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短編

矢印のゆくえ

作者: 片桐ゆかり

王道をやってみたくなりまして。自作品で女の子からの矢印はなかなかないなって思ったので、つい。


きっと、私が好きだっていう事にも気付いていないのだ。

家が隣、互いの両親が仲良しで昔から家族ぐるみで一緒。加えて保育園から中学校まで一緒で、それでも高校も一緒の学校に行きたくて合格した高校の制服に袖を通しながら私はそっとため息をついた。

きゅ、とネクタイを結んでスカートを膝より少し上まで折り曲げる。短すぎずに、でも長すぎずに。幼馴染が長い髪が好きだと言っていたから、私の髪の毛はずっと長いまま。今日は簡単にまとめた。

高校生になるまで好きでいるなんて思わなかった。私が好きな少女漫画は、いつだってハッピーエンド。ヒーローはヒロインを好きになって、ときめきとドキドキに満ち溢れていたのに、私の日常はいつだって変わらない。――嘘。ドキドキと、ときめきは、一方的に感じている。


「おはよう、透」

「ああ、おはよ」


家を出て、ちょうど幼馴染――透が出てくるころを見計らって家を出る。隣を歩くことにためらいを覚えるようになったのは、いつからだっただろう。

私はここ最近、ずっと、透の隣に居てもいい理由を探している。


「沙織、こっち」

「え、あ…ありがとう」


すい、と腕を取られて車道側を透が歩くように歩道側に移動させられた。こういう何気ない仕草さえも私の心臓を煩くさせるのに。何てことないように私に近づくその距離が、うれしくて少し憎い。

私と同じ気持ちを、持ってほしいなという願いは、きっと叶わないまま終わってしまうんだろう。


保育園では忙しい私の両親に変わって、専業主婦だった透のお母さんが私をまとめて迎えに来てくれていた。そのまま透の家で過ごし、という日々。小学校はずっと同じクラスで、登下校はいつも一緒だった。それは、保育園の習慣を引きずっていたからに他ならない。

中学生の時、透は先に行ってしまうようになった。今思えば、きっと思春期の(今だって思春期まっただ中だけど)葛藤やからかいのようなものがあったのだと思う。でも私はそれが寂しくて、悲しくて、追いかけた時にため息を吐かれたことがあった。

面倒くさそうな、顔を。させてしまったことがいたたまれなくて、胸が絞られるように痛んだ事を私は今もまだ覚えている。

いつまでも子供のままでなんていられないということはよく考えたらわかることなのに、それがひどく切なくてじんわり滲んだ目元を隠すようにごめんねとだけ吐き捨てて私は走って学校に行った、のだと思う。

あの後私は透と一時期話も出来ないくらいに落ち込んでいた。話しかけよう、一緒に学校に行きたい、と思うたびに脳内に蘇るあの顔は私の行動を止めるに十分だった。

こうして距離も遠くなっていくことが悲しくて哀しくて、私の一番はいつだって透だったことに気が付いた。知らず知らずのうちに恋をしていたのだとその時知った。

私は、幼馴染が好きだ――、その気持ちは私の中だけで簡単に膨らんで、いくら針で萎ませようとしても無理だったのだ。


――けれど、どういうわけかそのあと二週間くらいして、私が朝家を出ると無言のまま家の門に背中を預けて立っている透を見つけて、呆けてしまった。一緒にいってくれるの?と聞いた私にこくんと頷いた、その瞬間が何よりも嬉しくて。そのあと少しだけ泣いてしまった私におろおろしながら手をつないで歩いてくれたことを、私はずっと忘れないだろう。


「…沙織」

「……んん?」

「眠いのか?ぼけっとしてると、転ぶぞ」

「ころばないよ…!」


馬鹿にしたように笑って私を見下ろしてくるのでむ、とにらみつけると、どうだかなとまた笑われた。

透は、中学の時からぐんぐんと伸びた背は、180近くまでになっているらしい。顔だって私のひいき目なしにしてもカッコいい部類に入るし、勉強だってそこそこできる。運動だって簡単にこなすし、そのどれもが女の子たちをひきつけてやまないのだろうな、と思う。そして意地悪だ。ひねくれてるといってもいいかもしれない。

そのくせ面倒見はいいから、私はいつもその面倒見の良さに助けてもらっていた。きっと、私は透の全部が好きで好きで仕方ないんだろうな、と思う。

こうやって馬鹿にしたように笑う顔も、真面目な顔も、低い声も、全部好き。好きで好きで、無性に叫びだしたいくらいの衝動に駆られるのだ。

――いったい、私はいつまで、この隣に立っていられるだろう。立っていても、いい距離にいるには、どうしたらいいだろう。


「透、宿題やった?」

「見せねえぞ」

「私だって、ちゃんとやったもん。一個わかんない所があったから教えてほしくて」


ねえ、このセリフを言うのにどのくらい勇気がいるか、透は知っている?

そんな言葉を思い浮かべながら私はそっと手を握りしめた。

迷惑だって思われないだろうか、という不安を握りしめるようにつぶしていく。私はきっと、気付くことができないから。だから、迷惑だったら言ってほしい。ただの優しさだけでいるくらいなら、いっそ突き放してほしいと思ってしまうのはずるいだろうか。そんな風になったら、きっと立ち直れないくせに。


「教室でな」

「うん、ありがとう…!」


えへへ、と笑うと頬をつねられた。アホ面、という一言にもにやけてしまうのは、末期かもしれない。こんなことですら私は幸せだと思ってしまうのだ。



つつがなく終えた一日にホッとしながら、私は帰りの支度を済ませていた。高校生になっても同じクラスの透は、斜め前の席で頬杖をついて面倒くさそうに前を見ている。斜め前、少しだけ見える横顔をこっそり眺めながら、私はそっと口元を緩めた。たぶん、とてもだらしない顔をしているんだろう。

鞄に宿題とプリントと、もろもろを仕舞いながらよそ見をしていたからかバサバサとノートを落としてしまった。ああ、もう、と思いながら拾おうと下に手を伸ばした時に手がぶつかった。


「…え?」

「はい、遠海さん」

「ありがとう、桜井くん」

「あれ、コレ…駅前の?」


私にノートを手渡してくれた隣の席の桜井くんは、私のノートに張られたシールをみて目を開いた。いつも眠たげに閉じかかっている桜井くんは、眠り王子というあだ名がついている。由来は、いつでもどこでも寝ているからだ。


「桜井くん、知ってるの?」

「ここの美味しいよねえ、好きだよ」

「そうなんだよねえ、私もだいす、ううううう……?!」

「高梨、きみ…女の子の顔を鷲掴みにするのはどうかと思うけど…」

「いひゃいいひゃい、とおる、いたいー…!」


何が気に障ったのか、ぐわ、と振り返った透が私の顔をその大きな手でがしっと掴んだのだ。そのまま力を入れられるので、顔に手形が付くんじゃないだろうかと慌てて両手で透の手を掴む。解放された私は、どこかへこんでないだろうかとぺたぺたと顔を確認した。割と力が強いのに、手加減をもうちょっとしてほしかった。ちょっと涙目である。こういうふれあいは、嬉しくなんてない。

呆れたように桜井くんがはあ、とため息を吐きだしているのを横目に、どうやら少しだけ良心が痛んだらしい透が、私の顔に手を伸ばしてそっと目のふちを撫でた。

いたわる様な優しさでそっとなぞられて、きゅん、と高鳴ってしまう私の心臓のたやすさったらない。かあ、と熱が上がる様な感覚に透の手から逃れて両手で顔を覆った。確かに、こうして触れられるのは嬉しいけど、どきどきしてきゅんとして、仕方ない。


「…遠海さん、好きなんだねえ」

「え?!え、…!」


横から聞こえた声にばっと顔を上げる。何が、何を言ってるのか、と見つめれば、にんまり笑った桜井くんが、ノートを指さした。

そのノートは、私が好きなお菓子屋さんでもらったものだ。ポイントを集めてためるタイプで、ただ違うのはその店オリジナルのノートを作っているという事。同じ種類のものは一つとしてなくて、クラシカルなデザインで可愛いと評判のそれは、私が大好きなもののひとつ。これは手に入れて二冊目のもので、今は三冊目をもらえるようにコツコツとお菓子屋さんに通っているところである。というのはおいて置いて。

良かった、透のことを好きなんでしょうと言われたのかと思って少しだけ焦ってしまった。


「好き、なんでしょ?」

「う、うん。好きだけど…」

「遠海さん、大好きなんだよね?ね?」

「ええ、と。どうしたの、桜井くん…」


うふふ、と笑う桜井くんは、振り返った透に頭を掴まれてそのまま机に叩きつけられた。ごちん、という音と、いたっという声がして桜井くんは動かなくなってしまった。

ぎょっと目を見張って、慌てて透の手を引きはがす。


「さ、桜井くんが…!とおる、とおる、ダメだよ痛いのは!」

「自業自得だ馬鹿。よく見ろ、よく寝てるじゃねえか」

「い、痛みで気絶したんじゃなくて!?」

「居眠り王子がこんなくらいで沈むわけねえだろうが。ちょっとくらい刺激がないと安眠できないんだってこないだ言ってたよな、桜井」

「……言ってないけど、調子には乗ったから不問に処す…」

「二人とも何言ってるのか、わかんないよ…」


がく、と脱力して机に突っ伏したのを透の手を掴んだまま呆然と見守る。この二人は、仲がいいのか悪いのかよくわからないけれど、大丈夫なら、いいだろうかと思いながらほっとして私は掴んだままだった透の手を慌てて離した。

透はそのままふい、と視線を外して、ノートを手に取る。


「駅前のとこの菓子屋?」

「うん、ここのお菓子すごくおいしいの。あとね、」

「ノート、いるか?」

「へ、?」

「家にそのノートあるけど」

「いいの?くれるの?」


いらねえなら、別に良いけど。とそっけなく呟いた透にいる!と勢い込んで返事をしたらふん、と笑われた。

透からもらえるものはたぶん、何だって嬉しいけど。私が好きなものをもらえるということは、なんて嬉しいんだろう。にやけないようにノートで顔を隠しながら、それでも笑ってしまう顔は正直者だった。

透は今度こそ前を向いて、教室に入ってきた先生がHRを始めるのを眺めている。

私もノートを外して、でも笑ってしまう顔だけは何ともできなくて少しだけ俯いた。――こんなに嬉しいんだよって、伝えられたらいいのにな。すごくうれしいよ、というこの気持ちは、たくさんの言葉を使ったってきっと伝わり切らないんだろうと思う。

幸せな気持ちで終わったHRのあと、私は沙織、と呼ぶ声に顔を上げた。


「帰るぞ」

「――うん!」


いつもは私がついていくか、無言で待っていてくれるのに珍しいこともあるものだと思いながら、私は嬉しくて嬉しくて飛びあがるように立ち上がる。

隣でまたぼんやりした顔に戻った桜井くんが、ぼそ、と透に呟いたあと、透に叩かれていた。

何をいったかまでは聞き取れなかったけれど、桜井くんはもう少し自分を大切にした方がいいんじゃないかと思う。透は割と、手が出るから。私は女の子ということで少し手加減されているのか、頬をつままれたり頭をぐしゃぐしゃにされたりということですんでいるけれど。


「桜井くん、なんて?」

「…べつに、いいだろ」


ぼそっと呟いた声は低かったので、余程気に食わないことを言われたんだろうなあと思いながら隣を歩く。

1人で歩くときはすたすた歩くのに、私が一緒だとゆっくり合わせて歩いてくれるところとか、さりげなく見落としそうなところで優しい所が、大好き。


「でも、透、お菓子屋さんにいくの?」

「……お袋がな。お前が好きだって言うから集めてた」

「わあ、おばさんにお礼言わないと。今日おうちにいる?」

「多分な」


うれしいな、幸せだなという気持ちが出ていたのか、呆れたような顔をした透が私の頭を小突いた。締まりのない顔すんな、と言われて口をとがらせる。

誰がこんな顔をさせていると思っているのだろう、透のせいなのに。

でも、そんなことは口に出せずむ、と唸るだけで留めた。きっと知らないだろうし、私はまだ言えないから。

――恋を自覚したとき、幸せなだけの恋を夢見ていた。

実際は、幸せなだけではなくて悲しいことも切ないことも多くて、切れてしまうくらいの絆に叫びたくなる不安を抑えている。関係を壊したくない、でも壊さなければ私は前に進めない。そんなジレンマと、膨れ上がる期待はとどまることを知らず。

きっとこれが初恋。俗にいうように、初恋が叶わないのだとしても、私はずっとこの恋を大切にしてしまうだろう。


「家、来いよ」

「うん、おばさんにも会いたい」

「……別に、いつだって来ればいい」

「透もね、いつでも来てくれていいんだよ?」

「お前がきた方が早い」


あっさり言い切るから、うん、としか言えなかった。

最近はおすそ分けに行くときとかおばさんにお呼ばれした日くらいしか行っていなかったけれど。だったら、遠慮せずに入り浸ってやろうと思う。


「いいの?…入りびたちゃうから、ね」

「…知らないうちにどっかいかれるよりは、目の見える場所にいてもらった方がいい」

「ええ、どういうこと?」

「そのまんまの意味だよ、ばあか」


だから、わかんないよ!と言いながら詰めよれば。ふ、と笑った透が私を見据えた。

いつもよりずっと優しい顔で、優しい声で、私の手を握る。


「いいんだよ、お前はわかんなくて」


そんなに優しい声、出さないで。期待が大きくて、立ち直れなくなってしまうから。

それでもその甘い声に締め付けられるように心臓が高鳴ってしまった。完敗だ。私の負け。いつだって私は透に敵わない。


「帰るぞ、ノートほしいんでしょ」

「…、うん」

「その顔は不細工だぞ、沙織」

「そ、んなことないもん。とおるのばか!」

「…ああ、そうだな。ばかだよ俺は」


悔し紛れに叫んだ言葉をあっさりと肯定して、透はそのまま歩く。

私と手をつないで、ゆっくりと。後ろに伸びた私たちの影はぴったりとくっついていて、影がうらやましくなってしまった。私も、こんな風に近づきたい。ここまで近づけたら、どうなってしまうだろう。


「なあ、」

「……なあに」

「やっぱいいわ、内緒」

「なに、それ…?」


だから、秘密だとそっぽを向いた透の顔は、夕日が反射して赤くなっていた。だったらきっと、私の顔が赤いのも隠してくれるだろう。

だいすき、そんな言葉を言う代わりに、そっと握られた手に力を込める。手つないで歩くだけでも、今の私は飛び上れるほどに幸せになれる。


「こんど、お休みの日に一緒に出掛けてほしいな」

「…しょうがねえな、付き合ってやるよ」


まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなくて。

少しだけ期待しても大丈夫かな、とにやける顔を隠さずに私は透に笑いかけた。

一緒に出掛けるのは久しぶりだ。今日はどうもとってもいい日みたいで、嬉しさに浸るように目を閉じた。

繋がれたては離されない。

――そしてそのまま、私たちは、透の家につくまでずっと手をつないだまま歩いていた。










***

蛇足:眠り王子の観察日記。


今日も僕の隣の女の子は、幼馴染にわかりやすほど恋をしている。

僕の前の高梨透は、隣の女の子――遠海沙織さんの幼馴染でその一途なまでの矢印を一身に受けている男子だ。羨ましいから代わってほしい。幼馴染に一途に想われて可愛い声で名前を呼ばれて、登下校も一緒でなんて、爆発しろと思う。一回自分の恵まれた環境に感謝するといいのだ。

遠海さんはずっと高梨一筋で一に高梨、二に高梨という調子だ。割と男子人気は高いのに、本人は高梨にぞっこんすぎて涙を呑むもの多数。高梨も女子には人気があるにも関わらず、遠海さんを一番大事にしているからこちらも涙を呑むもの、多数。

早くくっつけと念を送ったり、からかったりしていても、僕に対しての制裁が多くなるだけで高梨本人はあまり行動していないのでヘタレなんじゃないかと思っている。

それに、遠海さんは気づいてはいないけれど。


「透、あのね」

「まって、透。一緒にかえろ?」

「ありがとう、とおる!」


そんな風に一心に高梨を想う彼女と同じくらい、高梨も名前を呼ばれるたびに嬉しそうな顔をするし、遠海さんを見る目は優しい。

僕が話しかけるのも嫌そうな顔をするし、他の男子が噂話をしてもいい顔をしないくせに、彼女にはそんなそぶりはみじんも見せないのだ。いつか横から攫われても知らないんだからな、と思いながら、けれどそうなりそうになったらきっと手助けしてしまうんだろう。

なんだかんだ言って、この二人が恋人になるところを見たいのだ。

そして、高梨が手を触れる人は遠海さんだけなのに、どうして気づかないのか不思議なくらいなのだけれども。

でもまあ、面白いので当分はからかって遊ばせてもらうことにする。

くっつくのは僕の気がすんでからにしてほしいのだ。





透←←←沙織だと沙織は思っておりますが、隠しきれない透→←沙織という形で、要するに両片想いです。






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― 新着の感想 ―
[良い点] いえ、「透←←←沙織」と見せかけの、「透→←沙織」で、「?!←沙織←←←透」かと・・・(一足飛んだwww)
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