01 始まりと終わり
召喚騎士という作品を書き変えたものです。
文を書くのは下手なので、ストーリーだけでも楽しんでいただけたら幸いです。
重たい瞼を開けて最初に見たのは、天から舞い降りる純白の花弁だった。
頬に触れたそれはひどく冷たくて、どこか寂しい。
衰弱した体は思うように動かず、視線だけ動かすと、辺り一面白銀の世界だった。
生き物の気配はなく、聞こえてくるのはただシンシンと降り積もる花弁の音と、その降り積もった花弁が木々から落ちる音だけ。
自分の体を覆いつくすように降り続けるこの白くて冷たい花弁は何なのか。
いや、花弁どころか、自分は自分のことさえ知らない。分からない。
自分についての記憶が何一つない。
……いや、違う。記憶が無いんじゃない。始めから自分には、何も無かった。
そう、何も無い。名も、存在理由も、何も無い。
頭に残っている唯一の記憶は、何処かから必死に逃げて来たということだけ。しかし、そのことを思い出すだけで激しい頭痛に襲われる。
クルシイ、ツライ、イタイ、イタイ、イタイ……
これらの言葉が頭を駆け巡り、犯していく。
俺は、何の為にこの体が存在しているのか、知らない。
…ああ、もう知る必要はないのか。
俺はきっと、このまま純白の花弁に埋もれて死ぬのだから。
やっと、この世界から解放される。存在理由の見つからない、ここから…。
寒く、冷え切った体は徐々に眠気を感じる。
白に覆われた黒髪の少年は、ゆっくりとその漆黒の瞳を閉じた。
◇◇ ◇◇
無いと思っていた二度目の覚醒で目にしたのは、温もりを感じる木の天井だった。首を巡らせ、ここが木造の家だと理解した。さっきまでの寒さは全く感じない。代わりに、火の暖かさを肌に感じる。
パチパチと暖炉の火が燃えている。どこか虚ろな目で炎を見ていると、人の気配を感じた。
隣のキッチンと思われるところから、初老の男が二つのマグカップを持ってこちらへと近づいて来た。男は「体が温まるぞ」と言って、片方のマグカップを差し出す。俺はそれを受け取り、ゆっくりと口を付けた。初老の男はにんまりと笑い、己も残りのマグカップに口を付ける。
「お前さん、名は何と言うんだ?」
初老の男はズズゥーと音を立てて飲みながら、訊ねる。
「知らない」
「記憶喪失か?」
「違う。始めから記憶なんて、無い」
「記憶喪失と記憶が無いの違いがイマイチ分からんが……そうか、何も分からんのか」
しばらく沈黙が続く。しかし、初老の男は何か考え付いたのか、突然自分の腿を軽くパンと叩いた。
「それなら、ここに住めばいい。記憶なんてもん、これからいくらでもつくれるからな。今日からお前さんはワシと家族だ」
初老の男は二カッと笑って、俺の頭をぐりぐりと撫で回した。男は納得顔をしているが、俺は疑問しか浮かばなかった。何故、得体の知れない俺と一緒にいようなどと思ったのか。そして、家族とは何なのか。とりあえず、聞き慣れない「家族」という言葉について訊いた。
「家族って何?」
俺の質問に、初老の男は鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をした。
「何だ、家族も知らんのか。変わったやつだな。ふむ…簡単に言うとだな、家族ってのは同じ家に住んで、お互いに支え合い生きていく者のことだ」
正直、説明を聞いてもよく分からなかった。とにかく、一緒に住んでいれば家族だということは理解した。
「とりあえず、お前さんに名を付けんとな。これから共に生活していくんだ。呼ぶ名がないと不便だからな。あー…何にするか…そうだ、オズワルドなんてどうだ?」
「俺は、何でもいい。あんたが好きなのを付けてくれて構わない」
そう答えた俺を、初老の男は眉間にしわを寄せ、まじまじと見る。
「何だ?まだ12・3歳に見えるが、年のわりに冷めた性格してるな」
「同じ年代と比較したことが無いから分からない」
「…そうかい。あ、それとワシのことはテオと呼べ。いいな?オズワルド」
「分かった。テオ」
テオは満足した表情をして頷いた。俺も、名をもらい、住む場所も与えられ、テオという自分以外の人間と出会えたことをとても嬉しく思った。そして何より、存在理由ができた。
――これから始まるのだ。俺の存在は、これから始まるのだと、そう思った。
◇◇ ◇◇
――あれから3年。
俺はまた、一人になった。
幸福な日々は長く続かない。
優しく、気さくで時には厳しかったが、たくさんの愛情を注いでくれた大切なテオは、もういない。
――死んでしまった。
テオが死んだのは、寿命ではない。殺されたのだ。
原因は、俺自身だった。
俺は、普通の人ではなかった。人間以外と会話ができる能力を持っていたのだ。特殊能力を持った俺は、テオ以外の人間に忌み嫌われていた。
嫌われるだけなら、まだ良かった。しかし、中にはその珍しさに目が眩んだやからが金のため、俺を捕まえようとした。
そう、俺を狙った奴らにテオは殺されたのだ。
――俺が殺したも同然だった。
もし、俺と出会わなければテオはこんな風に死ぬことなど、無かっただろう。そして、俺自身もテオに出会いさえしなければ、こんな思いを知らず、空っぽのままでいられたのに…。
オズワルドは冷たくなったテオを抱きしめ、泣いた。泣き叫んだ。
大きな獣の、咆哮のように――
ありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。