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異端進化論 ~ヘタレと無謀と遺跡の物語~  作者: 七草 折紙
第一章 ヘタレ男と特攻少女
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第三話 平穏、平穏?

 真人は現在、都心の高層マンションの前に佇んでいた。


 彼は親を名乗る男性――風月と面会した部屋で履歴書(友人の原本を丸写し)を書き、コンビニに電話後、そのまま面接に行ってきた。

 その帰り道で不本意な事件もあったが、今はこうして平穏無事に本日の最終目的地に到着したのである。

 最も、三時間前に風月に手配してもらったばかりの住まいであり、急遽向かうことになったので、情報はほぼ無いに等しい。


「ふむ、ここが俺の居城となる"ザ・チンタイ"か。俺の魅力に見合った優雅な場所だ」


 セレブ御用達とも取れないビルの高さに、遥か上方を見上げれば、途方もない金額であることが一目瞭然である。

 此処は只の賃貸マンションではなく、一般人では手が出せないような高級マンション、上流階級の無駄使いであった。


 会ったばかりの親に世話になり、家賃も全額負担してもらう。

 そんな男のプライドを打ち砕くような状況に、真人は全力で負ぶさっていた。

 一方、人脈を駆使して此処を用意した親バカこと風月は、道楽息子を可愛がる行為だと理解していない。

 この親にしてこの子あり、であった。


「親……か。悪くはないな」


 当初はまず始めに不動産屋に行く予定だったが、その手間が一気に省けた。

 見返りなく親切にしてくれる存在、そんな心地よさに戸惑いながら、真人は感慨深く息を吸い込んだ。


「頼もう!」


 何をトチ狂ったのか、真人は誰もいない虚空に向かって大声で怒鳴り始めた。

 そんな真人に近くにいた通行人が、眉を潜めて内緒話を始めるが、少しすると早足で歩いて行った。


「……」


 無意味な沈黙が続くが、当然誰も出てこない。

 腕を組んで足を開きでんと構える不審な男、柊真人。

 何がそんなに偉いのか、彼には根拠のない自信が漲っていた。


 様々な人々が通り過ぎる中、マンション入り口の厳重なセキュリティドアが分かたれるように開いた。

 待望のマンション住人Aを発見し、真人は即座に声を掛けた。


「あっ、どうも」


 真人の目に映ったのは、手入れの行き届いたオレンジ色の長髪を、風に靡かせた少女であった。

 特別美人と云う訳ではないが、争い事に縁が無さそうな、控え目な少女だと真人は捉えた。

 少女は真人に気付くと、ペコリと丁寧に挨拶してきた。


(まさか、こんな穴場に癒し系のおっとりさんがいるとは!)


 真人の身に未だかつてない電撃が走った。


『いつかどこかのフォーリンラブ、恋に落ちたその日から、嗚呼、僕のドギャンはボンッ、キュッ、ボンッ』


 意味不明の歌詞が真人の脳裏に浮き出て、脳内では真人の小人集団がパレードを開始した。

 盛大な音量でラッパが吹かれ、ミニサイズの真人達がガッチリと握手をしている。

 彼の心はもはや制御不能であった。


「あっ、あのっ!」


 惚けた真人が我に返り、フレンドリーにコンタクトを取ろうとしたが、少女は既にいなかった。


『君の名前はホワッツ、ユア、ネイム、そんな君にボンッ、キュッ、ボンッ』


 お花が咲いた思考の真人は、色々と壊れていった。



◆◇◆◇◆◇


「今日はご苦労様、ね」

「はっ、先輩もお疲れ様であります!」


 捕らえた男の身柄を運んできた歩は、うららと合流して、警察庁まで付いていった。

 逃げ出さないように監視しながら無事収監した二人は、職務から解放されて、近くの飲食店で食事兼乾杯をしていた。

 もちろん歩の飲料はノンアルコールであり、彼女の生真面目な性格が表れていたが、うららに至っては遠慮なしにお酒を飲んでいた。


「ぷはぁ~っ」


 居酒屋で寛ぐオヤジみたいなノリで、うららが感動の吐息を出した。

 対面で上機嫌に食事を頬張る歩を鑑賞しながら、うららは疑問に思っていた事を口にする。


「それにしてもアレだけ苦戦してたのに、良くもあっさり倒したわよね」

「い、いえ、自分ではないのであります」


 歩を餌付け、もとい労っていたうららは、賞賛の言葉を送るが、歩から即座に否定を受け取り、身を乗り出した。


「……そうなの?」

「はい、不思議な殿方でありました」


 その時の歩に何を見たのか、うららが口角を釣り上げて、意味深に目を細める。

 そこでうららの歩サーチエンジンが起動。

 歩の小さな挙動すら見逃すことなく分析し、歩の深層心理を探っていく。


「ふ~ん……」


 導き出された答えは一つ、それを見透かしたうららが、さりげない口調でジャブを放つ。


「私の可愛い歩ちゃんにも春到来かぁ……」

「……?」


 手に持っていたフォーク――お肉様をキャッチしていたフォークを、一瞬止めかけた歩だったが、それも僅かな間であり、構わず口に持っていった。

 その全てをハンターの如き目で脳内保存したうららは、呆れるように締めくくった。


「まあ、そんなところね。自覚なしっと……」

「……?」


 うららの独り言にキョトンとする歩だった。


「で、どこの誰なの?」

「それは言えないのであります。彼との約束なのであります」


 律儀に真人との約束を守ろうとする歩の態度に、うららは可愛くおねだりをする。


「私でもだめ?」

「いかに先輩でも駄目なものは駄目なのであります。そう、これは約束で……えへへ」


 迷いなく言い切り、二ヘラと相貌を崩す。

 そんな歩を確認して、うららはある事実に確信する。


「はぁ……やっぱりね」


 寂しげな、それでもって成長した妹に対して昔を懐かしむように、うららは歩を見つめ直した。


 まだ本人も気付いていない恋心。

 何処のどいつかは知らないが、見守ってきた少女を奪われる悲しみと、ふざけたヤツなら許さないという義憤心が、うららの心に沸き立っていく。

 まだ形を成していないソレを、うららは微笑ましく思うと同時に、早計だと斬って捨てる。


 今この時、まさにその話題の人物が壊れているという事実を、彼女らは知らない。


「ううん、いいの、いいの。まだ早いわよね」

「は、はい!」


 口を濁したうららに対して、話の流れに追いつけない歩は、尊敬する先輩の言うことだから、と悩まずに納得した。

 さらに笑みを深めるうららは、我が子を見つめる母親のように、歩を労わり始める。


「まだ学生なんだから、明日のためにも早めに寝なさいね。こっちも成長するかもしれないしね」


 そう自分の巨乳を突き出すように見せつけるうららだったが、さりげなく視線を向けていた周囲の男連中が揃って食いつく。

 中には「俺は金髪ちゃんの方が好みだなぁ」などと失礼な事を言っている輩もいたが、それらはしっかりとうららのブラックリストにチェックされている。

 ここで歩と別れた後のスケジュールが決定、お仕置き準備をしなければ、とうららは考えていた。

 そんなうららの心情など露知らず、マイペースな歩――


「――! 成程、寝る子は育つと良く言いますが、先輩の"ボンボボン"にはそのような秘訣があったのでありますね」


 ある意味、真人と被るような精神回路を持つのであった。



◆◇◆◇◆◇


 ――翌日。


 扉の陰からこっそりと店内を覗き込む真人だったが、ガラス張りの壁ではその姿は丸見えであった。


「何をしているんだ?」

「す、すいません、遅れました……」


 昨日はあれから無駄な時間を過ごしてしまい、何とか体制を整えた真人は、最小限の生活用品を揃えて、そのまま爆睡してしまった。

 せめて夢の中だけでもと、マンションの前で出会ったあの子を題材に、ドリーム王国で様々なシチュエーションプレイを堪能していたのである。

 その末路は寝坊。


 昨日の優しさが一転、真人の目の前には店長――怒髪天の鬼が降臨していた。


「初日から遅刻とは良い度胸だな、柊」


 社会人不適格男、柊真人。

 彼には責任感など皆無であった。


「あ、あの、緊張で眠れなくて、ですね……」


 たっぷりと十二時間以上の惰眠を貪っていたにも関わらず、真人はのうのうと嘘を述べる。

 基本良い人な店長は、それを真に受けてしまった。


「はぁ、今日だけだぞ。明日からはバイト料をガッツリと減らすからな」

「ありがとうございます!」


 ピンチを脱出し、早速バイトのアレコレを学んでいく真人だったが、実体を持たない幽霊のように、耳から耳へと言葉が通り抜けていく。

 心此処にあらずであった。


「はぁ、あの子はどこの誰? いや、同じマンションに住んでいるに違いない。そうだ! チャンスはまだある!」


 真人は気持ちを切り替えると、小躍りしながら奥に入っていった。




 まずは裏方から徐々に覚えていこうという気遣いに、真人は改めて店長の人となりを知った。

 先程ついた大嘘に、真人はそこはかとない罪悪感が浮かんできていた。


(よし、迷惑ばかりじゃ駄目だ。俺の凄さを見せつけねば)


 商品が入った荷物の運搬を手伝わされる真人だが、その重さに脚がプルプルと震えてしまう。

 己の筋力を最大限に使い、赤い顔で運んでいった。


 真人の隣では、百キロ程の重さの箱を二つ並べて軽々と持つ店長がいた。

 旧時代では異常な光景だが、今の新時代こんな人間は山程いる。


「お前、力が無いなぁ」

「ハハ、精進します」


 人類は異能の力を得て進化した。

 当然、そこには根本となる単純な能力の向上も含まれ、才能の水準も全体的にアップした。


 三種類の異能が及ぼしたのは筋力、感力、知力の増幅。

 筋力は身体能力を左右し、スポーツ選手や警官など、体が資本となる仕事には命綱的な意味合いがあった。

 感力とは感覚や感性。研ぎ澄まされた感覚――特に集中力は多方面で活躍の場を設け、感性の豊富さは芸術界に新たな革命を引き起こした。

 知力は頭の回転と記憶力を表し、政治や経済、研究といった勉学方面での手助けとなりえた。


 飛躍した人々の天稟は様々な文化を加速させ、世界を大いに賑わせ潤わせる結果に繋がったのである。

 異能の存在は日常の危険と引き換えに、あらゆる進化を促したのだ。


「まっ、当然の結果なんだけどな」


 今の世界、"見せかけの異能"しか持たない真人の能力値は最低、素のパワーは世界最弱であった。

 異能を利用した日常の数々――施設や交通機関などの不便さだけでなく、こういう小さい所にも弊害が及んでいたのである。

 最も"異能者もどき"となった今では、そんな事態は無くなったのだが。

 それでも鍛錬により基礎能力の上乗せに務めてきた真人の身体能力は、私生活への影響が無いに等しいレベルにまで達していた。


「これもトレーニングだからな」


 きつい肉体労働も"強化"すれば問題ないのだが、そんな事をすれば徐々に肉体が鈍ってしまう。

 日々もまた鍛錬なのである。




 しばらくしてこの環境にも慣れてきた真人だったが、疑問に思うことがあった。


「この時間のバイトって俺だけですか?」

「いや、あと一人いるんだが、アイツ何サボってるんだ?」

「成程、けしからんヤツですね」


 これはビシッと言ってやらねば、と真人は自分の事を棚に置いて、固く決心する。

 問題児ばかり雇うこの店長の、人を見る目の無さも致命的であり、この状況に拍車を掛けていた。


 しかし真人が決心したのは僅か数秒、段々とどうでもよくなってきていた。

 彼は仕事をしながら、妄想に耽っていく。


「あと半年で俺も公務員かぁ。くふっ、これは世の女性達が放っておかないかもな」


 常識のズレが過大な自己評価を巻き起こし、指摘する者もいないため、彼の勘違いは留まることなく進んでいく。

 それが顕著になったのは今――


 麗しき女性客を発見し、真人の美女センサーが発動する。

 ターゲット、ロックオン。レッツゴー、トライ。


「やあやあやあ、俺の名はコンビニエンスマスター、柊真人。このコンビニの支配者だぁ」

「キャアアッ」


 歌舞伎のような登場シチュエーションで、カッコよく決めたつもりの真人だったが、その女性は悲鳴をあげて逃げていった。


「あれっ? おかしいな? "カブキ"は男気の真骨頂だって聞いてたんだけど……」


 店長が不機嫌を全面に押し出して真人の元へとやって来る。歩幅の大きさが怒りのボルテージを表していた。


 到着と同時に店長の拳骨が真人の頭上に下ろされる。

 天誅とでも言わんばかりの一撃、暴力反対を訴えたい真人であった。


「おい、柊! ふざけてるんじゃない」

「はい……スイマセンでした」


 その時、自動ドアが開いて誰かが入ってきたので、真人は慌てて接客に入る。

 先程まで赤かった店長の顔色が、急に死人のように白くなったのを不思議に思いながらも、丁寧に対応する。


「いらっしゃいませ、お客様。何かお探しでしょうか? それとも好きな掛け声は"おいでやすぅ"で――」


 日本文化の知ったかぶり。それは当然、恥をかくことを意味する。


 普通の人間であれば誰もが一発で分かる格好、そして商品も持たずにレジまで一直線してくる行動、しまいにはその男の剣幕。

 それが意味するものは只一つ。


 だが真人はそれに気付かない。


「動くな! 金を寄越しな!」

「へっ?」


 この時はまだ、真人の頭の中で「おいでやすぅ」の言葉がリフレインしていた。

 しかし額の数センチ先に掲げられた物騒な得物を発見、誘導されるように視線を上に向けていく。


 ここでポイントチェック。

 恐い目で威嚇するマスクマン、何かが飛び出してきそうな黒光りする物体、それを突きつけられた自分。

 現状の構図を整理していく。


 脳細胞に蓄積された記憶からヒットしたのは、実務に取り掛かる前に店長に見させられた「コンビニ労働のススメ」という一冊のパンフレット。

 そこからさらに候補を絞っていき「第十三章 ハプニング編」が浮かび上がる。

 その内容から可能性の高い項目をピックアップしていくと、ランキング一位は――


『強盗犯安全対策マニュアル~こうすればアナタは死なない~』


 大変物騒な題目であった。

 結果、脳内アナウンスにより「アナタは強盗犯に撃たれようとしています」という注意報が流れる。

 豆電球が灯し出すように鮮明な答えが導き出されたのである。


 ようやく状況を把握するに至り、次いで潮が引くかのように真人は青褪めていく。


「ハ、ハハ……」


 悲しみで涙が止まらない。


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