序章ー2 個体情報登録
大丈夫だ。問題ない。
「個体情報登録っていうのはなんとなくわかるけど……キャリブレーション?」
なにそれ、という姉の言葉に弟は軽く頷いてみせる。
「要はフィッティングだ。姉ちゃんの身長や体格、筋肉量なんかを計測して、VR空間で出来るだけ齟齬が出ないようにする為の事前準備だな」
この事前準備はとても重要だ。人間の感覚というのは案外繊細な物で、ほんのわずかな誤差でも違和感を覚える程度には感度が高い。
『Divine・DRIVE・Demon’s』は仮想現実でとはいえロボットに乗って操縦するだけで、実際に肉体で戦う訳ではない。しかし、スティックを動かし、ボタンを押すという単純な動作だけでも思いの外繊細な指使いは必要になる。コンマ何秒の反応を競うアクションゲームならば尚更だ。例えばだが、両手の指の爪を全て深爪にしてから激しめのアクションゲームでもプレイしてみると実感できるかもしれない。違和感バリバリから来るミスプレイ連発で顔真っ赤になること請け合いである。
脳波パターンを記録し入力しておいた個人情報とリンクし、アカウント情報を作成する個体情報登録。
身体データを集収する事で感覚誤差を減らし、VR空間上での円滑な動きを可能にする為のキャリブレーション。
この二つの作業はVR機器を扱う上では必須の作業なのである。
「まあ、初回でシステムアクセスした時は登録とキャリブレから始まるから、システムの誘導に従ってくれりゃいいよ」
「なるほど、わかったわ。なんとなく」
なんとなくかい。頭の中で思わずそう突っ込みを入れずにはいられない弟だが、この姉は自分のような理論思考では理解しきれない超感覚思考である事は生まれた時から思い知っている。この回答はある意味予想の範囲内だ。
「じゃ、自分の部屋で『モルフェ』でログインしてくれ」
故にとりあえず流す。それが精神的にも肉体的にも彼が安穏を保つコツであった。
「……いきなりデスゲーム始まったり、レンジで頭をチンされたりしないわよね?」
「するか!」
たまには突っ込む事もあるが。
少女は海の中に浮かんでいた。
全裸で。
いや、正確には仮想現実体感端末『モルフェ』により接続したVR空間だ。
『モルフェ』を被り、スイッチを入れる。バイザーのディスプレイに初回アクセス時の警告文が流れ、音声入力で認証。気付いたら、海の中に浮かんでいた訳だ。海の中にいると認識したものの不思議と呼吸は苦しくならず、むしろ心地よい暖かさと浮遊感を感じている。全裸だが。
「まあ、いいか」
どうせ誰かに見られるでもない。それに完全にすっぽんぽんとなっている訳でもない。全身が白く光に包まれており、シルエットはともかく細部は分からないようになっている。
「肌色の多いアニメの地上波放送モードみたいなものね」
年頃の女子高校生が何故そんなモノを知っているのか。
それに突っ込む人物は現在は存在しないが、少女は呟いてすぐに顔を赤くした。
「ま、まぁ私はそんなの見た事ないけどね!」
別に誰も聞いていないのに、腕を組んで言い訳を叫ぶ。どうやら見た事があるようだ。そして少し恥ずかしいらしい。
——ブォン
少女の目の前に突然、30センチほどの大きさをした光の球体が現れた。その光は淡く柔らかい光で、目を焼くような眩さはない。
《仮想現実体感端末『モルフェ』、サーバーに接続しました。——端末に登録された個体情報無し。——初回起動及びアクセスを確認。個体情報を登録しますか?》
人工的な、女性の声が光の球体から響く。
「ええ」
《——承認を確認。個体情報を登録します。——こちらのパネルにID番号及びお名前、生年月日等、個人情報を入力してください》
光の球体の前に半透明のパネルが現れた。立体映像のようだがどうやらタッチパネルのようだ。
おーSFだ、と呟きながら少女は自身の個人情報を入力していく。ちなみに彼女の言う『SF』とは『サイエンスフィクション』ではなく『すごいふしぎ』である。
「決定、と」
《——VR統合管理サーバーに接続。——個人情報を認証。——登録。——個体情報を取得します》
——キュィン
チカチカと瞬くように明滅すると、光の球体はリング状に変化して、少女の足元へ移動した。
《——……波長形——記録。——……振動数——記録。——VR統合管理サーバーに接続。——パターン照合——……との近似を確認。——……を……よりダウンロード。——端末内各種設定を最適化——完了》
光のリングは徐々に広がりながら足元から昇っていく。いわゆるCTスキャンのように少女を調べながら情報を記録しているようだ。少女には一部何を言っているのか認識できない部分もあったが。
リングは頭頂部を越えた所で静止。渦を巻くように集まって、再び球体に戻った。
《個体情報登録及びキャリブレーションを完了しました。お疲れ様です》
「うん、ありが……うん?」
《——端末内にダウンロードされたデータを確認。『Divine・DRIVE・Demon’s Ver.β1.02』が存在します。起動しますか?》
「え、ええ」
あれ、個体情報登録した後にキャリブレーションするんじゃ? もう終わった? と少女は首を傾げているが、音声は無視するかのように淡々と進めていく。
《——承認を確認。——サーバーに接続しました。——『Divine・DRIVE・Demon’s β1.02』を起動します》
「まあ、いいか」
少女は考えると面倒な事は流す事にした。ゲームが出来ればだいたいどうでもいいのである。
もちろん、中には見逃せない事もたまにはあるが。
《——リンクスタート》
「ちょっとまて」




