれど、殆どは私の休日に合わせて、あの人が外回りの途中に合流していた。
だから余計に、仕事の延長のような気がしていたように思う。
映画を観て、お茶を飲みながらぽつぽつと感想を言い合うこともあった。純粋にストーリーにのめり込む私と違い、あの人は場面場面で使われているものに着眼しがち。仕事から離れられないあの人は、ときおりそれに気付いて私に申し訳なさそうにしていた。
あの人が謝る必要はなかったのに。それを言っても、おそらくほかの女性との嫌な思い出があるのだろう、私の言葉は建前だと受け取られていたように思う。
私は私で、あの人の役に立ちたいと、それまでは自分の好みだけで見ていたものたちを、売る側、そして自分以外の感性も鑑みて見るようになった。
あの人はかなり優れた営業だけど、私の着眼点も面白がってくれた。それについてふたりで議論するのも楽しかった。
けれど、なによりも。
静かにふたりでお茶を飲む時間が好きだった。